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決戦

 夜明け前。


 草木も眠り夜と朝の交わりが始まる歪んだ時間。


 異界との境界が曖昧になり、魔物の力が増すとされるその時間を選んで俺たちは森の貴婦人を訪ねる。


 森鳴らしのいた大木の前。


 開けたその場所で森の貴婦人は俺たちを待っていた。


「まさか、わざわざこの時間を選んで来るなんて、舐めるのも大概にして欲しいところね。それとも、まだ治ってないとでもたかを括ったかしら?」


 腕の傷は既に癒えているようで、見せつけるかのように、リリアは左腕を伸ばして見せる。


「なるほど、上位精霊ともなればあの程度の傷はすぐに治るか」


 感心をして告げると、リリアは警戒するように視線を俺の腕に落とし、次にライデルを睨む。


「えぇ、残念でした。その点、やっぱりあなたは人間ね。腕の傷も全然治ってないじゃない……そんな状態で姉さんを連れて来るなんて、正気の沙汰とは思えないけど」


「ほぅ? 人殺しと罵っておいて姉の心配か……案外優しいんだな」


「心配なんてしてないわ。何企んでんのか訝しんでるのよ。あんたはそういう人間だって、十分思い知らされたからね」


「懸命だな。それでどうする? 罠に怯えて逃げ出すか?」


「バカ言わないで、全力で正面から叩き潰す。それだけよ。片腕の人間に遅れをとるほど落ちぶれちゃいないわ」


「なるほど、神霊としての矜持か。だが安心しろ。今回の相手は俺じゃない」


 不敵に笑みをこぼして身を屈めるリリアだったが。


 その間に割って入るように、ライデルは剣を抜いてリリアの前に立った。


「! お姉ちゃん……なによ、また私を殺すの?」


 戸惑うように溢す森の貴婦人の言葉に、ライデルは「いいえ」と首を振った。


「あんたを救うのよ」


 剣の柄を握る音が森に鈍く響き、静かな殺気がライデルから漏れる。


「救う? どうやって? 魂の救済とでも都合のいい言葉を並べ立てて自分を納得させるつもり!?」


「……」


 沈黙してリリアを見据えるライデル。


 リリアはそれを肯定と取ったのだろう、髪を掻きむしり憤慨する。


「!! そう……そうやってまたお姉ちゃんだけ生き残るのね。ずるい、ずるい、ずるいずるいずるいずるい!!!! 私だって生きたかったのに!! お姉ちゃんだけ、お姉ちゃんだけ生きててずるい!! だから、だからだからだからだから!!!!」


「!!!」


「お前も堕ちろ!!!」


 絶叫を上げるように、森の貴婦人は呪いを放つ。


 だが。


【デア・レライア】


 ライデルはそう呟いて刃を振るう。



 集会所で見せた暴風ではなく、本来の姿である研ぎ澄まされた真空の刃。


 魔法に近いその一撃に、呪いは阻まれ霧散する。


「な!?」


 驚愕するリリアに対し、ライデルは冷静に構えを取り。


「妹は返してもらうわよ」


 爆ぜる。


「なっ!?」


 呪いを防がれたこと、一瞬で間合いを詰められたこと。


 その二つの驚愕に、両者に存在した圧倒的な力量差が埋まる。


 戦闘経験と冷静さが、ライデルに勝利を手繰り寄せたとも言えるだろう。


「殺ったッ!!!!!」


 一瞬の隙に放たれた、威力、鋭さともに申し分ない渾身の突撃。


 文字通り全霊の一撃を前に、なすすべもなくリリアは心臓を貫かれる。


 だが。


「!! かかったわね」


 ニヤリとリリアは口元を緩めると、同時にリリアの体がボロボロと崩れ、白い花びらの山に変わる。


「偽物……!?」


「こっちよ!!」


 ライデルの背後。


 何もない虚空から、霊体化を解いたリリアが飛びかかり羽交締めにする。


「しまっ!?」


 慌ててライデルはリリアを振り解こうとするが。


「邪魔する時間も与えない、一瞬でその血飲み干してあげる!!」


 もがく暇すら与えない、と言わんばかりにリリアは牙を向くと、ライデルの首筋に牙を突き立て、勢いよく血を吸い上げる……。


 が。


「……!!?? むっぐぇゔぁああああああああ!!!!」



 森の貴婦人は嗚咽を漏らしながら悲鳴をあげ、吐瀉物と共にライデルの血を撒き散らす。


「残念だったわね、リリア」


 首筋から流れる血を拭いながら、ライデルはそう微笑むが、リリアはそれを無視してこちらを睨む。


「な、ん、一体何を……お前、お姉ちゃんに、お姉ちゃんに何を混ぜたの!?」


「不死鳥の血の効果だ、薄めた霊薬じゃなく原液で仕込んだからな、魔物のお前には猛毒だろう」


「な、いくら不死鳥の血でも、そんなもの飲ませたくらいじゃここまで強力な効果は…..」


「あぁ、だから直接血液に投与した」


「なん!?」


「お前が血を吸いにくるのは分かっていたからな。不死鳥の血は拒絶反応を起こさない万能の名を冠す輸血液。ある程度血を吸われてもいいように予めライデルにたっぷり一袋投入させて貰った……それだけ一気に飲み干せばしばらく身動き一つ取れないはずだ。終わりだ、森の貴婦人よ」


「がっ、あ、ふ、ぐ」


「ごめんねリリア。今楽にしてあげるわ」


 苦しむようにもがくリリアに、ライデルは歩み寄る。


「っざけ、ふざけ、ふざけるな!! この程度で終わるわけ……」


 膝をつき吠える森の貴婦人。


 しかし、そんな声を無視してライデルは胸に剣を突き立てる。


 心臓より僅か下。

 魔力を司る精霊の心臓部、霊核。


 ヴィラの本体であるそれをライデルは正確に貫くと、押し出されるようにころりと、黒く染まった霊核が大地に落ちる。


「……」


「…………リリア」


 剣を突き立てた状態のまま、ライデルは静かに妹の名前を呼ぶ。


 優しく、そして慈しみに満ちたその声に呼応するようにリリアは小さく体を震わせると、魔物のように変わった体がゆっくりと小さな少女の姿に戻っていく。


 そして。


「……ごめんなさい……お姉ちゃん、ごめんなさい」」


 正気を取り戻したリリアの魂は、子供のように泣きじゃくりながらライデルに謝罪の言葉を述べた。


「良かった。戻ったのねリリア」


「ごめんなさい。ごめんなさいお姉ちゃん。私、私またお姉ちゃんに辛い思いをさせちゃった」


「いいのよ、私こそ二回も痛い思いさせちゃってごめんね」


 ふるふるとリリアは首を振る。


「私が、私が悪いの。痛くて、辛くて、苦しかった。だから逃げ出したかったの。森の貴婦人になれば、またお姉ちゃんと会えるって思ったから、だから、お姉ちゃんをあんなに苦しめることになるなんて、思わなくて」


「いいの、大丈夫。大丈夫よリリア。もうわかったから」


 泣きそうになるライデルは、震える声でリリアを慰める。


 安堵したような、優しい声だった。


「……最後まで助けてくれてありがとうお姉ちゃん」


 サラサラと、体が砂のように崩れていくリリア。


 彼女の魂は救われ、ライデルもきっと自分を許してやれることだろう。


 普通なら、これをきっと最良の結末と言うのだろう。


 だからこそライデルは「いいえ」と首を振る。


「言ったでしょ? 助けるって」


 その言葉を合図に、俺はナイフをライデルへと突き立てた。


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