森鳴らし
追放をされた俺は、国境をさっさと越えるため北へと向かった。
目指すは忘却の森と呼ばれる北の森林地帯を抜けた先、ガエリア地方と呼ばれた未開拓地だ。
そこで冬を越して、春になったら西の五つ国にある知人の家で新しい生活を始める。
「その予定だったんだがな」
そう呟いて俺は森の中で役立たずの地図を改めて広げる。
ロマリアを出る前に商店で買ったガエリア地方の地図だが……流石は未開拓地。
地図の通りならばもう森を抜けている筈なのだが、辺りを見回しても昼間だというのに日の光一つ差し込んでいる様子はない。
完全に迷子というやつだ。
「立派な装飾に騙されたか?」
地図はいつも懇意にしてきた測量士から買った物だが、金の切れ目が縁の切れ目と適当なものでも売りつけられたのだろうか?
「あるいは、嘘をついているのは森の方か?」
ふとそんな考えが脳裏をよぎった、そんな時。
「 ──コツン──コツン」
森の中に木を叩く音が響く。
キツツキ類にしてはゆっくりと、木こりの斧にしては拍子の速いその音はどこか悲しげで、森も哀悼を示すように身を揺らすこと無くその音に聞き入っている。
「森鳴らしか」
そんな音にふと足を止めて音の方向を探る。
森鳴らしは凶兆を知らせる警告だ。
災害、疫病、魔物に戦争等々、こいつが森に響くときは決まって、森にろくでもない事が起こる時。
聞こえたならば、旅人は一刻も早く音から離れるべきなのだが……。
「……この先か」
森鳴らしがいるという事は近くに人里があるという事でもある。
つまりは凶兆ではあるものの、俺に取っては唯一正しい道に出るための手がかりでもある。
「運がいいんだか悪いんだか……」
仕方ない……と呟いてそのまま山道を音の方へと向かう事にした。
□
────しばらく歩くと、周りの木々よりも二回りほど大きな老木の前で一人の老婆が杖で一心不乱に木の幹を叩いているのが見える。
近づいて見ると老婆は手を止めて振り返った。
潰れたような皺だらけの顔に、白目のない目。
老婆はその顔を訝しげに歪める。
「村の者ではないな。何処から迷い込んだか、運のない」
「自覚はある……しかし森鳴らしが姿を現すとは珍しい。余程の凶兆と見えるがこの森で何が起こっている?」
尋ねると、老婆は悲しげに目を細め子供に語りかける様に、不幸を予言した。
「……森は血に沈んだ。森を守りし貴婦人がこの地を地獄に変えるのだ……用心せよ……しかして心せよ。復讐は冬の訪れ前に終わり、森に住む誰一人春を迎えることはない……春を望むなら去るが良い。命惜しくば立ち去るが良い」
なるほど、森で危険なことが起こってるから引き返せということか。
「忠告痛み入る……だが抜けようにも森から出られない。どうすれば森を抜けられる?」
俺の言葉に老婆は驚いたように「なんと」と呟き、顔を顰める。
「ならば、もはや呪いを断つしか手はあるまい……方法は様々見えるが、そのどれもが容易ではない。相手は森そのもの、不可能に近い難題じゃ」
「難題には慣れている。産まれて1000年、不思議と難題ばかりが俺には舞い込んでくるんでな」
「……そうか。覚悟あるなら止める理由はない。苦難に挑む者よ、真実を照らし元凶を追え。さもなくば……」
「さもなくば?」
「この凶兆は各地に伝染するであろう……」
そう呟くと、森鳴らしは灰のように風に乗って消えていく。
「物騒な予言だ……」
森鳴らしは、森そのものが人々に危機を知らせる一種の魔法であるが、人の姿をとって忠告をするというケースは滅多にない。
「それだけ、厄介な物が潜んでるということか。困ったことだ」
しかも村があるのは分かったものの、森鳴らしは村の方角を教えてくれなかった。
結局迷子なのは変わらずじまい振り出しに戻るである……。
と。
「!」
森の奥から視線を感じた。
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