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懺悔

 教会の奥に設置された簡易的な寝室にて、俺たちはトンドリの手当てを行った。


 霊薬により命は繋ぎ止めているものの、全身の皮膚が捩じ切られるという大怪我。

 当然手当にも時間がかかり、トンドリが全身包帯だらけのミイラ男に変わる頃には、太陽は落ち、夜闇と月の光が世界を支配する時間になっていた。


「あんたも相当なお人好しよね。自分の怪我後回しにして、こんな時間までクズ野郎の手当だなんて。下手したらあんたの方が失血死してるわよ?」


 そう、俺の腕に包帯を巻きながらライデルは呆れたように呟く。


「止血はしていた。それに、これぐらい明日には治る。手当の心遣いはありがたいが無駄になるぞ」


「治るわけないでしょ。腕の腱はズタボロで骨もぐちゃぐちゃ。神様に肘打ちかますなんて本当にどうかしてるわ」


「かもな……」


「……」


「……」


 会話が終わり、二人の間に沈黙が流れる。


 話すことはいくつかあるのだが、果たして今のライデルにその話題を切り出して良いものか……。


 相棒曰く絶望的な口下手らしいからな、俺は。



 困り果てて俺はため息を漏らすと。


 ライデルは口元を尖らせて鼻を鳴らす。


「────聞かないの? 昔のこと」


「昔のこと?」


「気づかないふりしなくたって良いのよ? あんたも聞いたでしょ。私が、リリアを殺したって」


「あぁ」


「あぁ、て!? 本当に気にしてないの?」


「過去が俺に害を加えるなら気になるが、そんなことはあり得ないからな。重要なのは過去を超えたその先だ。確かにお前は、粗雑で、短気で、可愛げのない女かもしれない」


「おい」


「……だがお前は、誰かのためならば、例え敵わないと分かっていても立ち向かう勇敢さと、仇と知ってなお人を許せる慈悲深さを併せ持っている。その魂は悪辣には程遠い、誇り高き輝きに満ちている。少なくとも俺の目には今、ライデルと言う少女はそう映っている」


 正直な感想を俺は伝えると、ライデルは悲しげに目を伏せた。


「なによ、人をいい奴みたいに。見当違いもいいところよ」


「そうか? 人を見る目は自信があるんだが」


「じゃあ、今日だけすっかり曇ってるのね。私が勇敢なのはヤケになってるだけ。慈悲深く映るのは、人を裁く権利なんて無いって自覚があるから、それだけよ」


「……」


 言葉を挟まず、静かにライデルの声を聞く。


 それは会話ではなく、ライデルの懺悔であることを悟ったからだ。


「3年前に、この村は疫病に襲われたの」


 ポツリとライデルは溢すように語り出す。


「ギルドマスターが言っていたな」


「ええ。村のほとんどが病気にかかったわ。隔離するまもなく村人全員が感染してね、一週間も経たないうちに体の弱い老人のほとんどが死に絶えた。全身から血を吹き出して、みんな痛い痛いって叫びながら死んでいったわ。何も手を打たなければ、きっと私たちもそうなってたでしょうね」


「……だが森の貴婦人が助けた」


「えぇ、その時はメルフィって名乗ってたけど、ややこしいから森の貴婦人って呼ぶわね。彼女は村の病に効く薬を作ってくれた。彼女の薬のおかげで、私たちは嘘みたいに回復したわ。当然、薬は森の貴婦人によってみんなに平等に行き渡った。私の妹にもちゃんとね……」


「……それがリリアか」


 こくりとライデルは頷く。


「リリアはもともと病気がちで体が弱かったの……だから薬が十分に効かなかった。進行は抑えられたけど、それはリリアにとって地獄だったわ」


 全身からの出血と痛み……それがじわじわと襲いかかってくる。


 痛みと共に死が迫る感覚に耐えられる人間はそういない。


 その時の情景は語られなかったが、その悲惨さは、涙ぐみながら震えるライデルの姿だけで十分過ぎるほど伝わった。


「無理をしなくても良いんだぞ」


「大丈夫……言わせて」


「そうか」


 そう言って、ライデルは拳を握って震えを抑えるとゆっくりと続きを話し始めた。


「私は何もできなかった。森の貴婦人は薬を持ってきてくれたけど、妹の病状は良くならなかった。毎日痛い痛いって泣きながら少しずつ弱っていく妹に、私、何もしてあげられなかった……」


 ライデルは悔やむように唇を噛む。


 ぶつりと言う音が響き唇から血が溢れるが、ライデルはそれすらも気づいていないようだった。


「……」


「そしてその日が来たの。三年と十六日前、ちょうどこのぐらいの時間よ……リリアがね、笑ったの。本当に久しぶりの笑顔で、私は奇跡が起きたんだって森の貴婦人に何度も感謝したわ……でも違った」


 そこにリリアがいるかのように、ライデルは血の染みた床を眺めて話しを続ける。


 瞳には、深い深い絶望の色が浮かんでいた。


「治ってなんかなかった。あの子は、私に気を遣ったの。最後の姿が笑顔になるようにって……私が苦しまないようにって、最後の力を振り絞って笑ったの。それで……笑顔のまま私に最後のお願いをしたのよ────私を殺して、て」


 しんと、部屋の中が静まり返る。


 しばらくの沈黙の後、ゆっくりと、ライデルは床に向かった両手を伸ばす。


 彼女の目の中には、今もきっとリリアがうつっているのだろう。


 何もないその場所を、ライデルは花束を握るようにゆっくりと包み込むとゆっくりと力を込める。



「……あの子、死ぬ時にずっと謝ってた。ごめんなさい、ごめんなさいって。だんだんその声が小さくなっていって……消えたと思ったら、今度は耳元でリリアの声が聞こえたわ」


「……」


「振り返ると森の貴婦人が立ってた。不思議よね、同じ声、同じ顔なのに何処かが違うって一目でわかるんだもの。だから余計にリリアは死んだんだって事実を受け入れるしかなかった……」


 そっと、握った手を解いていくライデル。

 その時の感触がまだ頭から離れないのだろう。

 泣きそうな顔で、自分の体を抱きしめる。


「泣きながら、彼女もずっと私に謝ってた。ごめんなさい、ごめんなさいって……本当は責められるべきなのに、役立たずだって……人殺しだって」


「お前のせいじゃない……」


 ようやく俺が絞り出せた言葉は、なんとも頼りない陳腐な言葉だった。


「みんなそう言うわ。だけど、私があの子を殺した事実は変わらない」


「殺したんじゃない……お前はリリアを救った……」


「違う……私は、どこかで早く終わってくれって願ってたのよ。それをリリアに見透かされた。私がリリアを救ったんじゃない。私がリリアに救われたの。だって、あの時私は躊躇わなかった……私、自分でも気づかないうちにあの子に死んで欲しいって願ってたのよ。その願いがきっと、あの子を追い詰めたんだわ」


「考えすぎだ。リリアが何を思ったのかなどお前の憶測にすぎん。あまり自分を追い詰めるな」


「じゃあどうしてあの子は、私を人殺しって呼んだのよ」


「堕落の影響だ、物事を湾曲して捉えている。リリアの本心ではない」


「それだって憶測じゃない!!」


 声を荒げるライデルに、静かに頷く。


「……そうだな。その時何を考え何を感じていたかは、本人に聞くしかない。呪いに侵されていない、彼女の本当の魂に」


「……それこそもう手遅れよ。見たでしょう? あの子はもう戻れない」


 諦めたようなその言葉を「いや」と否定する。


「さっきリリアを逃した理由のもう一つだ。リリアの堕落は完全ではなかった。救い出すことは十分可能だ」


「……は? え?」


 困惑したような、どこか縋るような素っ頓狂な声が教会に響く。


「手を合わせて二つ確信があった。一つは会話が可能であったこと。魔物化した存在との会話はほとんど例がない。始めはヴィラの温厚さゆえの例外かとも思ったが、もう一つ、森の貴婦人は先の戦いで木々を操った。例えかつては神霊だったとしても魔物は生命を否定するものだ。生命の源である森は魔物には従わない。彼女が魔物になりきれていない証拠だ」


「ちょ、ちょっと待って……それじゃあ、それじゃあまるで」


「あぁ、リリアは助かる」


 ライデルの見せた反応は絶句だった。


 口元は震え、掠れた声が言葉を紡げずにいたが、その瞳には確かに希望が宿るのが見える。


「う、あ、う、うそ、じゃないのよね?」


「慰めのつもりで人を絶望の淵に叩き落とすほど愚かではないつもりだ……だが、相応の代償がいる」


「代償?」


 不安げに問うライデルに、その胸を指差す。


「お前は全ての魔法を失うことになる」


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