堕ちた神
「ぃっ───!?」
誰かが声を発しようとした。
それは俺の危機を知らせようとした声だったのか。
妹の名前をライデルが呼ぼうとしたのか。
それともトンドリが悲鳴を上げようとしたのか。
その音がどれだったかは分からないが、その言葉が形になることはなく。
───ぎちゃ。
という鈍い音と共に、トンドリの背後に黒髪の少女が現れ、首筋に深く牙を立てる,。
「っ!!! トンドリ!!」
悲鳴も、後悔も、懺悔をするいとまもなく、トンドリだったものはビクビクと痙攣をし、その後木の枝が折れるような音を響かせながら、体がボロ雑巾のように捻れ折れる。
「あははははははははははははははははははははは!!!」
トンドリを捻った魔物はけたたましい声をあげて森を震わせた。
それは紛れもなく森で見かけた黒髪の少女。
その目からは血が垂れ、笑っているというのに目は一切笑うことなくこちらを睨みつけている。
その姿はもはや守り神とは程遠い。
ただ呪いを振り撒く厄災だった。
「血を抜いた挙句死体を弄ぶか。容赦ないな」
「いいえ慈悲深いわよ? 意識を失ってから捻ってるんですもの?」
俺の言葉に森の貴婦人はに口元を緩める。
さすがは神霊というべきか、堕落をしても会話ができるとは。
これなら、と俺は対話を試みる。
「見解の相違だな。だがいずれにせよ、これで報復は終わった様だな?」
「いいえ、まだ残ってるわ」
そういうと、森で見た様にゆっくりと腕をあげてヴィラはライデルを指差した。
「ねえ? 姉さん?」
ぺろりと舌舐めずりをして、ヴィラはライデルを見る。
「リリア、私は……」
苦しそうな表情でライデルは何かを弁明しようとした。
だが。
「死んで」
聞く素振りも見せず、ヴィラはライデルへ魔法を放つ。
予備動作も、前触れも、詠唱もない……。
魔物特有の、魔力を用いない黒い呪いの塊は、真っ直ぐにライデルに降り注ぐ。
「させん!」
「!!?」
大楯をライデルの前へと顕現させ、魔法を停止させる。
「なるほど、また随分と鬱陶しいネズミが紛れ込んでいるようね。人間には不相応な一級品よ、それ」
ライデルから視線を逸らしたヴィラはこちらをジロリと睨め付けながらそう言った。
「ほう? 流石は神に至る魔法を操る精霊種。盾の性質を一眼で見抜くか。だが見抜いてどうする?」
「楯ひとつで自信満々とは愚かね人間。その盾の持つ性質は、飛来物に対する絶対否定。【飛来】する【物】を防ぐだけで、魔法を防ぐわけではない。そして、生きているものにはその能力は発動しない。でしょう?」
「あぁそうだ。だが忠告しようヴィラよ。手ずからライデルを殺すにしても、如何に神とてここで無防備に背を向ければ、容易に狩取るぞ」
「あら怖い。けど、あんた自身に魔力は感じないわよ? 盾がなければ貴方はただの人間! 姉さんの前に貴方を直接切り刻めばいいだけの事よ!!」
魔法を防がれたヴィラは、今度はこちらへと牙を剥いて襲いかかる。
弓矢のような勢いで真っ直ぐに迫るその姿は獰猛な野獣に近かった。
鋭く伸びた牙は無数に並んだ剣山のように鋭く、両手の爪は鉤爪のように伸びている。
こちらを捕縛し、一瞬でただの肉塊へと変えてしまおうという算段なのだろう。
そこにはもはや守り神の面影など微塵もない。
実態のある呪いと狂気の塊。
それが最短距離最速でまっすぐ、駆け引きもなく俺の喉首目掛けて迫るのだ。
それはもう────。
「とてもやりやすい」
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