アイアスの盾は砕けない
「──────こ、殺したのか?」
しばらくして、震える声で投げかけられたギルドマスターの問いに俺は首を振る。
「まさか、優秀な目を摘み取るほど耄碌してるつもりはない。威力と衝撃は床に逃してる、死ぬほど痛いが無傷も同然だ」
気絶はするがな、と付け加えて俺は服についた埃を払う。
「そ、そうか良かった……しかしライデルをまるで子供扱いとは、伝説通り桁外れの強さだなアンタ」
「人間相手にはな……それより、目が覚めた時に激痛に襲われるだろうから、あの子を早く医者にでも……」
連れて行ってやれ、と言う言葉をかき消すように、ガラガラという音を立てて気を失っていたはずのライデルが立ち上がる。
「はぁ、はぁ、はぁ ふざけないで。まだよ、まだ終わってないわ!!」
足元はふらついているものの、その殺気は微塵も衰えていない。
「ほぅ、あの一撃を受けて立ち上がるか。ドワーフの石頭でも一晩は寝込むはずなんだがな」
「はぁ、はぁ、こんなの、屁でもないわよ。私は絶対に負けない。アンタを殺して、村に平和を取り戻す。リリアを危険な目に合わせようとするアンタを私は絶対に許さない!!」
「強情だな……俺を殺したところで森での殺人は止まらない。お前だって薄々勘づいてるんじゃないのか?」
「っ、何をいうかと思えば……ギルドマスターを唆し、この村の守り神を殺そうとしてる!! この村の敵だと言う理由はそれだけでも……」
「そうかもな。だが俺が本当に怪物なら、少なくともお前はもう生きてはいない……」
「!!」
俺の言葉に、ライデルの表情が強張る。
「ぐ、く……」
反論できないのか、ライデルは目を白黒させながら震える手で剣を構える。
「成程、真犯人なんて雲を掴むような虚像に縋るのは、真相を追って真実を知るのが怖いからか。銀等級の冒険者が聞いて呆れるな」
「うっ、うるさい!!!」
再度暴風を巻き起こしライデルは剣をこちらに向けるが、先ほどまでの鋭さはどこにも無い。
いるのは図星をつかれ癇癪を起こす少女だけだった。
「……無実を証明すると言ってはいるが、その反応。よっぽどお前の方が森の貴婦人を信じていないみたいだな」
「だまりなさいっ──だまれえええぇ!!」
絶叫と同時に、暴風はさらに脅威を増し、嵐と変わる。
「お、おいふざけんなライデル!!? この店をぶっ壊す気か!?」
カウンターに隠れていたギルドマスターは叫ぶように抗議をするが、そんな声は聞こえていないと言わんばかりに、嵐に混ざった風の刃がギルドの壁や床をメチャクチャに切り刻みながら剣先へと集まっていく。
「ふむ……説得は失敗のようだ。どうにも、元相棒みたいに上手くは行かないな」
「お前!? あれ説得のつもりだったのかよ!!」
「そうだが?」
「どう聞いたって煽り散らかしてるようにしか聞こえ無かったぞ!!」
「そうか……」
怒り狂うギルドマスターに、俺は自らの勉強不足を反省しつつ身構える。
吹き荒れる嵐はすでに剣士の領域を超えた……魔法使いの域へ足を踏み入れている。
回避や防御もさせる間もなく、最大火力で押し潰そうという判断か。
確かに、技量で上回る相手への対策としてはお手本のような回答だろう。
「全身全霊! 四方三里全てのマナを注ぎ込んだ!! 逃げ場はないわよ!」
「そうか……ならば正面から受け止めよう」
「っ──どこまでも舐め腐って……だったら、肉塊すら残さず消し飛ばしてやるわ!!」
ライデルの絶叫と同時に、吹き荒ぶ暴風は刃へと集約し────
【デア・レライア!!】
あたりを吹き飛ばしながら振り下ろされる。
それはまるで嵐を部屋の中に解き放ったような、破壊の一撃。
轟音が響き、風切り音は本物の刃になってライデルの足元から集会所は破壊する。
だが、そんなものは副産物に過ぎない。
本命は、そんな暴風により作られた巨大な真空の刃。
見れば、天井を破壊しながら10メートルほどの刃が真っ直ぐに俺へと振り下ろされている。
絶体絶命、と言うには相応しい光景だ。
────相手が俺じゃなければの話だが。
「確かにお前の剣は見事の一言だ。だが、例えどんな攻撃であろうと……」
そう呟き、手をかざして刻まれた魔法を顕現させる。
「俺の盾は砕けない」
それは己が内にのみ刻まれた古代魔法すら越える、原初の魔法で編まれた盾。
この世の何処にも存在せず、何処にでも顕現する大楯は、七重に重ねられた、絶体防御の盾。
魔王の一撃も、世界を滅ぼす竜の炎すら防ぎきる、至高の盾である。
「うそ……でしょ!?」
故に……少女が作った嵐など、微風を正面から受け止めるのと変わりなく。
少女の剣は大楯に防がれ粉々に砕け散る。
「判断も剣の腕も申し分ない、確かにお前は強い……だが覚えておけルーキー」
「っ⁉︎」
驚愕に放心をする少女にそう告げ……腕と顎を掴んで投げ飛ばす。
「上には上がいる」
ボロボロになった床へ、今度は手加減抜きで再び叩きつける。
建物を吹き飛ばした先ほどの一撃に比べれば、ボロボロの床を少し壊す程度のわずかな威力だが……それでも少女はもう立ち上がることはなかった。
「終わったか?」
勝負がついたことを確認して辺りを見回すと、ひょっこりとぼろぼろとなったカウンターからギルドマスターだけが顔を覗かせた。
「……みたいだな」
風通しの良くなった集会所に俺は肩をすくめて見せると、ギルドマスターはやれやれとがっくり肩を落とした。
「うちのギルドは貧乏だってのに……まったく、派手にやりやがって。困ったやつだよ」
呆れるようにため息を漏らすギルドマスターだったが。ここまで大暴れをされたと言うのに怒りを露わにする様子はなく、どこか憐れむようにライデルを見つめる。
「口でいう程、怒っているようには見えないが?」
「怒ってるさ……こいつがそこらの冒険者だったら間違いなく独房にぶち込んでる。だが、こいつがこうなるのも無理のない話でな……」
「というと?」
「さっきお前が言ってただろ? ヴィラは村で最後に死んだ少女の姿をとるって……この村で最後に死んだ少女ってのは、事故で死んだこいつの妹なんだ」
「…………そうなのか」
「もちろん……ヴィラと妹は違うってのはライデルも分かってるさ。そいつが村を襲ってるなら冒険者として退治しなきゃいけないって事もな……だけど、簡単に割り切れるもんじゃねえだろ?」
「あんたの言うとおりだギルドマスター。知らなかったとはいえ、彼女には悪いことをした」
死んだ妹と同じ姿、同じ声の守り神が人殺しをしているなど……確かに信じられるわけもない。
「いや、一方的に切り掛かってきたのはこいつの方だ、気にする必要はない……だが、無理な話かもしれないが……こいつを許してやってくれねえかな。例え違う存在だって頭でわかってても、森の貴婦人を討伐することになれば、こいつにとっちゃ、大事な妹を二回も失うことになるんだ。そんなの冷静になんかなれる訳ねぇよ……だから頼む!」
憐れむように頭を下げるギルドマスターだったが、俺はそれに首を振って頭を上げさせる。
「分かっている。お前がこの少女を今助けようとしているように、彼女もまた大切なものを守ろうとしただけだ……怒る理由などどこにもない」
「そ、そうか!」
「だが」と付け加えて俺は気を失っているライデルを担ぎあげる。
「⁉︎ お、おい何を⁉︎」
「許しはするが調査に協力はしてもらう」
「協力って……俺は構わねえが、さっきのあの剣幕だぞ? こいつが納得するどうか……」
「……その時は、納得するまで投げ飛ばすだけだ」
俺の言葉に、ギルドマスターは苦笑を漏らすと。
「ま、集会所壊した罰にはもってこいだな」
憐れむように手を合わせるのであった。
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