肉食の時
「あ、ああ。紹介するよ」
一条はまずマオに話しかける。
「この子は和泉オトハといって、僕の子供の頃からの友人なんだ」
「へぇ!一条さんの幼なじみなんですね!よろしくね、オトハちゃん!」
「ガルルルルッ!」
「えっ!?」
「どうした、オトハちゃん!?」
唸り声をあげていたオトハがハッと我にかえる。
「じょ……冗談ですよ!冗談!にゃははぁ……」
「びっくりしたなぁ、もう。ところで、オトハちゃんはどうしてここに?」
一条からの質問にオトハが猫をかぶりながら答えた。
「いや〜特に用事もなく、ブラブラと。こんなところでキヨシ君と会うなんて奇遇だね〜」
「あれ?」
マオが首をかしげる。
「好きな男の子を待っていたんじゃなかったの?」
その言葉にオトハが吠えた。
「ギャオオオン!!」
「えっ!?」
「どうした、オトハちゃん!?」
「なんでもない!なんでもないったらない!」
オトハ、涙目である。
「オトハちゃん、紹介するよ。こちらは……」
「知ってるよぉ」
オトハが一条の言葉を止める。
「村田マオさんでしょ?さっき聞いたもん」
「ねぇ、オトハちゃん!」
そのマオは無邪気なものだ。
「お腹空いてない?これから三人で食事に行きましょうよ!」
「どうする、オトハちゃん?」
「……行く」
こういう機微を察する能力は、一条よりもずっとマオの方が優っている。マオからすれば、オトハは恋敵というより、愛くるしい妹のように見えているようだ。
三人は最寄りのファミリーレストランへと入った。
マオが頼んだのはチキンライスだ。オトハはというと、腹いせのつもりか、支払う一条には気の毒なことに、厚切りステーキセットを頼んでいた。だが、当の一条はマオと同じチキンライスを注文したので、オトハはますます機嫌が悪くなったが。
「二人はどういう関係なのさ?」
オトハが単刀直入に聞くと、一条は困ったように頭を掻いた。
「えーっと……」
「ただの友だちよ。今は」
「今は?」
オトハにとっては聞き捨てならないマオの言葉であった。こうなると、なりゆきとはいえ「村田さんの恋、叶うといいですね」なんて言った自分をグーパンチしたくなる。改めてマオをよく見ると、美人だし、スタイルもファッションセンスもいい。アロハシャツの上から自分の体型を見下ろしたオトハは、劣等感を刺激されずにはいられなかった。
「たまにこうして会って、情報交換をしているんだよ」
と一条。
「マオさんがやっている『行き場の無い女性を支える会』の話は聞いたかい?」
「聞いた」
「僕もその考えに賛同しているんだ。マオさんに協力したいと思っている」
一条は終始マジメなトーンで会話を続ける。
「援助交際って、最近問題になってるだろ?」
「それって結局、未成年の売春だよね」
当時は『パパ活』という言葉はまだ無い。
「うん。もちろん警察はそれを取り締まろうとする。だけど、どれだけ買う方の大人を捕まえても、いくら本人を家に帰しても、彼女たち自身が抱える問題が解決しない限り、また同じ事を繰り返してしまうんだよ。そういう意味では、警察は無力だ」
一条は遠い目をする。
「そういう少女たちを利用する大人も少なくない。ある事件がきっかけで、裏風俗が摘発されたことがあったんだけど、オトハちゃんくらいの子や、もっと幼い子が奴隷みたいになっていて……辛かった」
「…………」
「ごめん、食事中にする話ではなかったね」
オトハはその話に関心を寄せつつも、尋ねずにはいられない質問をする。
「で、キヨシ君はマオさん個人には興味がないわけ?」
「幸せになってほしいと思う」
一条の率直な言葉にオトハはキョトンとする。マオはキュンとして顔を赤くした。
「彼女も過去にいろいろ……オトハちゃん、警察官には守秘義務がある。僕から言えることはこれだけだ」
やがて食事を終えた三人は別れた。マオと一条がホテルに行ったりしないことだけはわかって安心するオトハであったが、内心穏やかではない。一条が口にしていた言葉を思い出して、オトハは路上の小石を蹴飛ばした。
「なにが『幸せになってほしい』だよ!それって、マオさんが結婚してほしいと言ったら、そうするのかよ!」
蹴飛ばした小石が電話ボックスに当たる。中の男性が驚いた顔をしてオトハを見たので、オトハは慌てて頭を下げ、小走りでその場を後にした。電話ボックスの男は会話を続ける。
「それで一条という刑事、その後おもしろい女と会っていましてね……」
「ほう……」
受話器の向こうにいる相手は、京木ユウジロウだ。一条を尾行していたジョーが仔細を話すと、京木は満足そうに言った。
「よくやった、ジョー」
「一条の弱みを見つけることができましたね」
「それだけじゃねぇ」
「というと?」
「女さ。ジョー、その女は俺たちの役に立つぜ」
ジョーは電話を切った。京木のために、もう一つ仕事をしなければならない。だが、ジョーは気がついていなかった。
「……何やってんだ、あいつ?」
渡辺シンゾウである。白金組組長付きの彼もまた、オトハの指示で一条を見張っていたのだ。当然、ジョーの存在にすぐ気がつく。不審な動きをするジョーを、シンゾウは慎重に尾行することにした。
日が没した。
自分のアパートへと帰ってきた音無リツは、紙袋をベッドの脇に置く。そして、電話だ。かける相手はもちろん、京木ユウジロウである。
「リツか」
「今日はサナエさんと会っていました」
「え?サナエ?誰だ、それ?」
「ジュウタロウさんの妹です」
リツは今日の出来事を報告した。本来ならジュウタロウの方に目を光らせるのがリツの役目だったのだが、とりあえず妹のサナエと親しくなったということで、京木は十分とした。
「リツ。お前、暗闇姉妹を知っているか?」
「はい」
「どうして黙っていたんだ」
「ただの噂ですから。悪い魔法少女を始末する、そんな処刑人がいると」
京木はタソガレバウンサーと対峙した時の話をリツに聞かせた。
「いるかもしれねぇんだよ、暗闇姉妹が」
「……そうですか」
「だから、お前に予め言っておくぜ。もしも暗闇姉妹が俺たちの邪魔をするようなら、殺せ」
「ユウジロウさん。もう人殺しはやめませんか?」
「なんだと?」
リツは、受話器の向こう側にいるユウジロウが、ひどく驚いたのが声からでもすぐにわかった。
「私は5歳で両親を失いました」
「ヤクザを殺すのはその弔いにもなるだろ」
「いいえ。それは、新しい私が生まれるだけです」
リツは続ける。
「これで終わりにしましょう、ユウジロウさん。もう十分に、あなたは利益を得たではありませんか。きっと、白金組から縄張りをいただけますよね。それで満足してください。でないと、私は……」
「……だが、自衛くらいはしろ。暗闇姉妹のこと……俺は確かに伝えたからな」
電話が切れた。リツは受話器を降ろすと、ベッドに座った。紙袋から取り出したのは、漫画『必颯必中閃光姉妹』の全巻である。それを枕元に置いたリツは、改めて第1巻からそれを読み始めた。
「閃光少女は……人間を守る……」
誰に聞かせるでもなく、リツは一人、つぶやいた。




