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修羅場の時

「それで、話というのは?」

「あなたが飼っている音無リツという魔法少女についてです」

「……なるほど、もうリツの正体はバレているというわけか」


 京木はタソガレに背中を向けると、もう一つグラスを出し、ブランデーを注いだ。タソガレの分という意味だろうが、彼女はそれを一瞥すらしない。


「あいつをスカウトにでも来たのか?それとも、魔法少女に殺し屋をさせるのはけしからんと、オウゴンサンデー様々がお怒りとか?」

「当たらずしも遠からず、ですね。私はただ、我々の計画の邪魔になる魔法少女か否かを調べているだけです」

「俺はあんたらの計画なんぞ知らない」

「魔法少女の世界を作る」


 タソガレは唇の前に人差し指を立てる。


「生憎、部外者に言えるのはそれだけですね」

「部外者?」

「魔法少女では無い全ての人間……とでも言っておきましょうか」

「なるほどな。リツはその計画に誘いたいが、俺は邪魔な存在ってわけか」

「理解が早くて助かりますよ」


 魔法少女になる可能性が限りなく低い男は邪魔でしかない。タソガレは京木に対する軽蔑の気持ちを隠そうとはしなかった。


「だが、リツは俺だけに従う」

「そこがわかりませんね。どうして魔法少女が、あなたなんかに従うのか」


 まさか京木ユウジロウ本人が魔法少女より強いわけではないということは、先程タソガレ自身が試してわかっていることだ。


「虐待をされているわけでもなければ、洗脳されているようでもないみたいでしたが」

「リツはリツ自身の信念に従って俺に尽くしている。全てはあいつの自由意志だ」

「信念?」

「生憎、部外者に言えるのはそこまでだな」


 タソガレはその言葉に青筋を立てる。京木はわかっているのだ。タソガレに京木を殺すことはできないと。それは、即座にリツが敵対することを意味している。


「俺はあんたらの計画とやらに干渉するつもりはない。だから、あんたたちも俺たちに干渉するな。それでいいじゃねぇか」

「こちらとしても、それは悪くない話です。ですが、あまり調子には乗らないことですね。この街には、暗闇姉妹がいるのですから」

「暗闇姉妹?」

「ええ。魔法少女たちのブギーマン。人でなしに堕ちた魔法少女の前に現れ、闇に裁く怪物ですよ」

「そいつにリツが狙われると?」

「当然、あなたも死にます」

「それはどうかな?」


 京木は不敵に笑う。


「リツは強いぜ?」

「ずいぶん自信があるのですね」

「あいつを鍛えたのは村雨ツグミだからな」

「えっ……!?」

「どうした?」

「あっ……いや……」


 タソガレは意外な名前を耳にして驚いた。村雨ツグミ。タソガレが知っているその少女こそが、暗闇姉妹トコヤミサイレンスではないか。

 京木はグラスを掴むために一瞬タソガレに背中を向ける。


「どうだい?あんたも一杯……」


 京木がグラスを持って振り返った時には、タソガレバウンサーの姿は消えていた。部屋のドアが少しだけ開いている。


「…………ふん!」


 京木は手に持っていたグラスをそのドアに投げつけた。散乱するガラス片とブランデーを避けながら、マツとヒデが恐る恐る顔をのぞかせる。


「暗闇姉妹……来るなら来てみやがれ……!」


 京木はもう一つのグラスに注がれたブランデーを一気にあおった。


「返り討ちにしてやらぁ……!」


 風俗街から抜け出たタソガレバウンサーは、変身を解除し、警察官氷川シノブとしてその場を後にした。


「どういうことなのでしょうか?」


 京木が言っていたことだ。音無リツは、村雨ツグミの弟子であると。


「トコヤミサイレンスの過去はわからないことの方が多いですが……事情を知りたいところですね。ファンの一人として」


 氷川を乗せたパトカーは、城南署へと向かった。


 時刻は18時を過ぎた。夕陽を浴びる城南署前のバス停に、一人の少女が座っている。

 和泉オトハだ。彼女が通う工業高等専門学校は私服での通学が許されている。サンダルを履き、半ズボンにアロハシャツを組み合わせた彼女の格好は、本人の雰囲気も相まって、少女というより美少年のようであった。

 放課後にすぐここへ来たのは、べつにバスに乗りたいからではない。実際、まもなく彼女の前にバスが停まるが、ベンチから立ち上がり、自分が乗客ではないと運転手にアピールする。ぞろぞろと降りる乗客たちは、そんなオトハに何の関心もないようだ。


「よっこらしょ」


 バスが発進した後、そうつぶやきながらオトハは再びベンチへ腰を降ろす。降りた乗客たちはそれぞれの家路へと歩いて行くが、一人だけオトハと同じようにベンチに腰かけた女性がいた。オトハが何気なく彼女を観察する。


「…………」


 最初は肩から下げたバックの整理でもしたいのかとオトハは思った。しかし、どうやら違うらしい。青いスカートに涼しげな白いシースルーのトップスを組み合わせた衣装のその女性は、携帯電話をいじるわけでもなければ、バックに手をかけることもしない。しばらくすると腕時計を見ながらソワソワした様子を見せた。時計を右手につけているのは、おそらく左手のリストバンドが邪魔になるからだろう。


「ん?」


 その女性の方もオトハの存在に気がついたようだ。女性から見れば、オトハもまた用もないのにバス亭に残っている不思議な少女だ。オトハの方は女性から顔をそむけて知らんぷりをしようとしたが、女性の方からオトハに声をかけてきた。


「あの」

「はい?なんでしょうか?」

「よろしければ、こちらをどうぞ!」


 オトハは女性が差し出したチラシを受け取ると、それに目を走らせた。


「行き場の無い女性を支える会……?」


 オトハが読み上げると、女性は慌てて首を横にふる。


「べつに、あなたが行き場の無い女性に見えたとか、そういう偏見ではないんですよ!」

「は、はぁ……」

「ちなみに、私は代表の村田マオです」

(聞いてないんだけどなぁ……)


 チラシにはその会の趣旨が書いてあった。貧困、身体などの障害、家庭環境など、問題を抱えている女性たちが、犯罪や、安易に売春する道へ走らないよう、相互に支え合うための会とのことである。


(家庭環境ねぇ……)


 母子家庭で、なおかつ母がヤクザの組長の愛人であるオトハにとっては、少し胸が痛む話だ。そんな事は知る由もないマオはオトハに笑顔で語りかける。


「あなたは大丈夫そうですね」

(思いっきり犯罪行為に手を染めてますけどね)


 オトハは暗闇姉妹の一人だ。


「でも、あなたの周りはどうですか?何か困っているお友だちがいたりとか……?」

「さーどうでしょう?私は工業校なんで、周りは男子ばかりですから」


 しかも、その数少ない女子の友人たちもまた暗闇姉妹なので、これまた思いっきり犯罪行為に全力疾走していることになる。


「おー!理系女子ということですね!やはりこれからの時代、女性もどんどんエンジニアとして、男性と肩を並べて働いていくべきでしょう!あなたはその先駆けなのですね!」

「はぁ、恐縮です……ところで、村田さんでしたっけ?」

「はい、何でしょう?」

「ここで待ち合わせですか?」

「えっ?ああ、はい」


『行き場の無い女性を支える会』のチラシを配ったのは、マオにとっては単なるなりゆきだ。本当の目的はそれである。マオがオトハに尋ねる。


「もしかして、あなたもですか?」

「ええ、まあ。村田さんの待っている人、遅れているんですか?」

「いえ。時間は決めていなくて……仕事が終わったらここへ来るのはわかっているんですが……あなたは?」

「私も、その人が仕事が終わったらここへ来るのはわかっているけれど、何時かまではわからないです」

「ふふっ、奇遇ですね」


 マオが笑うと、オトハもつられて笑みを浮かべた。


「村田さんが待っているのは……当ててみせましょうか?恋人でしょう!」

「あはっ!……いえ、まだそこまでの関係ではないですけど……素敵な男性ですよ。そういうあなたは?」

「私も……まだつきあっているわけではないけれど、イケてる男の子ですね」

「ふふっ、青春って感じがしていいですね。私も前に……」


 そう言いかけて、なぜかマオは口をつぐんだ。勘の良いオトハはマオが何らかのトラウマを想起したのを察したが、当然その内容はわからない。話を流すことにした。


「村田さんの恋、叶うといいですね」

「えっ……ええ、ありがとうございます!」


 その時ふと、バス停に長い影が伸びた。歩いてきた男性が驚きに声をあげる。


「あれ?えっ!?マオさんに、オトハちゃん!?」

「一条さん?えっ、オトハちゃんって?」

「えっ!?キヨシ君の知り合いなの、この人!?」


 現れたのは刑事の一条キヨシである。ともに同じ男性を待っていたことに、マオとオトハはここで初めて気づいた。


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