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後でやんわりと店員さんから注意された時

 今度は円盤がサナエの前に出てくる。


「ま、まだまだ負けませんよ~!」


 サナエはフッと円盤を打つフェイントをかけた。だが、リツはそれに反応しない。やがてサナエなりにゴール端を狙う鋭角な角度で円盤を飛ばすが、リツはそれを追って弾き返した。サナエは辛うじてゴールを守るものの、跳ね返ってきた円盤がリツの前までゆっくりと戻る。


「……!」

「ふぎゃっ!?」


 今度はリツの方がゴール端を狙った鋭角ショットで得点を奪った。


(なるほど……音無さんの闘争心に火がついたようですね……)


 勝負の行く末を見守る氷川が内心でつぶやく。


「氷川さん。これって、どうやったら終わりになるんですか?」

「制限時間3分以内に、より多くの得点を取った方が勝ちですよ」


 リツの質問にそうやって氷川が答える。エアホッケーの制限時間は、まだ2分あった。そして、今のところ同点である。


「なかなかやりますね、リツさん!これも愛の力というやつでしょうか!?」

「愛の力……」


 リツが一瞬固まった隙に、サナエは一直線に円盤を弾いてリツのゴールを奪った。


「あっ!ズルいですよ!サナエさん!」

「なんの、氷川さん!これも勝負の駆け引きというものです!」

「サナエさん……」

「なんでしょう?リツさん?」


 リツが真顔で尋ねる。


「ジュウタロウさんと結婚したら、あなたは姉になるのですか?それとも妹になるのですか?」


 サナエが動揺した瞬間、リツはゴールへ円盤を弾いた。


「ぬわーっ!?」

「私……ちょっとズルい女になります」

「因果応報ですね!」


 サナエの前に円盤が出てきた。制限時間は1分を切っている。


「こうなったらもう小細工な抜きです!真っ向勝負ですよー!」


 サナエがそう叫んで円盤を打った時、氷川は、もう勝負がついたなと思った。


(音無さんは近接格闘タイプの魔法少女ですからねぇ。それは悪手でしょう。もっとも、サナエさんはそのことを知らないから仕方がありませんが……)


 リツが無言で打ち返す。さらにその円盤をサナエが弾く。


(……あれ?)


 氷川は不思議に思った。互角なのだ。しかも、リツが手加減している気配はない。事実、真剣勝負をする二人の間を往復する円盤は、同じく魔法少女である氷川でさえ、目で追うのがやっとである。


(どういうことなのでしょうか?魔法少女と互角のスピードと反射神経をサナエさんは持っている……まさか、サナエさんも、魔法少女!?)


 氷川は笑みを浮かべた。


(これは思わぬ収穫でしたねぇ)


 サナエもまたリツの素早さに感心している。


(ワタシのスピードについてこられるとは……なかなか人間離れした動体視力ですね!)


 その時、リツは自分の手をゴールの右側へ寄せた。つまり、左側はがら空きだ。


「そこだぁ!」


 サナエはその隙目がけて円盤をスマッシュする。だが、その動きを予知していたかのように、リツの手が動いた。


(しまった!わざと隙を見せてワタシの攻撃を誘導したのか!)


 気がついた時には遅かった。リツは体を回転させながら、バックハンドスマッシュで円盤をサナエのゴールに叩き込んだ。それからやや遅れて時間終了のアラームが鳴る。


「うわーっ!負けたーっ!」

「私が……勝った……」

「あっ!えっ!?音無さん!どこへ行くんですか!?」


 リツが急に走り出したので、氷川は驚いた。しかも、何が目的なのかわからない。フロアを何度も往復しているのだ。


「氷川さん……たぶん、リツさんは喜びを表現しようとしているんですよ」


 サナエの言葉に氷川が首をひねる。


「喜び?つまり、思わずガッツポーズしてしまうような、アレですか?」

「リツさんが子供の頃に両親を失って、笑えなくなった話を兄さんにしていましたよね」


 ジュウタロウがサナエたちに話していたことだ。


「たぶん、それ以来、心から遊んだ事が無かったのかもしれませんよ」

「そうですか……」


 やがて走り回っていたリツの足が止まった。相変わらず能面のように無表情だが、どこか走っていた時よりも気落ちしているように見える。やがてトボトボと歩いて、サナエたちがいる場所へと戻ってきた。


「どうかしましたか、音無さん?」

「……ジュウタロウさんと結婚が決まったのはいいんですが……」

「決まっちゃいませんよ!?」


 氷川は話を進めるために、サナエを「まあまあ」となだめて、リツに言葉の続きを促す。


「……私、ジュウタロウさんとどう付き合ったらいいのか、わからなくなったんです。だから、サナエさんにその事を相談しようと思いまして……」


 その言葉を聞いたサナエと氷川は、顔を見合わせた。


「河岸を変えましょうか、サナエさん」

「そうですね、氷川さん。もっと静かな場所へ行きましょう」


 次に三人が向かったのは漫画喫茶であった。これはいわば、漫画だけが自由に読める図書館のようなものだ。サナエがドリンクバーで三人分のジュースを注いで個室に戻ると、氷川が熱心に漫画『必颯必中閃光姉妹』をリツに勧めているところだった。


「中村さんから聞きましたが、サナエさんも好きなんですよね?この漫画」

「はい!正義の閃光少女が、人間を守って大活躍する漫画ですからね!」

「正義の……閃光少女……?人間を……守る……?」

「それはさておきですね……」


 サナエは他の二人の前にジュースを置く。


「相談したかった事ってなんですか?兄さんから聞きましたが、べつに喧嘩をしたわけではないんですよね?兄も、あなたのことを気にかけていますし」


 リツはサナエの持ってきたコップを手に取り、中の液体をながめる。が、それを口にすることなく、そっとテーブルに戻した。


「サナエさん。もしも、あなたの好きな人の理想と、自分があまりにもかけ離れている時……あなたならどうしますか?」


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