女三匹デートの時
「ちょっ!わーっ!出たぁ!」
病院から外へ出た途端に、そう叫んで胸の前に手刀を構えるサナエを、氷川は肘で突いた。さすがに見過ごせないほど失礼な態度だ。例え、病院の入り口で、音無リツが待ち構えていたとしても。
「…………」
「おはようございます、音無さん。その後、問題はありませんか?」
「あっ……あなたはジュウタロウさんと一緒に居た婦警さん……」
リツは氷川のことを思い出したらしく、気さくに話しかけてきた彼女に会釈をした。
「そうです。同僚の氷川です。今日も中村さんのお見舞いに?」
「いいえ」
「ん?……では今日はどうしてこちらに?」
「私は……」
リツはサナエを見つめる。
「あなたに会いたかったのです」
「へ?ワタシにですか?どうして?」
「付き合ってほしいのですが……ダメでしょうか?」
「まぁ、時間は空いていますが……」
サナエは困ったように氷川を見つめたが、氷川は笑ってポンと肩を叩く。
「音無さんにとっては、あなたは小姑ですからねぇ!いろいろと話もあるでしょうとも!」
「気が早いですよ!氷川さん!」
そう返したサナエであったが、リツの性格的にありえない話ではない。だが、リツは不思議なことを言った。
「私が好きな人の中で、女はサナエさんしかいないんです。だから、話をしたかった」
サナエと氷川の目が点になった。これではリツが言う『付き合ってほしい』の意味がまるっきり違って聞こえる。いち早くショックから回復した氷川がサナエに言った。
「兄妹そろって愛されているわけですか!さすがですねぇ!」
氷川からすれば、リツの巨大な感情の矢印がサナエに向いたところでべつに構わない。
「もう!氷川さんは他人事だから笑っていられるんですよ!」
「まあまあ。今は同性カップルは変な目で見られますが、もう10年、あるいは20年先の未来では普通になっていますよ」
結局サナエは連行されることになった。最初のデートスポットは、カラオケボックスだ。
「おーもーいだせないのーーーー!!」
氷川が懐かし平成アニメの主題歌を歌い終わると、サナエとリツがタンバリンをシャカシャカと振った。
「イェーイ!!」
「いえーい」
「イェーイ!……ってちょっと待って!なんで氷川さんもついて来たの!?」
主な持ち歌は70年代特撮の主題歌であるサナエが氷川にツッコんだ。
「さっき中村さんにも言いましたが、傷害事件の被害者の心のケアも警察官の役目ですよ」
「サボりたいだけですよね!?遊びたいだけですよね!?なんならワタシたちがどうなるか興味津々なだけですよね!?」
「いいじゃないですか!音無さんも許可してくれたわけですし!」
その言葉にリツがうなずく。氷川が言う「心に決めた人」が『中村ジュウタロウ』では無いとわかった時点で、彼女は敵では無かった。
「リツさんは歌わないんですか?」
サナエが気をつかって尋ねるが、リツは首を横に振る。
「いいんです。歌、一つも知らないから。私、聞いているだけでも楽しいです」
サナエと氷川が顔を見合わせた。
「……河岸を変えましょうか、サナエさん」
「氷川さん……」
「…………」
次のデートスポットはボーリング場だ。
「朝から開いている店ならよく知っていますからね!」
(やっぱりこの人サボり魔だな)
得意そうに語る氷川に、サナエは内心そう思った。
「まずは私から……!」
氷川がボールを投げる。結果は、ガーターだった。
「うふっ、氷川さんもなかなか不器用ですね。ここはワタシがお手本を……!」
サナエがボールを投げる。結果は……ガーターだった。
「…………」
リツが投げた結果もガーターだった。
「…………河岸を変えましょうか、サナエさん」
「氷川さん……!?」
「…………」
場所を変えるといっても、ボーリング場内にあるゲームセンターへと移動するだけである。といっても、サナエもリツも、コンピューターゲームで遊ぶ趣味は無い。
「これならいいんじゃないですか?自分の体を使うし、ルールもいたってシンプルですよ」
「なんですかこれは?どうしたらいいんですか?」
氷川が二人に勧めたのはエアホッケーであった。卓球台程度のテーブルを挟んで、二人のプレイヤーが空気圧で浮遊する円盤を弾き合い、お互いのゴールへ落とした数を競うゲームである。困惑するリツにルールを教えたサナエは、そのまま彼女の対戦相手として名のりをあげた。
「ふふふ……このワタシを倒せないようであれば、兄さんとの結婚など夢のまた夢……ですよー!」
「聞きましたか氷川さん?私が勝ったら結婚してもいいそうです」
「聞きましたよ!言質とりましたからね!」
「ちょっ!本気にしないで!」
まずはサナエの先行である。彼女の前に出てきた円盤は、取手のついた円形の器具に弾き飛ばされ、まっすぐリツ側のゴールに飛び込んだ。リツも構えてはいたのだが、微動だにしなかった。
「…………」
今度はリツの番である。ゴールに入っていた円盤は、機械仕掛けで自動的にリツの前に飛び出る。リツはサナエがやったのを真似て、円盤をまっすぐサナエ側のゴールに打とうとしたが、芯がずれて、円盤が斜めに飛び出した。サナエは狙いすまして、自分の方へ飛んできた円盤を打つ。円盤は45°の角度で反射しつつ、これまた勢いよくリツのゴールに飛び込んだ。リツの体は、またしても微動だにできなかったようである。
「サーナーエーさ~ん?」
「大人げないなんて言わないでくださいよ、氷川さん?これは真剣勝負なんですから!」
「初心者をコテンパンにするなんて気の毒ですよ。なんなら、私が音無さんとダブルスで……」
「いえ、いいんです。氷川さん」
そういうリツの前に、再び円盤が出てくる。
「私はこのゲーム、おもしろいと感じていますよ。それに……」
リツが円盤を打つ。今度は芯をとらえ、円盤はサナエのゴールへとまっすぐ飛んだ。しかし、サナエがそれを打ち返す。まっすぐ帰ってきた円盤を、リツは斜めに打ち返した。急角度で反射してきた円盤が、サナエのゴールへ勢いよく飛び込んだ。
「えっ……!?」
得点を奪われて目をパチクリさせるサナエに向かって、リツが言葉を続ける。
「やり方がわかってきました」




