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反省の時

 そこから先のトコヤミサイレンスは白金組の客分だ。ソウタロウ本人が見送ることはなかったが、彼のボディガードであるシンゾウと、若い弟分たちが深々と頭を下げて、正門から堂々と外に出る彼女を見送った。


「あっ…………」


 オトハが待っていた。いや、すでに閃光少女アケボノオーシャンに変身した姿で立っていたので、オトハと呼ぶのはまずい。むこうも「トコヤミサイレンス」と呼びかけてきた。


「終わったの?」

「うん」

「一緒に帰ろうか」

「うん」


 しばし無言で暗闇の道を二人は歩く。やがてオーシャンが、トコヤミの持つアルミケースに目を落として言った。中には仕事料として、札束がギッシリと詰まっている。


「ハカセから事情を聞いたよ。心配してたけど、交渉はうまくいったっぽいね」

「うん」

「なんだか、元気ないね。組長になんかひどいこと言われた?」

「その……」


 トコヤミはオーシャンの顔を見る。オーシャンはいつもと変わらない微笑を浮かべてトコヤミを見つめていた。トコヤミは視線をオーシャンから外し、前を見ながら彼女に語りかける。


「あなたの事を気にかけていた。知らないふりをしようとしたけれど、たぶん、私たちが友だちだってバレたと思う」

「そっかぁ」


 暗闇姉妹には、一つルールがある。それは、仕事に支障をきたさない内容であれば、個人的に話したくないことは話さなくてもいい、だ。ツグミも含めて、複雑な事情や、凄惨な過去を抱えているメンバーは少なくない。だが、オーシャンはあっさり秘密を明かした。


「あれ、私の親父なんだよ」

「そうなんだ」


 もしかしてそうではないかと、トコヤミも思っていたところだ。


「みんなは知っていたの?」

「アッコちゃんは知ってる」


 鷲田アカネのことだ。


「できれば、他の子には黙っててほしいかなー」

「そうしてほしいなら、そうする。でも、この仕事をするなら、みんなそのうちわかるんじゃないかな?」

「そうかもねー。じゃあ、今回は私は外れようかな。ハカセもべつに構わないって言ってたし……」

「なんか、ごめん」

「あはは、謝らないでよ」


 オーシャンは笑うが、目は笑っていない。


「私のこと、幻滅した?ヤクザの組長の娘だとわかって」

「……アカネちゃんは幻滅したの?」


 トコヤミが少し険しい顔をしたので、オーシャンは少しひるんだ。


「聞いたことがない。それに、アッコちゃんの過去を思うとね。家族が生きているだけマシって言うよ、きっと」


 アカネの両親と妹は悪魔に皆殺しにされている。その話をツグミは以前、まさにオトハの口から聞いたのだ。


「私も捨て子だから親はいないよ。育ての親はいたけれど」

「えっ?そうなの?そんなの初めて聞い……たたたた!?」


 頬をトコヤミにつねられたオーシャンが悲鳴をあげる。


「なにすんのさぁ!?」

「友だちの間で、そういうの、よくないよ」

「…………」


 オーシャンは自分の頬を押さえながらトコヤミの言葉に耳を傾ける。


「白金ソウタロウって人……すごくムカついたよ」

「…………あはっ!」


 オーシャンが吹き出した。


「そうそう!私もそう思うよ!」


 やがて人気のないところで変身を解いたツグミとオトハは、今日あった出来事を話しながら歩いて行き、やがてそれぞれの家路へと別れた。


 その広壮な屋敷は、自然公園に隣接する、都市の喧騒から離れた山中にあった。立花財閥総帥、故立花ショウジの一人娘。立花サクラは学校の宿題をやっと終わらせると、机の前で両腕を伸ばした。


「やっと終わったでー!」

「お疲れ様でした、お嬢様」


 様子を見守っていた執事のトーベがねぎらいの言葉をかける。


「何かお飲み物を用意いたしましょうか?」

「いや、ええわ。風呂に入ってくる」

「かしこまりました」


 時刻は夜10時を過ぎている。書斎から廊下に出たサクラであったが、少し歩くと奇妙なものを発見した。


「……なんやアレ?」


 二人のメイドが奇妙な振る舞いをしている。どちらもサクラのよく知った顔だ。

 まず、ツグミだ。彼女は廊下に置かれた椅子に腰掛け、首に文字の書かれたプレートをさげていた。そのプレートには、


『私はお屋敷の仕事をサボって夜遊びに出かけました』


 と書かれている。

 もう一人のメイドは、アメリカ出身のキャサリン・クラークソンだ。彼女はツグミの前で、一心不乱にダンスをしていた。


「自分ら、なにやってんねん?」

「あっ……サクラちゃん」


 捨てられた子犬のような表情をしていたツグミが顔をあげる。


「ツグミさんは悪いコトをしまシタ。ダカラお仕置きされてるのデース」


 とキャサリン。彼女は、ツグミが暗闇姉妹トコヤミサイレンスであるとは知らない。ツグミは同僚にその事実を秘密にした上で裏の仕事をしていたので、結局はメイド業をサボっているのに等しいことであった。


「自分もなんか悪い事でもしたんか?」

「違いマース!ワタシは今、ツグミさんを罰しているのデース!」

「キャサリンが踊ったらツグミちゃんを罰することになるんか?」

「反省を促しているのデース」


 サクラには、ツグミの目の前でキャサリンが踊ると、どうして反省を促すことになるのかサッパリわからない。とはいえ、以前メイド長を務めていたマリアが亡くなって以来、このキャサリンがメイド長だ。メイドに対する処分の権限は彼女にある。


「これっていつからやってるんや?」

「1時間前からデース」

「そのへんで許してやったらどうや?」


 鞭で打ったりしない分だけ平和にしろ、キャサリンにダンシング・オールナイトされてはサクラが困る。


「しかし、お嬢サマ!」

「いや、ウチも悪かったんや。婆やが亡くなってからのゴタゴタで、あんたらメイドたちにはずいぶん無理をさせてきたさかいなぁ。ツグミちゃんもストレスが溜まっとったんやろ?もう堪忍してあげてぇな」

「サクラちゃん……!」


 ツグミが目をウルウルさせると、サクラの目がキランと光った。


「でも、この絵面めっちゃ面白いなぁ!ちょっとビデオで撮らせてーな!アカネちゃんに見せてあげんとなぁ!」

「サクラちゃん……?」

「ウチも一緒に踊るで!ちょうど宿題でストレスが溜まってたところや!」

「サクラちゃん……!?」

「おっちゃん!ビデオカメラの準備や!」

「かしこまりました」

「サクラちゃん!!」


 トーベはすぐさま三脚とビデオカメラを準備した。座るツグミのそばで一心不乱に踊るサクラとキャサリンを撮影しながら、トーベは内心でツグミを励ます。


(堪えるのです、ツグミさん……これが、裏稼業に生きる者の、逃れられざる宿命なのでございます……)


 後日、この時のビデオを見せられたアカネは、一言こう述べたという。


「わけがわからないわ」


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