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白金邸に討ち入りの時

 オトハが西ジュンコの工場を訪れた時には、すでに陽は沈んでいた。

 ジュンコの表向きの稼業は整備工である。普段はスーツの上に白衣を羽織っている事が多いのだが、今は仕事を終えたばかりらしく、作業着のままだった。ガレージの空いたスペースで、スポーツカーのラジコンを走らせて遊んでいた。


「ああ、たしかに天罰代行依頼が来ていたよ」


 オトハが西ジュンコに確認すると、彼女はあっさりそう答えた。


「匿名での依頼も可能なのだが、今回の依頼人は名前を明かしているね。名前は白金ソウタロウ、暴力団白金組の長だ」

「……それを言うなら長ですよ、ハカセ」


 ハカセというのはジュンコの変名だ。自分の予想が当たったことに、オトハは頭を抱える。無論、ターゲットは舎弟頭を殺害した魔法少女だ。


「それで、その依頼を受けるつもりですか?」

「保留中だ」


 オトハはほっと胸をなでおろした。西ジュンコの正体は、人間社会に適応した悪魔である。やや常識に欠けるジュンコのことだから、あっさり受けてしまったのではないかと焦ったのだ。


「それがいいと思います。というか、断りましょうよ」

「どうしてだい?」

「どうしてって……ハカセ、私たちはヤクザの手先になるつもりはありませんよ」

「ふぅん?」


 ジュンコはラジコンカーを見つめたまま話しを続ける。最初は2つ置いた三角コーンの周囲を8の字に回ることしかできなかったが、今は小さなポルシェが器用にドリフト走行をしている。


「私は、魔法少女に殺された者の遺族から依頼を受ければ、誰からであろうと受けるつもりだったんだがねぇ」

「でも、ヤクザは良くないです」

「どうしてだい?」

「どうしてって……」


 ラジコンカーが止まる。ジュンコはオトハに向き直った。


「君が言いたいのはこういう事だろう?暴力団は悪い人たちだ。だから悪い人たちの役には立ちたくない、って」

「えーっと……うん、まあ」


 オトハは言葉を飲み込んだ。ヤクザがどれだけ社会に迷惑をかけているとか、彼らに騙されて利用される恐れがあるとか、言いたい事はいろいろあったが、結局はジュンコの言葉に集約される。


「そもそも我々が善人ではない」

「だからといって、もっと悪くなってもいい理由はないでしょ」

「前々から思っていたことだが……」


 ジュンコは、以前オトハから聞いたオウゴンサンデーとのやりとりを思い出す。力を持つ者が世界を支配するべきという彼女の主張を、オトハは拒絶したのだ。


「オウゴンサンデーは自由競争を望んだ。それに対して、君は功利主義で反発している。最大多数の最大幸福……要するに、世のため人のため。それが君の判断基準なんだね」

「それって間違いでしょうか?」

「いいや、どちらが正しいかなんてわからない。私が言いたいのは、私もまた形こそ違えど功利主義者だということさ」


 オトハは少し考えてからジュンコに問う。


「つまり、被害者がヤクザだろうが、人でなしの魔法少女であれば始末した方が世の中のためになる……と」


 ジュンコはうなずくと、再び視線をラジコンへ戻した。後ろ向きに急加速したポルシェが、180度ターンを決めて正面を向く。


「ヤクザの方にも非がある場合は?」

「アカネ君なら、片方だけが魔法少女の力を使うのはフェアではない、と言うだろうね」


 鷲田アカネ/閃光少女グレンバーンもまた、暗闇姉妹のメンバーである。彼女が戦う判断基準は『大いなる力を持った者が果たすべき責任を果たす』であると、ジュンコは解釈していた。


「だから一文字ツバメを始末することになった」

「あ……」


 その名前を聞いたオトハは気まずくなった。ジュンコが養子として引き取ろうと考えていたその少女は、魔法少女になった後、いじめっ子を撲殺してしまったのだ。やむを得ず彼女を仕置した時の傷は、ジュンコたちの心にまだ残っている。


「……わかりました。でも、よく調べてからにしましょうね。人の命を奪う以上、間違いがあったら大変ですから。だから今、その仕事を保留にしているんでしょ?」

「いや、こちらの都合ではなく、むこうの都合だ」

「むこうの都合?つまり白金組の?」

「こちらをまだ信用できないそうだ」

「えーっ!なにそれー!?」


 オトハが憤慨した。


「むこうから依頼してきたのに!」

「まぁ怒っても仕方ないさ。我々が暴力団に対して不信感があるように、むこうだってこっちの実力を知らないんだ。まさか過去の実績を開示するわけにもいかないだろう?」

「うーん、まぁ、たしかに……なら、この話は無しになるんですか?」


 オトハとしては内心その方がありがたい。しかし、ジャンプ台から勢いよく宙へラジコンカーを飛ばせるジュンコは、残念ながら首を横に振る。


「その解決方法もむこうから提案してきた。白銀組組長白銀ソウタロウ、逃げも隠れもしないから俺に会いに来い、とね」

「へっ?」

「つまり、簡単なテストさ。白銀ソウタロウ氏の屋敷の奥にいる彼に会いにいけばいい。ただし、この事を知っているのはソウタロウ氏本人と、彼のボディーガードである渡辺シンゾウ氏のみ。屋敷内では部屋住みの男たちが目を光らせているし、当然不審者を見つけたら襲い掛かってくる。条件は一つ、誰も殺さないこと。組の構成員はおろか、池の鯉一匹たりとも、ね」

「その申し出を受けたんですか!?」

「我々のエースをそちらへ送ると伝えたよ」


 オトハの顔がさっと青ざめた。


「ツグミちゃんにヤクザを襲わせるんですかぁ!?」

「おや、エースとしか言わなかったが察しがいいじゃないか」

「あの子はエースどころかジョーカーだよ!やめさせてください!」


 村雨ツグミもまた、暗闇姉妹の一人だ。といより、暗闇姉妹の始祖だと言っても過言ではない。その実力は、ジュンコもオトハもよく知っている。だからこそこのテストにふさわしいということも。ツグミは間違いなく組長のもとへたどり着くに違いない。問題は、たどり着いたらどうなるか?だ。


「やめさせるもなにも……ツグミ君なら上でもう準備してしまっているよ」

「上?ツグミちゃん、二階にいるんですか?」


 工場の二階は、事務所兼ジュンコの自宅となっている。だが、ジュンコはその問いに対して首を横に振った。


「もっと上さ」


 その言葉の意味を察したオトハが確信する。もう止めるには手遅れなのだ。オトハは改めてジュンコに尋ねた。


「ねぇ、ハカセ。もしも天罰代行依頼に、嘘やごまかしがあった場合は……?」

「もちろん、その依頼人を抹殺する。その理由は、詳しく説明する必要はないだろう?」


 オトハはもう祈るしかなかった。自分の父、白金ソウタロウが誠実な依頼人でありますように、と。


 東西に約140メートル、南北に約60メートル。総面積8400平方メートルのその広大な敷地に、まるで大名屋敷のように立っている日本家屋が、白金組組長、白金ソウタロウの屋敷である。漆喰の壁に四方を囲まれ、南向きの正門の他、東西にそれぞれある門もまた、常に部屋住みの若衆の目が光っていた。

 いつもはそれなりに賑やかなこの屋敷も、今は喪に服したように静かである。というより、気持ちだけは皆喪に服しているつもりなのだ。本来であれば今ごろ、殺害された舎弟頭、山口ジンの葬儀が行われているはずである。だが検視に回された遺体が帰ってきていないため、それができないでいるのだ。

 男たちは静かに、そして殺気立っている。雨が降っていないことも含めて、潜入する条件としては、悪かった。


「ん?」


 庭で鯉の餌やりをしている男がふと夜空を見上げると、その兄貴分らしき男が縁側の廊下から声をかけた。


「どうした?」

「いえ、ヘリコプターの音が聞こえた気がしまして……」


 兄貴分の男も耳をすます。


「ああ、どこか遠くを飛んでいるんだろう」


 たしかに、そのヘリコプターは屋敷から遠く離れた場所を飛んでいた。だが、そのヘリコプターが、自分たちの直上2000メートルの高さでホバリングしていることを、男たちは知らない。

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