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ヤンデレの魔法少女に死ぬほど愛されて中村ジュウタロウが夜しか眠れない時

 音無リツが、自動販売機で買ったであろうスポーツドリンクを片手に入室してきた時、そのプレッシャーに命の危険を感じたサナエは、すぐさま自己申告した。


「お世話になっております!妹の中村サナエです!」

「えっ?ああ、妹さん……」


 リツの声音から一気に刺々しさが消える。顔は能面のままだが、無表情なのは本人の癖なのだろう。表情が乏しいといえば、リツを手招きしているジュウタロウも同じだ。


「どうも。わざわざ来ていただいて、すみませんなぁ」

「いいんですよ。中村さんは命の恩人。当然のことをするまでです」


 リツは氷川が持ってきていた方のスポーツドリンクをサナエに渡すと、自分のスポーツドリンクの方をジュウタロウに手渡す。そのさりげないアピールにサナエが目を丸くした。


(この流れるような独占力どくせんりょくムーブ!見逃しちゃうのは兄さんだけ!)


 その心の声が聞こえたかのようなタイミングで、リツがサナエの方を向く。


「可愛らしい妹さんですね」

「はぁ、恐れ入ります。黙っていれば美人と近所でもよく言われるんですが、どうにも」

(兄さん、ワタシを『美人』とか言わないで!なんか音無さんが私を見る目が鋭くなりましたよぉ……!)


 リツがサナエの隣に座った。図々しいというのは言い過ぎだとしても、有無を言わさぬ勢いがその所作にはある。


「『中村さん』と呼んだらサナエさんとどっちだかわからなくなりますから、『ジュウタロウさん』と呼んでもいいですよね?」

「ええ、もちろん」


 首肯した後で、ふとジュウタロウが疑問に思ってリツに尋ねる。


「あれ?よく私の名前をご存知でしたね?氷川さんから聞きましたか?」

「いえ、保険証を見ましたから」

「ああ、それなら納得です」

(納得しないで!)


 ジュウタロウはそのまま流してしまったが、リツが密かにジュウタロウの個人情報を取得していることに、サナエは戦慄を覚えずにはいられなかった。さらにリツのターンは続く。


「私のことも、名前で呼んでくださいね」

「わかりました、リツさん」

(この女……無敵か!?)

「ジュウタロウさん……女の人を命がけで守ったのは……もしかして私が初めてですか?」

「え?……さぁ、どうでしょうか?そんな気もしますが……」

「はっきりしてください」

「あ、はい。初めてです」

「私が初めての相手……」

(怖い怖い怖い怖い!)


 サナエはリツの重さに慄くしかなかった。しかし、こうも思う。もしも兄の恋人になってくれる人がいるとしたら、リツのようなタイプしかいないのではないか?と。ジュウタロウは、およそ女性にモテるタイプではない。冴えない顔をした猫背で不器用な中年男性。サナエが怖い顔をして筆者を睨んだところで、彼女いない歴=年齢なのは、紛れもない事実であった。


「まあ、リツさんを助けたのが初めてかはともかく、これが最後ということはないでしょう。中村家の持病のようなものです」

「……といいますと?」

「このサナエはですなぁ……」


 ジュウタロウは、気心の知れた相手にする一種の自慢話をリツにも聞かせることにした。年の離れた妹、サナエがまだ幼いころのことである。


「トラックにはねられそうになった子供を助けるために飛び出して、その子をかばって自分がはねられてしまったんですよ」

「それは……ご冥福をお祈りいたします」

「生きてます!ワタシ、生きてますから!」


 しかし生死の境をさまよっていたのは事実だ。


「でもなんとか生き返ったんです。なぜか髪は変な色になりましたが……嬉しかったなぁ」


 兄がしみじみとそう語ると、サナエもつられて目頭が熱くなった。実はこのストーリーにはジュウタロウの知らない裏がある。偶然その場に居合わせた悪魔がサナエの自己犠牲に興味を持ち、彼女と合体したのだ。サナエは悪魔人間として復活したのである。閃光少女でも魔女でもない第三の魔法少女であることは、兄であるジュウタロウにも内緒のことだ。


「とても素敵なお話です。私……あなたのことも尊敬します」

(あ、あれ~?なんだか愛のベクトルがワタシの方にも向いてきましたよ~?)


 リツに両手を握られたサナエは、あいまいにうなずきながら冷や汗を流すことしかできなかった。


「ところで、その助けた子は、今はどうされているんですか?」

「えっ?」

「さぁ、どうしたんでしょうなぁ。なにぶん、それからは会っていないものですから」


 リツは冷たい声音で吐き捨てるようにつぶやく。


「恩知らずなんですね……その人」


 恩知らず。そのように考えたことは一度もなかった中村兄妹が、お互いに顔を見合わせた。


「そういえば、そろそろお昼ごはんの時間ですなぁ」


 ジュウタロウがそうつぶやくと、リツが椅子から立ち上がる。


「私、そろそろ帰りますね」

「ワタシも帰ります。リツさん、よかったらバイクで家まで送りますよ」

「ありがとうございます、サナエさん。お言葉に甘えます」

(ふぅ~!一時はどうなるかと思いましたが、愛が重いところ以外は普通の人かもしれませんね)


 そう安堵しているサナエを尻目に、振り返ってリツが言う。


「ジュウタロウさん、明日はお弁当を作ってきますからね」

(怖い怖い怖い怖い!!)


 恐怖に震える妹とは違い、ジュウタロウは微笑しながら女子二人に手を振って見送った。


「あれ?」


 そういってジュウタロウは軽く肩を回す。


「不思議だなぁ。リツさんと会う前より、少し体が軽くなった気がするぞ」


 ジュウタロウは無邪気に思った。


「明日もリツさんが来てくれるのか。嬉しいな」


 病院の廊下を歩くリツとサナエ。公衆電話のそばまで来た時、リツがサナエに話しかけた。


「すみません、サナエさん。少し電話をかけてもいいですか?」

「あ、はい。もちろんです。ワタシは駐車場で待ってますから、焦らずに電話してくれたらいいですよ」


 サナエが廊下を曲がって見えなくなったのを確認してから、リツはとある人物へと電話をかけた。


「俺だ。……ああ、リツか。首尾はどうだ?」


 京木ユウジロウである。ヤクザに襲われ、そしてジュウタロウに助けられた後に、ユウジロウに電話をかけるのは、これで二度目であった。今かけている電話は、最初の電話で指示された命令に対する報告である。


「ユウジさんに言われた通り、中村刑事に近づきました」

「怪しまれていないか?」

「いいえ。中村さんは、たぶん私を好きになると思います」

「そりゃ結構だな」


 ユウジの命令の一つは、それだ。意外なアクシデントによって近づいてしまった殺し屋と刑事。だが、リツを通して警察の動きを把握するための、またとないチャンスとも言えた。


「お前にゃ無理をさせるなぁ。好きでも無い男なんだろうが、我慢してくれ」

「我慢?……いいえ、私は我慢はしていません」


 リツはその声色にかすかに色気を含ませる。


「ジュウタロウさんは、いい人です。あなたと同じように、誰かのために自分の命を投げ出せる……そんな素敵な男性です」

「…………そうか」


 ユウジロウが、もう一つの指示を改めてリツに命令する。


「さっきも言ったが、もしも白金組の若衆に狙われたら、殺せ。いや、むしろ自分から探して仕掛けてもいい。死体は捨て置け。俺たちに逆らうとどうなるのか、思い知らせてやれ」

「わかりました」


 リツは感情の無い顔をしたまま答えた。ユウジロウの指示を得た以上、容赦する理由はない。


 連絡を終えた京木は受話器を降ろすと、リツの言葉を反芻する。


(誰かのために自分の命を投げ出せる素敵な男性……リツは、俺のことをそんな風に思っていたのか……)


 京木はしばらく沈黙していたが、やがて鼻で笑った。


「チョロい女だな」


 その夜。

 色町の裏通りは修羅の巷と化した。闇の中で白い着物の女が蝶のように舞い、日本刀と鎖鎌を駆使して男たちを血祭りにあげていく。


「ぎぃやあああっ!?ーーーー……」


 両腕を斬り落とした男の背中にゆっくりと刀を刺してとどめをさしたリツは、空を見上げながらつぶやいた。


「今夜は月が綺麗ですね、ジュウタロウさん……」


 ユウジロウは自分の店の窓から外を眺め、ウイスキーの入ったグラスを片手に、満足そうに笑う。

 病室で寝ているジュウタロウは何も知らず、今夜もぐっすりと熟睡していた。


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