中村ジュウタロウの憂鬱な時間
「お疲れ様です、中村巡査。私は氷川シノブです」
「どうも、氷川さん」
ジュウタロウが会釈を返す。
「ところで、どちらの氷川さんですか?」
「はい?あなたと同僚の氷川ですよ。同じ特別捜査課の!」
中村の思わぬ言葉に目が点になっている氷川が尋ねる。
「配属前に資料が配布されましたよね?読まなかったのですか?」
「ああ……あれなら…………どこへやったかなぁ?」
「ちょっ!?失くしたんですか!?一応公文書ですよ!あれでも!」
「せめて読んでから失くせばよかったなぁ」
「バカだな~」
思わずそう言ってしまったところで、氷川はさっと口を手で塞いだ。いくらなんでも歳上の男性に対して失礼極まりない事を口走ってしまったと後悔する。ところが、当の中村ジュウタロウはニコニコしていた。
「いや、まったく。私も自分の馬鹿さ加減には困っていますよ。ははは」
(おバカな上にプライドも無いのか……)
氷川は自分の同僚となる男の醜態にため息をついた。それに比べるとどうだろうか。隣に立つ一条は、自分と同じくらいの若さでありながら、捜査一課の刑事を立派に務めている。しかし一条の方は、なぜか羨望の眼差しをジュウタロウへ向けていた。
(これは大人物だぞ……!)
中村の鷹揚さを、そう解釈したらしい。手短に挨拶と事情説明を済ませた一条が中村に尋ねる。
「中村さんの噂はかねがね聞いていますよ。城西地区では誰よりも魔法犯罪に詳しいとかで」
「いやいや、そんなことはありませんよ」
中村の言葉を謙遜だと思った一条はさらに続ける。
「でも、魔法少女には詳しいんですよね?」
「それはそうですな。城西署では私が一番詳しいでしょう」
ああ、やっぱり!という顔をする一条の横で、氷川はやけにその部分をあっさり認める中村に違和感を覚えた。だが、それはこの際どうでもいい。氷川が一条に声をかける。
「一条さん、とにかく殺害された幹部の遺体を拝見させていただけませんか?」
「もちろんです。ただ……ショッキングかもしれませんよ、氷川さん。無理はしないでくださいね」
彼女の正体を知らない一条からすれば、氷川は上層部の気まぐれで魔法犯罪の捜査を託された新人だ。思わずそういった配慮の言葉が出るのも無理はなかった。
「ははぁ、この人が」
「はい。白金組舎弟頭、山口ジン。54歳」
ブルーシートで覆われた遺体に合掌した中村は、一条の説明を聞きながら、それをめくり上げた。
「被害者は鋭利な刃物のようなもので頭頂部から鼠径部までを両断、その後執拗にナイフのようなもので体を傷つけられています」
「これは……」
中村が目を見開く。
「ああ、なんということでしょうか……これは大変だぁ……」
「大変って、どうしたんですか中村さん!?何か重要な手がかりでも……!?」
氷川がそう尋ねると、振り向いた中村の顔はブルーシートと同じように真っ青になっていた。
「私は……私はどうも昔から血を見るとめまいを起こす性質なもので……」
そう言うや中村は遺体に背を向け、そこでへたりこんだ。
「バカー!」
氷川の叱責が飛ぶ。
「バカー!あなた、それでも刑事ですか!?」
「ま、まぁまぁ氷川さん……」
一条が中村の大きな背中をさすりながら氷川をなだめようとした。
ふと氷川が顔を上げた時、不思議な雰囲気の女と目があった。
(あの人は……?)
事件現場に集まっている野次馬は彼女だけではない。夜の街の住人にしては目立たない黒いローブで体の線を隠しているが、氷川が注目したのは、その目だ。
(殺し屋の目をしている)
氷川は上着の裾を引っ張られて視線を下げた。青い顔をして這いつくばっている中村ジュウタロウが氷川を見上げている。
「氷川さん、とりあえず周囲に聞き込みをしてみましょうか」
「そうですね……」
そう返事をした氷川の視線が野次馬たちへと戻った時、そこにいたはずの黒いローブの女が姿を消していた。氷川の予感が確信へと変わる。
「……中村さん。ひとまず、あなたは署に戻ってくださいよ。いろいろと手続きとか、デスクの整理もしたいでしょう?」
「いや、ですが捜査は……」
「聞き込みは私にまかせてください。その……私の方が新人なんですから、そういう仕事はまずは私が……」
本気で調査をする時は、足手まといを連れて行くわけにはいかない。氷川が中村を署に帰そうと強く勧めたのはそれが理由だ。氷川の推理が正しければ、あの女が、ヤクザたちを殺害した魔法少女だ。
「一条さん、私はこれで失礼します。中村さん、めまいが収まるまで休んでから自転車に乗らなきゃダメですよ?」
まるで子どもにさとすかのようにそう言った氷川は、そのまま小走りに、野次馬を押しのけてその場を後にした。
(まだ遠くへは行っていないはず……彼女が何者なのかを調査しなければ!)
残された一条は中村に尋ねる。
「中村さん、やはり魔法少女による犯行なのでしょうか?」
「さぁ、まだなんとも言えませんなぁ」
やっと立ち上がれるようになった中村に、一条はさらに問いかける。
「でも不可解ですよね。こんな殺害方法」
「いや、そうでもありませんよ」
中村が首を横に振った。
「以前、城西の方でもヤクザ同士の抗争がありましてね。その時も若頭が三枚におろされてましたよ。サンマみたいにね」
「サンマ……」
「たぶん、見せしめなんでしょう。今回の事件は、若い二人だけは無傷だったそうですなぁ?おそらくは下っ端でしょう。だから死体はキレイなままだった」
「じゃあ、魔法少女の暴力団が存在するんですか!?」
「さぁ?そんなのは聞いたことがありませんな」
「でも中村さんが……!」
「私が言いたのはですね……」
ジュウタロウが人差し指で自分の胸のあたりを突きながら続ける。
「魔法少女だって、心は人間の女の子なんでしょう?だったら、悪い男に騙されることだって、あるんじゃないですかねぇ?」
そう言うと中村は、再びブルーシートをめくって死体を確認し、青ざめてその場にへたり込んだ。




