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中村が二人いる時

 一旦アカネのアパートに戻ったツグミは出かける準備をした。これから私立探偵の中村サナエと一緒に、城西地区で起こった魔法少女による犯罪を調査するのだ。正直に言えばとても怖かったが、その調査が糸井アヤの救出につながるなら本望だ。それに、魔法少女ではない自分には、それくらいでしかアカネたちに貢献することができないだろう。頑張るしかない。ただし、バットはもちろん置いていく。


「すみません、お待たせしました」


 ツグミがアパートの階段を降りると、ニコニコした笑顔で立っているサナエの横に、大型バイクが停まっていた。右半分が銀色に、そして左半分が赤色に塗装されたスポーツバイクである。流線型のカウルが太陽の光を反射して輝く。


「悪魔のチューナー西ジュンコ特製カスタムバイク、その名もマサムネリベリオンです!」

「わ!わ!カッコいい!」


 ツグミがそうやって目を輝かせると、そのバイクは満足そうにエンジンをふかした。しかし、その横で突っ立っているだけのサナエがスロットルを操作したようには見えない。不思議に思ったツグミが再び「カッコいい!」と呼びかけると、今度はエンジンを3回もふかせた。


「すごい。このバイク、生きているみたい」


 前方を向く二つのライトが眼のようにも見えてくる。


「本当に生きてるんですよ。ワタシには不要な機能だと思うんですけどね。かわいい女の子を見るとすぐデレデレしちゃって……痛い!足を轢かないで!」


 マサムネリベリオンと戯れるサナエにツグミが尋ねる。


「この子に乗って城西地区まで行くんですね?」

「そうです!高速道路に乗れば1時間で着きますよ。早速行きましょう!」


 リベリオンは二人の少女を乗せ、西に向かって走りだした。


 高速道路に入ったサナエは、器用に走る車の群れを縫っていく。タンデムシートでサナエに後ろから抱きつきながら、ツグミは問いかけた。


「中村さん」

「サナエでいいですよ」

「サナエさんが、閃光少女でもなく、魔女でもないって、どういうことですか?」

「怖がったりしませんか?」

「怖くないです」


 ツグミはこの、おっちょこちょいで憎めない、どこまでも根が明るい少女が好きになっていた。今のツグミは、もしもサナエが魔女だったとしても、あるいは悪魔そのものだと答えても、きっと信用するだろうと思った。しかし、サナエの答えはそのどちらでもない。


「実は、ワタシは悪魔人間なんです」


 ツグミは耳を疑う。何かとんでもないことを言われた気がする。


「『悪魔人間』、悪魔と人間が合体した魔人ですよ。悪魔と人間のハーフとか、悪魔を使役する人もそう呼んだりしますね。とても数が少ないから、魔法少女でも、知っている人はごくわずかですよ。ワタシは人間で言うところの、子供の頃に合体しました」


 悪魔と人間って合体できたんだ。じゃあ悪魔って何なのだろう?そう思ったツグミはサナエに尋ねる。


「どうして悪魔と合体を?」


 あるいは、どうして人間と合体を?でも意味は同じだ。ヘルメットを被って前をむいているサナエの表情はわからないが、背中を震わせながら笑っている。


「うふふ。どうしてでしょうかね?」


 城西地区へ到着したサナエたちは、市街にある立体駐車場にバイクのリベリオンを停めた。


「さぁ、ここからは足を使って捜査です!」

「サナエさん、歩く方向が反対だよ。出口はあっちだよ?」

「大丈夫!近道です!探偵の捜査は時間との勝負!」


 出口とは反対方向の突き当りまで来ると、サナエは手すりを飛び越えて、パルクールのような敏捷な動きで、身軽に下へと降りていった。ツグミは感心する。


「すごい……!」


 だがアクシデントが起こった。


「ワンワン!!」

「ほぎゃーっ!?」


 駐車場に隣接した民家のブロック塀越しに犬が吠えたのだ。大きなゴールデンレトリバーが、まるで同族を見つけて喜んでいるように尻尾を振っている。


「サナエさん!?大丈夫!?」


 墜落して地面に貼り付いているサナエが親指を立てる。


「大丈夫デース……」


 ツグミが周りを見回すと、すぐ側に非常階段が付いていた。


「私はこっちから降りるね……」


 二人は揃って街を歩く。ツグミがサナエから預かっているファイルには、さまざまな要因で不可解な死を遂げた人物たちのデータが揃っている。彼らの関係者のところを回り、情報を集めるのだ。


「でも、その人たち、私たちなんかに話してくれるかなぁ?」


 ツグミの心配はもっともであった。傍から見た彼女たちは、気弱そうな娘と、トレンチコートに身を包んだ探偵もどきである。しかしサナエは胸を張る。


「大丈夫です。ワタシにまかせてください!」


 とある民家の前でサナエたちは止まった。全身の血液が無い状態で見つかった死亡事件の、第一発見者の自宅だ。


「変身!」


 サナエがそう叫ぶと、彼女の容姿がどんどん変わっていった。銀髪の少女のかわりにそこへ立っていたのは、背が大きく、小太りで、冴えない顔をした猫背の中年男性だった。


「そこで待っていてください」


 声まで男性になっている。そのまま玄関の中へ入っていった。


「城西署の中村です」

「まぁまぁ、中村さん!いらっしゃい!」


 中からおばさんの声がする。


「ちょっとお伺いしてもよろしいですか?」


 そのまま二人の声が家の奥へ引っ込んでいく。しばらくすると二人は玄関に戻ってきた。


「どうもすみません、お茶までごちそうになって」

「いいんですよぉ!いつでも飲みに来てください!」


 見送りに出るおばさんの顔が消えると、サナエは少女の姿に戻って紙切れをツグミに差し出す。


「これがワタシの能力、『変身』です!ツグミさん、このメモをファイルに挟んでおいてください」

「すごい……!」

「さぁ、どんどん行きましょう!」


 二人はそうやって関係者の自宅、オフィス、飲食店などを巡り、情報を集めていった。


「でも警察だなんて嘘をついて大丈夫?話を聞いた人たちが城西署に電話したらすぐバレちゃうよ?」


 ツグミは心配そうに聞いた。


「大丈夫です!実はワタシの兄、中村ジュウタロウが、この城西地区の刑事なのです。あんまり無茶さえしなければ大丈夫ですよ!」


 実際、大丈夫である。というのも、先ほどサナエ達が訪問したお宅では、本物の中村ジュウタロウが訪れてこんな会話を交わしていた。


「すみません、奥さん。少しお話を伺いたいのですが?」

「あらやだ中村さんったら!さっき来たばかりなのに、もう話の内容を忘れちゃったんですか?」

「あちゃー、そうでしたっけ。あんまり歳はとりたくないものですなぁ」

「いいんですよ。何度だってお茶をいただいていってください!」


 このでくのぼうの刑事は、意外なほど街の人間から愛されているようだ。


「おぅ、中村!」


 中村ジュウタロウの姿で歩いていたサナエとツグミは、ばったり別の刑事と鉢合わせした。しかし幸い、サナエはその人物を知っていたようだ。


「これはこれは、田中警部補」


 サナエはペコペコと頭を下げる。


「この娘は?」

「ははぁ。ちょっと聞き込みをするついでに迷子の道案内を」

「ふーん」


 ツグミは田中とは初対面だったが、この傲慢そうな刑事がすぐに嫌いになった。


「例の件の聞き込みは順調か?」

「はい、足が棒になるまで調べ上げる所存です」


 サナエは何のことかわからなかったが、調子を合わせる。


「お前のようなでくのぼうはそれくらいしか役に立たないんだ。せいぜいしっかり励めよ?ハハハハ!」

「はい、ありがとうございます」


 ぺこぺこと頭を下げて微笑していたサナエだったが、そうやって肩を叩いた田中が立ち去ろうとすると、背中を向けて歩く彼に、鬼の形相で殴りかかりそうになった。ツグミは慌ててサナエを止め、路地裏まで引っ張り込む。なにげなく後ろをふりむいた田中であったが、幸い何も気づかなかったようだ。


「落ち着いて、サナエさん」

「実の兄を馬鹿にされて、キレない妹はいねぇ!!」


 少女の姿に戻ったサナエが、目を血走らせて抗議する。


「さっきの刑事さんの話だと、たぶん本物の中村ジュウタロウさんも聞き込みをしているんだよ。鉢合わせしないように気をつけないと……」


 そうサナエに語りかけていたツグミが、ふと路地裏に捨てられていた週刊誌を見つける。


「サナエさん!もしかしてお兄さんのジュウタロウさんは、この事件を調べているんじゃない?」


 サナエもその週刊誌を拾い上げた。こちらの世界でも、週刊誌は衆目を引くように大げさな見出しをつけている。そのタイトルもずばり「恐怖!吸血鬼あらわる!!」などとオーバーに書かれているが、新聞では黙殺される悪魔の尻尾が、ここから見つけられるかもしれない。


「あった。このページですね」


 事件の詳細を読むと、タワーマンションの20階に住んでいた20代後半の女性が、全身の血液が抜かれて死亡していた、とあった。続けて、もしもオカルト否定主義の田中警部補が読めば、噴飯するような憶測がならぶ。ツグミは既視感を覚えてファイルをめくる。


「ねぇ、サナエさん。これって、似ている事件が多くない?」

「最初に聞き込みをしたアレもそうですね」


 人間には不可能な殺人といっても、その中には不運の積み重ねで起こった事故とも想像できる案件も多かった。しかし。全身の血を抜かれて殺される。こればかりは他の事件よりも異彩を放っている。


「これは私の勘だけど……」

「きっとワタシも同じことを考えていますよ」


 二人は顔を見合わせる。


「この事件には」

「魔女が関わっている」


 城南高専の校舎裏で、オトハはずっと待っていた。オウゴンサンデーからの連絡を、である。オトハがオウゴンサンデーに指定した時間になれば、昼休みは終わり、外で遊んでいる生徒たちも教室へ集まるはずだ。オトハ自身は午後からの授業をサボる形になってしまうが、致し方ない。「非通知」と表示された携帯電話が震える。時間ぴったりだ。


「もしもし、アケボノオーシャンですが」

「オウゴンサンデーです」


 先ほどと同じ声だ。


「まず一ついいでしょうか?あなたは私のことを知っていますか?」

「ご冗談を。あなたのことを知らない閃光少女なんて、誰一人いないでしょう。最強の閃光少女さま」


 最強の閃光少女、人類の救世主、悪魔も泣き出すハンター、世界を変える魔法使いetc.

 彼女を表す異名は数え切れないほどあった。20世紀末に起こった最終戦争。もしも彼女がいなければ、人類は、今の悪魔がそうであるように、絶滅の危機に瀕していたに違いない。本人の魔力も強く、将器もある。それだけではない。


「今でも時間を止められたりする?」

「はい」


 サンデーは気負うこと無く答える。それが彼女の特質点だった。時を止められる魔法少女は、もしかしたら彼女一人ではないかもしれない。だが、強さも併せ持つとなると別だ。この両立をなしているからこそ、彼女は最強でありえた。


「私の強さはよくご存知であると思います。それに、私に賛同する同士は、閃光少女、魔女を問わず、大勢います。それはわかりますね?」

「おお~、それはとっても怖いですね。それで、私ことアケボノオーシャンちゃんに何の御用でしょうか?」


 恫喝であることはよくわかっている。問題は目的だ。


「この件から手を引いていただけませんか?」

「何の件?」

「ガンタンライズのこと。それに、あなたも見たはず。暗闇姉妹のことです」


 ここから遠く離れた場所。暗い部屋の中で、橙色の法衣に見を包んだオウゴンサンデーが、受話器に語りかける。


「我々はトコヤミサイレンスさえ手に入ればそれでいいと思っています。こちらの身辺を嗅ぎ回るような行為はやめていただきたい」

「……へぇ、あの子、トコヤミサイレンスって言うんだ」


 サンデーは、少し喋りすぎたような気がした。少し沈黙し、言葉を続ける。


「閃光少女たちが次々と消えたことで、あなたが不安になったことは、よくわかります。ですが、それはもう終わったのです。あなたさえ手を引いてくだされば、あなたとグレンバーン、二人には手を出さないと誓います」

「ガンタンライズは?」

「あきらめてください。彼女は死にました」


 オウゴンサンデーはこともなげにそう言った。それを聞いたオトハは、目を閉じて深呼吸をする。そして答えた。


「嘘だね」


 しばらく沈黙してサンデーが返す。


「嘘ではありません。彼女はもう用済み……」

「いいや、違うね」


 オトハは続ける。


「あなたたちは何かしらの目的があって閃光少女を消してきた。その目的まではわからない。けれど、その途上で暗闇姉妹が実在する証拠を掴んだのさ。当ててあげようか?ガンタンライズがその道標なんだ。トコヤミサイレンスの正体を知っているか、あるいは彼女を制御する鍵になっている。トコヤミサイレンスを手に入れることで当初の目標を上回る成果を得られると判断したあなた達は、だから計画を変更した」


 オトハは確信を突いた。


「だからあなたはまるっきりあべこべの事を言っている。ガンタンライズは死んでいない。だがトコヤミサイレンスをあなた達の手に渡したら、その時こそ用済みになって死ぬことになる。ガンタンライズを死なせたくなかったら、私たちは手をひくどころか、暗闇姉妹を守らなければならないんだ」

「そんな力があなたにあるとでも?」


 サンデーの語気にわずかに怒りがこもる。


「……無いだろうね。まったく勝算はない」


 力無くそう言うオトハ。電話の向こうでサンデーが微笑むのがわかる。


「ねぇ、アケボノオーシャン。世界には新しい秩序が必要なのです。新世界秩序が。あなたならわかるはずです。有能な魔法少女が、今の社会でどのように扱われているのかを。真実を見る眼の無い者が世界を牛耳るがゆえに、我々は日陰を歩いています。力ある者が無視され、才あるものが捨てられる。ただ古いだけの因習に従い、進歩しようとしない者が王となる。そんな世界を変える手伝いを、あなたにもしてほしいのですよ」

「なるほど、力あるものがそれを存分に振るい、才あるものが社会を変革する。なるほど、なるほど。それは素晴らしい世界だ。感動すら覚えるよ。あなたが言うそれは、まさに世界が進むべきことわりだ。その提案を断るなんて正気の沙汰ではない」


 そこまで喋りオトハは瞑目する。次に出る自分の言葉は、もしかしたら自分とアカネ、それにアヤとツグミを地獄の底へと叩き落としてしまうかもしれない。だが眼を開いたオトハは覚悟を決めた。


「お断りだね」

「は?」


 オトハはガンタンライズ/糸井アヤのことを想う。ただ誰よりも人々の幸せを願い、闇を照らす閃光のように生きた少女を。その幸せを無惨にも崩壊させた理不尽を。オウゴンサンデーが消した少女の数だけ、それが存在することを。


「力あるものが弱者を凌辱し、才あるものが、そうでない者を蹂躙する。あなたの望む世界の正体はそれだ。その世界で涙を流す者は、一体誰に頼ればいい?それが本当に世界が進むべきことわりだとしても。私は嫌だ。そんな世界を私は認めない!私たちだけは、絶対に許さない!!」

「……」


 しばらく沈黙していたオウゴンサンデーが語りかける。


「人が死にますよ?」

「舐めるなよ。私はグレンバーンとは違う」

「ねぇ……教えていただけませんか?私はいつあなたを怒らせてしまったのでしょうか?」

「とっくに逆鱗に触れているよ」


 電話が切れた。オウゴンサンデーは受話器に耳を当てたまま、しばらくの間繰り返される電子音に耳を預ける。やがて電話を置くと、賛同者とは名ばかりの、事実上の部下に命令した。


「やりなさい」


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