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アイドルの時(追記、ブロッコリーはアカネちゃんが食べるべき)

 月曜日の朝がやってきた。

 城南駅派出所では、柴田巡査長が眉根を寄せて捜査報告書を見つめていた。


「死亡していたのは鈴木マリア氏、68歳……」


 その『事故』があったのは先週金曜日の夜だ。

 立花家にメイドとして務めているマリア氏がで自動車を運転し外出したところ、折からの大雨によって発生した土砂崩れに巻き込まれ、崖から転落した模様。車外へ脱出したところで死亡しているところを翌日朝に発見された。だが、乗っていた車の損壊のわりには彼女の体に目立った外傷はなく、死因は転落時のショックによる心臓麻痺と考えられる。


「しーばーたーさん!おはようございます!」

「ああ、氷川さん。おはようございます」

「あれ?もしかして……捜査報告書に何かおかしな所がありました?」


 柴田は、同じ交番に務めている同僚であり部下の氷川巡査にむけて首を横にふった。彼女はどこか風変わりなところもあるが、勤務態度は真面目であり、特に問題行動はない。それは、この報告書も同じだ。


「報告書に問題は無いですよ。問題は無いのですが……こういう事件が立て続けに起こると、どうしても気になって」

「こういう事件?」

「ああ、666案件だと思う」


 666とは、悪魔や魔法、そして魔法少女を意味する隠語だ。


「最近、こういった不可解な死をとげる被害者が多すぎる。もしかしたら、殺し屋をしている魔法少女がいるんじゃないかと、最近疑っていましてね……」

「…………」


 氷川が沈黙していると、柴田が書類の入ったファイルを彼女に手渡した。


「上層部も、どうやら本気で魔法少女対策をするつもりになったらしい。君にも協力してもらいたいと思っているのだけれど……どうでしょうか?上はノンキな事しか考えていないが、実際はかなり危険な任務となるに違いない。だから僕としては、無理強いはできません……」


 ファイルから書類を取り出し、その文面を見た氷川は、心配そうにしている柴田とは対照的に、快く答えた。


「いえ、是非やらせていただきます!」


 一方その頃。

 城南高校では、一週間ぶりに登校したアカネが自分の席に座り、いつも以上にボーっとした様子で窓の外を眺めていた。


「おはよー!みんなー!」

「立花さん!おはよう!あれ?今日は一人なの?」

「もうバスの乗り方は憶えたで。ええかげん、ツグミちゃんに頼らず一人立ちせんとな」


 立花サクラがそう言って教室へ入ってきて、クラスメイトたちが挨拶を返しても、アカネはボーっとしたままだ。隣の席に座ったサクラから「アカネちゃん!おはよー!」と呼びかけられて、やっと心が教室へ戻ってきたようだ。


「ああ、サクラ。おはよう」

「どないしたんや?アカネちゃん?昨日、夜更かしでもしたんか?」


 サクラがにやにやしながらそう尋ねる。


「夜更かしというほどでもないけど。昨日、3年の神崎先輩と、同じ中学だったオトハって子と一緒にライブに行ってきたの。ダイキチハッピーの」

「ほうほう」


 ダイキチハッピーとは、魔法少女系アイドルである。その名前を聞いたサクラは、自分の鞄から飴を取り出した。


「アメちゃんあげるで~」

「ん?ありがとう」

「それで?どうやったんや、ダイキチハッピーは?」


 アカネは当時の様子を回想する。

 ダイキチハッピーの歌と踊りのステージが終わった時、オトハはサイリウムという光る棒を振り回しすぎたせいか、汗だくになって肩で息をしていた。


「オトハ、あなた生ライブってアイドルからパワーをもらう行為って言ってなかった?逆に死にそうになっているのはどういうわけよ?」


 呆れるアカネにオトハが答える。


「あはは……いや、それだけ惹き込まれたってことだよ。なんというか、歌声に切なさと愛しさが増したような気がするね!まるで本当に大切な人を亡くしたり、初恋を知った少女のようなオーラを感じてさぁ!ゾクゾクしちゃったよ!」

「あなた、ダイキチハッピーを直接見るのは今日が初めてじゃない……」

「それより、神崎センパイすごいですね」


 オトハの視線の先には、軽く汗をかいているが呼吸は乱れていない神崎ヒカリがいる。彼女の両手にもサイリウムが握られているのは、オトハからライブの前に振り付けを教えてもらい、ライブ中もオトハに負けないくらいサイリウムを振り回していたからだ。


「振り付けも完璧だったし、息一つ乱れてないよ」

「呼吸を工夫するのですよ、和泉さん。本日は良い勉強をさせていただきました」

「ヒカリ先輩がすごいのはその通りだと思うけれど、なんというか、こういう理由で判明するのは複雑な気分だわ……」


 オトハが改めてヒカリとアカネに問う。


「で、どうだった!?初めてのライブは!?」

「ステージを縦横無尽に駆けるあのステップに、長い時間歌って踊り続けるための呼吸法の工夫。実に見応えのあるものでした。この経験は空手のトレーニングに活かせるかもしれません」

「なんというか……すごく、すごいキラキラしてたわ」

「くっ……この芸術を解さぬ武人どもめ……」


 どこかズレているヒカリと、語彙力が足りないアカネに、オトハは呆れるしかなかった。


 サクラはその話を聞いて、なぜか嬉しそうに飴をもう一つ取り出した。


「そっか~そっか~!アメちゃん食いねぇ。食いねぇよ」

「ありがとう」

「それで?その後に握手会もあったんやろ?」

「あら、よく知っているわね」


 オトハが急に大声を出した時のことは忘れられない。


「アーッ!!アーッ!!」

「なによ!?うるさいわね!?」

「アッコちゃんのチケット、握手券付きじゃん!!」

「え、そうなの?」


 ダイキチハッピーも、まさか会場に来た全員と握手をするわけにはいかない。アパートの大家からもらったチケットに金色のラインが入っているのは、アカネがその名誉ある少数の一人であることを意味していた。


「いいなー!いいなー!」

「そんなに握手したかったらオトハがかわりに行ってもいいわよ?」

「いいえ、ダメです!」


 ヒカリがピシャリと言う。


「もともとこのライブに来たのは、アカネさんが元気を取り戻すためです。ここはアカネさんが行くべきです」

「そう……ですか。それでは、行ってきます!」

「うぅ……」


 涙目のオトハはそれ以上何も言うことができずに、ハンカチを噛みながらアカネを見送った。


 サクラが再びアカネに尋ねる。


「それで、どうやったんや?握手会の方は?」

「前に並んでた男がハッピーに失礼な事を言ってたから殴ってやりたかったわ。女の子の胸の大きさをからかうなんて最悪よ」

「そうやのうて!アカネちゃんはどう感じたんや~?」


 その時のダイキチハッピーを思い出したアカネは、少し頬を染めた。


「アタシのこと……べっぴんさんに応援してもろうて嬉しいわ〜って言ってた。手がすごく柔らかくて……すごく可愛かったわ。……サクラ、飴ならもういらないわよ」


 アカネは飴をサクラに返しながら続ける。


「あの子、関西弁で喋ってた」

「ほーん」

「アパートの大家さんからチケットをもらったタイミングも不思議よね。まるで誰かさんからのお礼みたいに」

「そうかなー」

「神崎先輩が後から教えてくれたんだけど、ダイキチハッピーはCDの売上から犯罪被害者救済基金に寄付しているそうね」

「奇遇やな。ウチもクライムファイターやし」

「ねぇ、サクラ……」


 アカネが核心を突く。


「ダイキチハッピーって、フォームチェンジをしたあなたじゃないの?」

「んなまさかー!」


 サクラは声を落としてアカネにささやいた。


「もしもウチがダイキチハッピーやとしたら、普段は女子高生、またある時は犯罪被害者に寄付をするスーパーアイドル、その正体は犯罪者と戦うクライムファイターのテッケンサイクロンちゅうことになるで?カッコよすぎ……じゃなかった!属性の交通渋滞やろ!」

「もう!飴はもういらないったら!」


 アカネはサクラの手を押し返しながら答えた。


「そうね、オトハもそう言っていたわ。ありえない、って。ダイキチハッピーとテッケンサイクロンが同一人物だとしたら、あまりにもカッコ良すぎるって」

(だからこそ、暗闇姉妹には誘えない。地獄への道連れは、アタシたち5人で十分だわ)


 アカネはゾクゾクしたような表情をしているサクラを見て、そう思った。


 やがて授業が始まり、正午になった時点でチャイムが鳴る。


「あ、しもうた!」


 お昼休憩の時間になった途端、サクラが頭を抱えて立ち上がった。


「あかんわー!お昼の弁当を家に忘れてしもうたー!せっかくツグミちゃんが作ってくれたのに……」

「立花さん、窓の外!あれ、ツグミちゃんじゃあないっすか?」

「えっ!?」


 男子生徒の内田に声をかけられたサクラが校庭を見下ろすと、メイド服を着た小柄な少女が、リスのような敏捷さで校舎に飛び込んで行くところだった。


「サクラちゃん!お弁当を忘れてるよ!」

「ツグミちゃ~ん!おおきに〜!」


 そう言って教室に飛び込んできたツグミの右手に、真新しい包帯が巻かれているのをクラスの女子たちが見逃さない。


「ねぇ、ツグミちゃん。どうしたの?その包帯?」

「その……ガラスの食器を落とした時に手を切っちゃって。私って、そそっかしいから」

「まぁ、たいへんね。痛くないの?」


 クラスメイトから次々と声をかけられて、驚いているのはアカネの方だ。


「ちょっと待って!なんでクラスのみんながツグミちゃんを知っているの!?」

「最近まで立花さんと一緒に学校に来てたっすからね。今ではみんなのちょっとしたアイドルっすよ」


 内田がそう説明する。


「みんなで写真も撮ったっすよ。そうだ!今度アカネさんも一緒に……すみません!なんでもないっす!」


 アカネに睨まれた内田はすごすごと退散した。


「せや!ツグミちゃんもお昼ごはん食べていかへんか?」

「えっ!?でも私の分のお弁当なんて無いよ?」

「大丈夫よ」


 サクラのそばにいる女子生徒たちがツグミに言う。


「私たちのお弁当から少しずつ分けたら、一人分くらいにはなると思うわ。一緒に食べましょう」

「それなら……うん、ありがとう。いただきます」


 サクラの弁当箱の蓋を皿代わりにして、ツグミの食事がどんどん集まった。ツグミがチヤホヤされるのが何故か面白くないアカネは「ツグミちゃんは本当は18歳なのよ!」とバラすかわりに、そこへブロッコリーを添える。


「お野菜はアカネちゃんが食べた方がいいよ。怒りっぽいんだから」

「怒りっぽいのと野菜は関係ないし、そもそもアタシは怒りっぽくなんてないわ!失礼しちゃうわね!」

「うふふふ」


 そのやりとりを見た女子生徒が笑った。


「なによ?」

「鷲田さんって、思ってたよりも気さくなんだなって」

「そう……かしら?」


 ツグミがこっそりと弁当箱にブロッコリーを戻すのにも気づかないまま、アカネが微笑を浮かべる。


「まあ、今はそういうことにしておいてあげるわ」

「ねぇ、鷲田さんも一緒に食べましょ?」

「ええ、そうね」


 サクラは楽しそうに弁当をつまみながらも、未だ残っている謎に思いを馳せた。


(結局、暗闇姉妹のトコヤミサイレンスの正体はわからずじまいやったなぁ……いったい誰なんやろうか?案外、このクラスにおる誰かが正体やったりして……?)


 サクラが何気なく教室を見回した時、ツグミはそっと、包帯の巻かれた右手を机の下に隠した。


『暗闇姉妹』

 人でなしに堕ちた魔法少女を始末する者を、人はそう呼んだ。

 いかなる相手であろうとも、

 どこに隠れていようとも、

 一切の痕跡を残さず、

 仕掛けて追い詰め天罰を下す。

 そして彼女たちの正体は、誰も知らない。


 偶像編 了

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