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天罰必中、仏になった時

「ハァ……ハァ……ハァ……うぐぅ……!」


 炎の竜巻によってはるか彼方へと吹き飛ばされたジャシューヴァリティタ。いや、すでに変身が解けて、老メイドのマリアへと変わっている。もはや魔法を使えないほど消耗しきった彼女は、ぬかるんだ地面の上をずるずると這い、安全な場所へと逃れようとしていた。


「アタクシが……アタクシがこのようなところで死ぬはずがないのです……まずは……体力を回復させなければ……立花家の財力が無くとも、アタクシ自身の能力があれば、いくらでも仲間を集めてやりなおしが……アタクシこそが、裏社会の女王として君臨を……」

「そうはいかないわね」

「!?」


 前方の木の影から、グレンバーンが現れた。彼女の背中に日輪が浮かぶ。今すぐにでも火球でマリアを吹き飛ばせる体勢だ。


「あわ!あわわわわ……!」

「婆や……」

「お、お嬢様!?」


 マリアが慌てて逃げた先には、テッケンサイクロンが待ち構えている。


「あんたはもう……クビや……」

「お……お慈悲を!アタクシにどうかお慈悲を……!」


 グレンとサイクロンが左右から迫ると、マリアは彼女たちに背中を向けて逃げようとした。だが、その先にも一人の魔法少女が待っている。暗黒の中でさえ闇色に光る、矛盾したオーラをその指輪から放ちながら、トコヤミサイレンスは言った。


「天罰代行、暗闇姉妹」

「ひぇっ!?」


 トコヤミがおもむろに短い棒のような物を取り出す。彼女がそれをひねると、端部からダガーのような刃が飛び出した。極端に柄の短い槍のようだ。


「殺された者たちのうらみ、今晴らします」

「いいいいいいいいいっ!!」


 奇妙な悲鳴を上げながら、マリアは三人の魔法少女たちへ、かわるがわる頭を下げた。


「あ……アタクシが悪うございました!ほんの……ほんの出来心だったのでございます!これからは心を入れ替えて、誠心誠意尽くさせていただきます!どうか御慈悲を……御慈悲を……!」

「ほんの出来心で、サクラの父親を殺して、アタシたちの命を狙った……ですってぇ?」

「あんた……レディーの端くれなんやろ?こういう時こそ威厳がどーたらこーたらとか、ウチに言ってたよなぁ?口だけやったんか?」

「ううっ……」


「…………」


 けんもほろろに一蹴されたマリアは、ただ一人沈黙しているトコヤミサイレンスに救いを求め、彼女の足元にすり寄った。


「あ、アタクシの残り寿命など、たかだか知れています!その短い間、せめて被害者のために贖罪させてください!お願いいたします!い、いくらアタクシが裏社会のフィクサーであっても、殺すのはあんまりです!どうかあの二人を説得してください!お願いいたします!お願いします!」


 そうやって土下座を繰り返すマリアを見かねたかのように、トコヤミサイレンスもまた泥水の上に膝をついた。そして、マリアの肩をそっと叩く。マリアが顔をあげると、トコヤミは天使のような笑顔をしていた。トコヤミが槍の柄をひねると、その鋭い刃が柄の中へと収納される。ゆっくりとうなずくトコヤミの顔を見て、マリアは安堵の表情になり、再び額をぬかるんだ地面へ押しつけた。


「ありがとうございます!ありがとうございます!この御恩は、一生忘れません!必ず……」


 この時のマリアには見えていなかった。トコヤミサイレンスの顔が、再び氷の表情へ戻ったことを。トコヤミが槍の柄を、そっとマリアのうなじに当てる。柄がひねられ、飛び出した刃がマリアの脳髄を貫いたことにより、暗闇姉妹の仕事は今、完遂された。


 その様子を、閃光少女の二人は沈黙したまま見つめていた。やがてトコヤミサイレンスが槍を引き抜き、回復魔法によってその傷口が塞がれていくのを見たサイクロンが声をあげる。


「怖っわ!自分めっちゃやり口がホラーやでぇ!」

「ちょっと」

「なんや、グレンちゃん?」

「邪魔しないであげて」

「へ?」


 サイクロンが再び見たトコヤミは、目を閉じてうつむき、静かに震えていた。それが彼女なりの黙祷であると理解したサイクロンは、トコヤミが再び目を開くのを待って、ボソボソとつぶやく。


「なんや……こんな婆やでも、冥福を祈ってくれるんか……優しいなぁ、あんた」


 サイクロンもまた、死んだマリアを見つめた。


「婆やは悪い奴やった……でも……こんな婆やでも、ウチを娘同然に育ててくれたのは本当なんや…………婆や……婆やああああああっ!!」


 テッケンサイクロン……いや、立花サクラの慟哭が山林の中を何度もこだました。


 グレンバーンたちから30メートルほど離れた地点で望遠レンズ付きのビデオカメラを回していたタソガレバウンサーが独り言を口にした。


「さすがですねぇ!トコヤミサイレンス!」


 いつもの口癖だ。だが、一文字ツバメに対する妬心も覗かせる。


「しかし、一文字ツバメ……いや、ユウヤミサイレンスの霊がトコヤミサイレンスに取り憑くとは……なんかこう、解釈違いですねぇ。暗闇姉妹というのは、もっと孤高であるべきというか……」

「楽しそうですね、タソガレバウンサー」

「うわぁ!?」


 急に背後に現れた橙色の魔法少女にタソガレが驚いた。そのフード付きの法衣を身にまとった閃光少女こそオウゴンサンデー。タソガレバウンサーのボスである。


「その登場の仕方やめてくださいよ、サンデーさん!心臓に悪すぎます!」

「偵察、ご苦労でした」

「ところで、サンデーさんがここに来たということは……」


 タソガレが自分の武器である鍵を構える。


「ここで決着をつけますか?」

「……いいえ、今はやめておきましょう。トコヤミサイレンスは我々の情報には無い未知の能力を使いました。計画の練り直しが必要です。それに……」


 オウゴンサンデーが覗く双眼鏡の先には、グレンバーンがいた。


「今はタイミングが悪いです。出直しましょう、タソガレバウンサー」

「ねぇ、サンデーさん」

「何か?」


 背を向けて立ち去ろうとしたオウゴンサンデーは、タソガレの呼びかけに対して、背中を向けたまま足を止める。


「糸井アヤに、トコヤミサイレンスを優しいツグミさんへ戻そう、なんて言っていましたが……あれって大嘘ですよね?本当の目的は何ですか?彼女を仲間にしたいのですか?それとも……やはり抹殺したいのですか?」


 オウゴンサンデーは振り返らずに答えた。


「それは神のみぞ知ることです」

「またそれですか……」

「タソガレバウンサー、よく憶えておいてください」

「?」


 ここでサンデーがやっとタソガレに振り向く。


「あなたの愛しいトコヤミサイレンスは……次の魔王になる女です」


 オウゴンサンデーの姿が消えた。時を止めて立ち去ったのだろう。


「次の魔王になる女……」


 一人残されたタソガレは、その言葉を反芻する。オウゴンサンデーなりの賛辞と解釈したタソガレは、闇の中でほくそ笑んだ。


 離れた場所でそんなやり取りがあったとはトコヤミサイレンスたちの知る由もない。


「ありがとう……おおきにな、グレンちゃん。もう、ええで」


 やっと泣き止んだサイクロンは、自分の背中をそっと撫で続けていたグレンにそう言った。


「でも、わからへんなぁ。婆やがウチに優しかったのは、全部演技やったんか?それとも二重人格だったんやろか……?」

「どっちでもないよ。あの人が優しかったのは本当」

「そう……なんか?」


 トコヤミサイレンスの言葉にサイクロンが首をひねる。


「あの人は、裏社会のフィクサーとしての顔と、優しいメイド長としての顔。二つの仮面を持っていた。メイドとしてあなたと接している時は、本当にあなたを愛していたと思う。だけど同時に、裏社会の人間としてあなたを憎む時もあった。仮面を付け替えて、そういう矛盾した心を両立させるのは、何も特別な才能じゃないの」

「善と悪の両立か……」


 そうつぶやいたグレンがやるせない顔をする。


「悪一色の人なんて、いないのかもしれないわね。でも、マリアさんは結局のところ裏社会のフィクサーとしての顔を優先してしまった。もしも、もっと早い段階で道を修正できていれば、こんな結末にはならなかったかもしれないわね……」

「そ、そうや!トコヤミサイレンス!ウチはあんたに謝らなあかんかったんや!」


 サイクロンはトコヤミの前に飛び出すと、彼女に向かって深々と頭を下げた。


「すんませんでした!その……あんたの事を、ずっとお父ちゃんの仇や思うて怨んできて……せっかくツグミちゃんが警告してくれたのになぁ……本当に、ウチが悪かったんや!堪忍やで!」

「いいよ。もう無事に済んだことだから。だけど……」

「だけど?」

「私は村雨ツグミではないの」

「えっ!?」


 サイクロンはもちろん驚いたが、グレンもまた声を出さずに驚いている。


「そ、そうなんか!?グレンちゃん!?」

「え、えーっと……」


 サイクロンに尋ねられたグレンは悩んだあげくにこう口にした。


「あなた、ツグミちゃんがトコヤミサイレンスに変身するところを、直接見たわけではないのよね?」

「あ……言われてみたら、たしかに。ジャシューヴァリティタが言ってた事やもんなぁ」


 サイクロンはトコヤミをまじまじと観察する。


「なんかさっきまでツグミちゃんにしか見えへんかったけど、なんか違うような気がするなぁ。いや、似ているような気もするし……うーん!?」


 魔法少女の服装に込められた認識阻害魔法が効果を失うのは、変身する場面を見られるか、自分から正体を口頭で明かした時だけである。今回はそのどちらでもないので、トコヤミが否定することで再び正体を隠すことができた。


「あかんなぁ、ウチはまた騙されるところやった……って、ちょっと待ちぃ!せやったらツグミちゃんはどうなったんや!?」

「ツグミちゃんは、アタシたちが保護したわ」


 それは嘘ではないので、グレンが自信を持って答えた。


「あなたが前に渡してくれた回復薬のおかげで、今は元気よ。後でアタシたちが屋敷まで送り届けるから、サイクロンは先に帰っててくれない?トーベさんたちも心配でしょ?」

「そうか!それなら良かった!ほな、お先に!」


 サイクロンが風に乗ってその場を後にしてから、グレンがトコヤミに尋ねる。


「どういうことなの?」

「だって、私がトコヤミサイレンスだと、サクラちゃんが気まずいでしょ?」

「それって……つまり、立花家のメイドを続けるつもりってこと?」

「うん」


 おそらくジュンコも異存は無いだろうとアカネは思った。立花邸のセキュリティは厳重だし、風の閃光少女テッケンサイクロンこと立花サクラも一緒だ。オウゴンサンデーも容易に手出しはできないだろう。それに、執事のトーベ・ウインターがジュンコの友人であり、秘密の情報提供者だったとジュンコから聞かされたのは、つい先ほどのことだ。暗闇姉妹の秘密は、あの名執事がうまく隠してくれるはずだ。


「なんか、あの子、好きだなぁって思ったから」

「うふふ、わかる気がするわ」


 トコヤミが変身を解除し、村雨ツグミの姿に戻った。グレンもまた鷲田アカネの姿に戻る。


「一度、ハカセたちと合流しましょ?ツグミちゃんの右手の怪我を手当てしなくっちゃ」

「ねぇ、アカネちゃん。もしも、私の本名が『村雨ツグミ』じゃないとしたら、どうする?」

「あ……もしかして、その記憶も戻ったの?」

「うん」


 二人の少女は無言でしばらく歩いていたが、やがてアカネが笑った。


「今さら別の名前なんて、しっくりこないわ。ツグミちゃんさえ良かったら、これからもツグミちゃんって呼ばせてよ」

「いいよ」


 ツグミがうなずく。


「私も、アカネちゃんたちと会ってからの名前の方が好きだから」


 ツグミもまた笑顔になり、アカネと一緒に星空の下を歩いていった。


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