想いが力に変わる時、帰ってきた2号!ユウヤミサイレンス!
黒い影と、赤い光のラインがトコヤミサイレンスの体を包み込む。やがて姿を現したのは、トコヤミサイレンスとは何かが違う、黒いドレスの魔法少女であった。トコヤミサイレンスとの一番の違いである赤いグローブと、真紅のマフラーが首元でたなびいた時、ジャシューヴァリティタはトコヤミが何をしたのかを、こう解釈した。
「フォームチェンジした……!?」
だが、同じ光景を目にしていたグレンバーンは異なる解釈をする。
「帰ってきたんだわ……!ツバメちゃんの魂が……アタシたちのために……!」
そして、赤いマフラーの魔法少女が名乗りをあげた。
「暗闇姉妹2号!ユウヤミサイレンスだ!」
そうしてポーズを決めるユウヤミサイレンスの姿を、ジャシューが観察する。体中の筋肉がプルプルと震え、右手のグローブの端からポタポタと血がたれていた。トコヤミサイレンスがユウヤミサイレンスに。人が変わったようにすら見える。だが、変わったところでダメージは引き継がれていた。そして、体にかかっている超重力も。
ユウヤミが空手の構えをとったことで、いよいよジャシューは笑いを禁じえなくなった。
「ふふふ……あははは!どういうつもりなの、トコヤミサイレンス?近接格闘タイプから近接格闘タイプにフォームチェンジしても、何の意味も無いじゃない!ああ、おかしい!」
「ユウヤミサイレンスだ!」
そう訂正する子供じみた魔法少女に、ジャシューは無遠慮に近づく。あやすように左手でユウヤミの頭を撫でると、ジャシューが発揮できる最大の重力が彼女を襲った。
「うがー!?」
「立っているのがやっとなのでしょう?ユウヤミサイレンスとやら……今すぐお姉さんが楽にしてあげる」
「お姉さん?おばあさんのまちがいじゃーないのかー?」
「……死ね」
ジャシューはトコヤミから奪っていた手持ち槍をふりかぶる。ユウヤミの首筋にそれを打ち込もうとした時、赤いグローブの左手が伸びた。
「えっ!?」
ユウヤミが手持ち槍の端をひねると、突き出ていた刃が柄の中に収納された。こうなると、ただの短い棒である。
「けっこう出すのにコツがひつようなんだよ。おばあさんにはわからないでしょ」
「そんなことより……あなた、動けるの!?どうして!?」
「力もちだからさ!」
ユウヤミはジャシューの襟を左手で掴み、右手を腰だめにして引く。グレンはハッと気づいた。
(そうだわ!もしも超重力の中でも体を動かせるパワーがあれば……重さは、そのまま武器になる!もしもそんな魔法少女が存在すれば、ジャシューヴァリティタにとって最も相性が悪い相手よ!)
そして今、そんな魔法少女がジャシューヴァリティタの目前に存在するのだ。
「は……離しなさい!無礼者め!離せっ!」
襟を掴まれながらもジャシューは、左拳と、右手の手槍だった棒でユウヤミサイレンスを滅多打ちにする。だが、ユウヤミのタフネスはそれを意に介さず、やがて赤い正拳突きが火を吹いた。
「おらあっ!!」
「うげえっ!?」
ユウヤミの拳が魔女のみぞおちに深々と突き刺さると、ジャシューヴァリティタが文字通り吹き飛ばされた。山林の木にぶつかって止まったジャシューが、打たれた箇所を両手で押さえながら胃の内容物を撒き散らし、苦痛で七転八倒する。
「うえっ……えげーっ!!」
「ユウヤミサイレンス!」
グレンバーンの呼びかけに、力の魔法少女が振り向いた。
「先にテッケンサイクロンを治してあげて!まだ生きているわ!」
「わかった!」
ユウヤミサイレンスもまた、ヒーラーである。まだかすかに息があるテッケンサイクロンを蘇生させるのは容易いことであった。
「……自分は誰や?」
「暗闇姉妹2号!ユウヤミサイレンス!トコヤミサイレンスの妹だ!」
「えっ?妹?」
目を覚ましたサイクロンに自己紹介をしながらポーズを決めるユウヤミサイレンス。人が入れ替わったことで混乱する風の閃光少女にグレンが呼びかける。
「説明している暇は無いわ!サイクロン!アタシたちも戦うわよ!」
さっきまでとは逆に自分が泥水の中で這いつくばりながらジャシューがうめき声をあげた。
「どうなっているの……!?アタクシの重力にかかれば、近接格闘タイプは動けないはずなのに……!あの小娘……あの力は一体……!?」
ふと水たまりに目をやると、一定の間隔で波紋が何度も広がるのが見えた。ズシン……ズシン……という、まるで恐竜が歩くような重い足音が自分のすぐそばで止まる。ジャシューヴァリティタが顔を上げた時には、大きく開かれた赤い手が自分の目前へと迫っていた。
「あっ!?」
ユウヤミはアイアンクローでジャシューの頭を掴むと、そのまま彼女の体を首ごと持ち上げた。万力のような力で頭部を締め付けられ、ジャシューヴァリティタが悲鳴をあげる。
「あああああああああ!!」
「止めはアタシたちにまかせなさい!」
その声にユウヤミが振り向くと、グレンとサイクロンが、二人の力を合わせてなんとか立ち上がっていた。二人の手と手が、ガッチリと握り合わされている。意図を察したユウヤミサイレンスは、ジャシューの頭から手を離すと、今度は両手で襟を掴む。
「おりゃあああっ!!」
「きゃあっ!?」
ユウヤミに乱暴に放り投げられたジャシューの体が、グレンとサイクロンの上まで到達した時、二人の閃光少女が呼吸を合わせた。
「行くわよ!」
「よっしゃあ!!」
「「おぅらああああっ!!」」
握り合わせた拳を突き出すグレンとサイクロンを中心にして、炎の竜巻が巻き起こる。
「ぎぃやああああああああああーーーー!!」
甲高い悲鳴をあげるジャシューヴァリティタを巻き込み、竜巻はそのまま天へ登ると、暗雲を吹き飛ばした。雨がやみ、空に星空が広がると、魔法少女たちにかかっていた超重力が消失した。
「体の重さが元に戻ったわね!」
天を仰いでいたグレンが視線を降ろすと、ユウヤミサイレンスのかわりに、トコヤミサイレンスがそこに立っていた。どうやら再び切り替わったようだ。グレンが尋ねる。
「トコヤミ……さっきのは何だったの?」
「わからない……ツバメちゃんの声が聞こえてきて……私の体を、あの子が借りたみたいだった。でも……嬉しかった。あの子を殺した私の事を、あの子が今でも好きでいてくれたことが……」
「そう……」
「なんや、複雑な事情がありそうやな」
サイクロンが口を挟む。
「わけがわからへんでぇ、トコヤミサイレンス。あんたは二重人格なんか?二人で一人の暗闇姉妹ってことか?」
「二人で一人の暗闇姉妹……」
トコヤミはそのフレーズが気にいったらしく、微笑してうなずいた。
「そうだね。暗闇姉妹は……もう一人ではない」
「ところでサイクロン。アタシたちの体が元に戻ったということは、ジャシューヴァリティタは死んだのかしら?」
「……いいや、まだや」
サイクロンが風を読む。
「あっちの方や!まだジャシューヴァリティタは生きとるで!」
三人の魔法少女たちはうなずきあうと、テッケンサイクロンを先頭にして闇夜の山林を駆けていった。




