強くなれる理由を知った時
「おおきにな……トコヤミサイレンス……ウチはあんたに謝らなあかん……」
「話は後で聞くから」
トコヤミサイレンスの回復魔法で、肺を突き破っていた怪我は治すことができた。だが、テッケンサイクロンの体にかかる超重力は消せない。それはジャシューヴァリティタを殺して解除するしか方法がない。トコヤミはサイクロンを肩に抱えたまま、重力の魔女と対峙した。
「水と土の魔女。アンタの仲間二人はアタシたちが始末したわよ」
「そう……」
その後ろにはグレンバーンが立っている。挟み撃ちをされる形となっているジャシューヴァリティタであるが、動揺している様子はない。
「悲しまないのね」
「当然よ。犯罪者と同様、行き場のない魔女だって世間にはゴロゴロいるのよ。だから、また探せばいいだけ」
ジャシューは不敵な笑みをグレンに向けた。
「最後にアタクシさえ勝てばそれでいい。何度でも教えてあげるわ。近接格闘タイプのあなたたち三人の能力では、アタクシを倒すことはできないの。絶対にね」
「アンタの能力はトコヤミサイレンスから聞いて把握しているわ」
グレンがそう口にする。
「アンタは重力を操る能力を持っている。近くにある物ほど、より早く重力を変えられる。特に、半径5メートル以内に近づけば危険。触れられたら一巻の終わりね」
「そこまでわかっているなら、アタクシに戦いを仕掛けるのは無謀だとわかりそうなものだけど」
「だから、アンタの射程距離外から倒すのよ」
「ほほほほほ!」
ジャシューヴァリティタが高笑いをした。
「あなたの炎で?まぁ、悪くない選択だけど、この雨の中で十分に力を発揮できるかしら?それに、アタクシはのろまではなくてよ?」
ここでトコヤミが口を挟む。
「グレン、もう一つの能力を忘れているよ」
「そうだったわね、トコヤミ」
「?」
首をひねるジャシューに向けて、グレンはいたって大真面目に答えた。
「ジャシューヴァリティタのもう一つの能力は……極端な若作り!」
その言葉に、見た目だけは若いメイド魔法少女が青筋をたてる。
「どうやらこの小娘どもに……レディーとはなんたるものかを教育する必要がありそうね……!」
ジャシューは再び自分にかかる重力を小さくし、グレンバーンへ向けて跳躍しようとした。だが、彼女の足が動かなかった。
(なにっ!?)
足だけではない。体も動かない。手も動かせない。何が起こっているのか把握するために首も振れなければ、呼吸さえ止まっていた。ジャシューの心臓だけが早鐘を打ち続ける。
(これはなんなの!?まるで金縛りにあったみたいに……!?)
トコヤミに抱えられているサイクロンがそのカラクリに気づき、顔にかかる雨よりも冷たい汗を流した。
(この子……トコヤミサイレンスが、殺気をぶつけてるんや!強い殺気だけで、ジャシューヴァリティタの体を怖気づかせとる!えらい目でジャシューを睨んどるで~怖いわ~)
「サイクロン!」
「な……なんや?グレンちゃん!」
炎の閃光少女に呼ばれ、風の閃光少女が我に返る。
「風で雨よけを作ってちょうだい!バスジャックの時、あなたが風で拳銃の弾を逸らすのを見たわ!できるでしょ!」
「もちろんや!まかせぇ!」
サイクロンは超重力に逆らいながら、片手を前に伸ばした。風がつむじを巻いて集まり、それが広がると風のドームとなった。雨が落ちてこなくなった空間で、グレンの体から水蒸気の煙があがり、やがて不動明王のごとく燃え上がる。
「はああぁぁぁ」
グレンが気合を入れると、彼女の背中に6本の細い羽が伸び、羽の先をなぞるように丸い日輪が浮かんだ。グレンは両腕をそれぞれ天地に向け、大きく円を描くように回すと、円の中心に、小さな太陽のような炎の球体が生まれる。
「雨がどれだけ降ろうと……アンタがどれだけ素早く動けようとも……関係ない!」
グレンが炎球を、ドッチボールを投げる時のように構えながら言う。
「アンタの能力はたしかに強力よ!アタシたちの誰か一人でも欠けていたら、アンタを倒せなかったと思う。でも、だからこそアンタは負けるのよ!想いの力で繋がった、アタシたち三人の力にね!」
「グレンちゃん……やってくれ!ウチのお父ちゃんの仇を討ってくれ!」
(馬鹿な……!?このアタクシがこんな小娘どもに……こんな小娘どもにぃい!?)
天の暗雲に稲光が走り、下界の魔法少女たちを照らす。グレンが炎球を投げようとした、まさにその瞬間であった。
「おらああっ……!?」
バーン!!という激しい音と衝撃により、グレンの体が吹き飛ばされた。グレンだけではない。サイクロンを肩で抱えていたトコヤミもまた、サイクロンごと吹き飛ばされたのだ。
落雷である。ジャシューヴァリティタを追いつめていたまさにその時、偶然にも雷が少女たちの足元へ落ちたのだ。
「想いの力……ふふふ、笑わせるわ!」
「ハッ!?」
倒れていたグレンが顔を上げた時には、状況は最悪になっていた。ジャシューはトコヤミのそばにいた。彼女を超重力の能力で押しつぶし、あざけるようにジロリとグレンを見つめている。
「そんな……追いつめとったのに……みんなの力で追いつめとったのにぃ!」
運が悪かったというしかない。大声で嘆くサイクロンはいつでも始末できると考えているのか、ジャシューは仰向けに倒れている彼女を放置していた。今、5メートルの距離を維持できているのはグレンバーンだけだ。
「サイクロン!もう一度風のドームを作って!」
「やめた方がいいんじゃない?」
再び炎球を作ろうとするグレンをジャシューがたしなめる。
「その炎の必殺技を撃てば、アタクシの足元にひれ伏しているトコヤミサイレンスはどうなるかしら?」
「くそっ……!」
グレンが歯噛みをしていると、うつ伏せのトコヤミは手持ち槍をサッと取り出した。その刃をジャシューの足へ打ち込もうとする。
「無駄なあがきね」
「!」
ジャシューはトコヤミの右手を踏んでその刃を止めた。逆に彼女の手から手持ち槍を奪い取ると、ゆっくりとその刃を、踏んでいる右手の上に乗せる。
「くっ……!」
手持ち槍もまた重さを増し、熱したナイフをバターの上に乗せたように、トコヤミの手の甲を貫いた。重力を操る魔女は、それを元の重さに戻して引き抜くと、トコヤミの体を品定めするように見る。
「次はどこがいいかしら?」
その意図を察したグレンが激昂した。
「貴様ぁ!!」
「想いの力……なるほど、それはこういうことなのね。あなたをアタクシたちの方へ、まさに引力のように引き寄せている……」
「ちくしょう!!」
グレンはジャシューに駆け寄り、赤熱する拳を叩きつけようとする。だが、徐々に減速し、彼女の体勢が膝から崩れ落ちた。超重力は、容赦なくグレンの自由を奪ったのだ。
「想いの力……まさにそれが、あなたたちの弱点じゃない。グレンバーン……あなた一人が逃げて、助けを呼べばまだチャンスはあったというのに。仲間を無視できないその心の弱さが、あなたたちの敗因なのよ」
「心の弱さですって……!?」
「この女もそう……」
ジャシューがトコヤミサイレンスを一瞥する。
「魔王と契約をする機会に恵まれながら、望んだ能力がヒーラーとは……What a pillock!どこまでもお人好しの馬鹿でございますわ」
「何も知らないくせに、ほざくな!!」
「グレン……」
ジャシューの言い草に、グレンバーンは我慢がならなかった。その声に、泥の中にうずくまるトコヤミが耳を傾ける。
「トコヤミサイレンスは、戦ってきた!力を持たない弱い者のために戦ってきた!あんたのような、人でなしの悪党と戦ってきたのは、自分のためじゃあない!愛する人のためよ!愛する人の、そのまた愛する人を守るために……みんなの帰る場所を守るために戦ってきた!あんたのような自己中心的な人間にはわからないでしょう!その子の本当の力は、誰かを守りたいという、その心にあるって事を!」
「その結果がこのザマでしょうに、なにをえらそうな御託を並べているのかしら?『弱さ』を『優しさ』と言い換える詭弁にはもうウンザリ……」
ジャシューが肩をすくめ、グレンバーンに尋ねる。
「グレンバーン、あなたが決めるといいわ。3人の誰から死ぬか、順番をあなたに決めさせてあげる。あなたから死ぬ?それとも、トコヤミから?サイクロンに引導を渡すのは、アタクシとしては最後に……」
そう言いながらサイクロンの方を見たジャシューは、彼女が天に向かって両手を突き出しているのを目にした。
「……何を?」
「一番最初に死ぬんは……あんたの方やーっ!!」
「!?」
ジャシューの頭に大量の水が殺到した。サイクロンは風のドームを作る時と同じ方法で、今度は巨大な風の漏斗を作っていたのだ。雨水が集められ、滝のようにジャシューに降り注ぐ。
(たかが、雨水で……!)
そう思ったジャシューであったが、風が形を変え、水と魔女の体を閉じ込める。
(なにいっ!?)
「鳴門の渦潮みたいなもんや!!存分に味わえ!!」
(あ……がっ……!!)
ジャシューは水の竜巻から逃れようともがくが、中心へと収束しようとする潮流から逃れることができなかった。
「やったかっ!?」
(小賢しい真似を……!!)
そのまま窒息するかと思われたジャシューだったが、彼女の周りにある水が、風に乗って上へ上へと飛ばされていく。
「くそっ!水を空気よりも軽くしたんやな!」
「お嬢様……」
今やただのつむじ風となった渦潮から脱出したジャシューが、トコヤミの手槍を持ったまま、仰向けに倒れているサイクロンに迫る。
「さすが、というべきでしょうか……アタクシをここまで追いつめたのは、あなただけでしょう。だからこそ、生かしておくわけには参りません……」
(ちくしょう……ウチはもう力が入らへんぞ……)
天に向けていたサイクロンの両腕が地面に落ちると、その体にジャシューがまたがった。
「今までありがとうございました……お嬢様!」
「ぐはっ!!」
「サクラーっ!!」
サイクロンの喉へ手槍が突き立てられた時、グレンが思わず彼女の本名を叫んだ。
「……ハッ!?」
しばし呆然としていたジャシューが、ただならぬ気配を感じて振り返る。グレンもまたその先にあるものを見た。トコヤミである。トコヤミサイレンスが超重力に抗い、二本の足で立っていた。
「ツグミちゃん……」
「なるほど……次はあなたが死にたいというわけですか。そうやって立ち上がるだけでも精一杯だというのに、御苦労なことですね」
「ありがとう……」
「はい?」
トコヤミはジャシューなど眼中にないかのように、つぶやき続ける。
「ありがとう……サクラちゃん……私に時間を作ってくれて……」
次に、目に涙を浮かべているグレンの顔をトコヤミは見る。
「ありがとう……アカネちゃん……私のことを想ってくれて……」
最後に、再びジャシューへと視線を移した。
「そして……ありがとう……もう一度、私に会いに来てくれてありがとう……大好きだよ……!」
「一体何を言って……?」
トコヤミがその両腕を斜めに伸ばした時、グレンバーンはツグミが以前口にしていた言葉を思い出す。
『死んでしまった人間は、どんな魔法でも生きかえらせることはできない。でも、死んだ人間は、完全に消え去ってしまうわけではない。天国の誰かを想う時、その人は私たちのそばに、そっと立っている』
トコヤミがその両腕を回転させながらポーズを決めた時、グレンの予感が確信へと変わった。
「変……身!」




