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死神の足音を聞いた時

「世に盗人の種は尽きまじ……」


 マリアは大泥棒石川五右衛門のセリフを引用しながら、ゆっくりと指輪を再びはめ、若い魔法少女の姿へと変わる。


「立花財閥の援助を求める犯罪者はいくらでもおります。彼らに資金と装備を与え、上納金を納めさせる。やっている事は、立花財閥が投資する他の事業となんら変わらないのです。なぜ、亡き先代様はそのことが理解できなかったのか……」

「当たり前や!ウチかて理解できんわ!そんなもん!」


 サイクロンは泥の中でジタバタともがきながら叫んだ。


「全ては、トコヤミサイレンスが……村雨ツグミが悪いのです」


 ジャシューヴァリティタはこともなげにそう口にする。


「一年前の……そう、アタクシが先代に手をかけたあの日、あの女は現れた。死者の怨みを晴らす天罰の代行人、暗闇姉妹として。しかし、アタクシの敵ではなかった。ええ……ちょうど今のお嬢様のように、アタクシの足元にひざまずいておりましたよ。重力に圧しつぶされて」

「くっ……!」


 サイクロンは必死の形相で四つん這いになり、ジャシューを見上げて睨んでいる。だが、ジャシューがその頭を撫でるように触れると、彼女の体は再び泥水の中に沈んだ。


「あがっ!?」

「やがてあの女は雷に打たれ、川を流れていきました。間違いなく、死んだと思っていましたが……まさか、生きて再びこの屋敷に現れるとは……」


 ジャシューは繰り返す。


「村雨ツグミが悪いのです。あの女さえいなければ……あの女さえ記憶を取り戻さなければ……お嬢様は今までと変わらない生活ができたのです。アタクシが裏社会のフィクサーとして君臨し、お嬢様がクライムファイターとして鬱憤を晴らす。まるでコインの裏表のような理想的な関係が続いたのに……」

「なにが理想的や!世のため人のためにならんわ!そんなもん!」

「世のため人のため?はっ!」


 ジャシューが思わず鼻で笑った。


「もしかしたら全てを納得していただけるのではないかと、わずかでも信じていたアタクシが馬鹿でございました。無能な父親と同じ……やはり、あなたは村雨ツグミのところへお送りする他ないようですね」

「ああ!たしかにツグミちゃんの所へ送ったるゆうとったで!どないなっとんや!」

「あの女は死にました」

「なんやてぇ!?」


 立花家のメイド長としての仮面を完全に剥ぎ取ったジャシューが残忍な笑みを浮かべた。


「アタクシの仲間がすでに動いているのよ、テッケンサイクロン。村雨ツグミも、鷲田アカネも……そして、中村サナエにトーベ・ウインターも。今頃は三途の川の渡し場で、あなたが来るのを指折り数えて待っているわ!」

「ウチは恩人を……ウチを守ろうとしてくれた恩人を……お父ちゃんの仇やと思って、ずっと怨んできたんか……本当の悪人が一番そばにおったのがわからんくらいに……そのせいで、みんなが……くそーっ!!ちくしょーっ!!」

「お嬢様」


 雨と涙で顔がグシャグシャになっているサイクロンに、ジャシューが皮肉としてそう呼びかける。


「あなたもレディーの端くれでしょう?こういう時こそ威厳を保つのです。あなたの父親がお亡くなりになった時は、あなたのように騒ぎませんでしたよ?」

「そのお父ちゃんを殺したのは、あんたやろが!!」

「静粛に……」

「あっ!」


 ジャシューがサイクロンの背中に右足を乗せた。超重力がどんどん増し、サイクロンの胴体を押しつぶしていく。折れた肋骨が肺を貫き、サイクロンが吐血する。


「ああああああああああ!!」

「ええ、お望み通りアタクシは長生きいたします。あなたの命をいただいて……」

「人でなしぃ!!こんな馬鹿な話ってあるかい……こんな無茶苦茶な話が、あってたまるかい!!」


 その時、ジャシューの動きが止まった。そして、サイクロンもまた、同じ物を耳にする。二人の耳で同時に発生した耳鳴りが、徐々に大きくなっていく。


「これは……一年前と同じ……?」

「お父ちゃん……?」

「えっ?」


 サイクロンは、なぜかその耳鳴りに懐かしい故人の心を感じ取った。だが、ジャシューヴァリティタには、全く逆の印象を与えている。死神の足音を聞いた気がしたジャシューは、サイクロンから足を離すと、闇の中へ叫んだ。


「トコヤミサイレンス!またしても生きのびたようね!姿を現しなさい!」


 耳鳴りが消えた。


 暗い山林の奥で何かが光っている。火の玉が宙に浮かぶように揺れ、サイクロンたちがいる方へと近づいてくる。


人魂ひとだま……?」


 そうつぶやくジャシューは、その正体を見た。黒いレインコートを着て、顔が見えないようフードを深々とかぶっている、背の高い人物を。その火はまるで松明のように、その人物の人差し指の先で灯っていた。


「ええ、ありえない話よ。罪無き者が死に追いやられ、罰せられるべき悪がこの世にのさばる……もちろん、そんな話はありえないわ。そんな話は……アタシたちがゆるさない」


 そう口にしたその女の正体が、ジャシューにはわからない。重力の魔女から5メートルほど離れた地点で女の足が止まる。彼女の指先から炎が消えると、鋭い目の光だけが闇に浮かんだ。


「あなた、何者?」

「天罰代行、暗闇姉妹」

「暗闇姉妹?あなたが?」

「アンタに殺された人たちの怨み……」


 そう言いかける彼女の足下から炎があがった。そのまま頭の天辺まで炎が舐めるように這い上がると、そこから真紅のドレスと、それに不似合いなほど無骨な籠手を装備した、炎の閃光少女が姿を現す。グレンバーンは宣言した。


「アンタに殺された人たちの怨みは、アタシたちが晴らすわ!」


 サイクロンは仰天した。


「アカネちゃんが……いや、グレンちゃんが暗闇姉妹やてぇ……!?」

「グレンバーン、あなた今『アタシたち』と言ったわね?」


 ジャシューが口にした疑問の答えが闇の中から伸びてきた。サイクロンが悲鳴をあげた。


「ああっ!?」


 影を伸ばしたような黒い包帯がサイクロンの足に絡みつく。物体を引きずる時に必要な力Fは、物体の重さと摩擦係数のかけ算で導きだせる。サイクロンはとても重くなっていたが、摩擦の少ないぬかるんだ土の上であれば、小柄な魔法少女の力でも十分に引きずることができた。サイクロンの体がジャシューから5メートル離れた地点で、傷ついた彼女の体を、常闇トコヤミの魔法少女が抱きかかえる。


「ツグミちゃん!」


 漆黒の魔法少女は、テッケンサイクロンとは目を合わせず、ジャシューヴァリティタを睨み続けながら言った。


「今の姿になった私の事を、みんなこう呼ぶの。トコヤミサイレンス、と」


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