真の仇を知った時
事実、テッケンサイクロンにはもう回復薬は無かった。だが、目の前にいるメイド魔法少女に、負ける気などさらさらない。
「ウチが苦しんで死ぬことになるやてぇ?」
サイクロンはさっと両手を振る。
「やれるもんならやってみぃ!」
サイクロンが行ったのは、本来ならば不可視の、風のカッターを飛ばす攻撃であった。だが、その攻撃をジャシューヴァリティタは可視化する。
「雨が!?」
ジャシューの周りの雨だけが、まるでスローモーションのようにゆっくりとした動きになった。彼女の周りにただよう水滴が弾かれることで、ジャシューは風のカッターの動きを見切り、それを難なく避ける。
「なんやねん!?その能力は!?」
「答える義理はありません」
ジャシューは雨に対してやったのと同じように、自分自身にかかる重力を小さくし、ふわりと跳躍してサイクロンに迫った。
「鉄拳の名を持つウチに接近戦を挑むつもりなんか?ええ度胸やないか!」
「あなたごとき……」
ジャシューが右手を開いてサイクロンに向けながら落下する。
「右手一つで十分です」
「ふざけんな!」
地面に降り立ったジャシューの顔に、サイクロンの右ストレートが飛んだ。ジャシューはそれを右手でそっと触れる。それだけで、この重力の魔女の攻撃は完了していた。
「あがっ!?」
サイクロンの体が超重力で地面に押し付けられた。赤いラインの入った純白のドレスを泥だらけにしてサイクロンがあがくが、小さなクレーターができた地面から立ち上がることができない。なんとか顔だけを持ち上げると、ジャシューが冷たい視線で見下ろしていた。
「あんた……重力を操るんか……!?」
「What a pillock」
なんておバカさんなのかしら?という意味の英語をジャシューはつぶやく。
「気づくのが遅すぎます、お嬢様。もしももっと早く気づいていれば……距離を離して風で攻撃し続ければ、勝てないにしても負けない戦いはできたのです。それに、アタクシはあなたを殺すと宣言していたのに、あなたの攻撃の軌道は急所を外されていました。お嬢様の致命的な弱点は、魔法少女同士の戦いに慣れていないことです。トコヤミサイレンスは初見で能力を見抜いていたのに……」
「トコヤミサイレンスやてぇ……!?」
サイクロンがその名前に強く反応した。
「トコヤミサイレンスは、あなたに警告した。屋敷の中に魔女が潜んでいる、と。だけど、あなたはトコヤミサイレンスを父の仇と思い込んで、それに耳を傾けなかった。それがこの結果なのです」
「ちょ、ちょっと待ちぃや!?」
サイクロンが動揺する。
「トコヤミサイレンスがウチに警告したって……ウチはトコヤミサイレンスと会った憶えはないで!?」
「トコヤミサイレンスの正体は村雨ツグミです」
「!?」
サイクロンが息を呑む。父の仇と狙っていた相手が、よりにもよって、虫も殺せないように見える、あの温和な少女だったとは到底信じられない。だが、ジャシューが言う通り、たしかにツグミは警告していた。父を殺したのはトコヤミサイレンスではない。真犯人の魔女が屋敷の中にいる、と。
「でも……でもウチはたしかに見たで!トコヤミサイレンスが、死んだお父ちゃんのそばに立っていて……」
「トコヤミサイレンスは、立花ショウジを治そうとしていました。無駄なことを。死んだ人間は、どんな魔法を使っても生き返ることはないのに」
ジャシューのその言葉を聞いて、呆然としていたサイクロンの目に炎がやどる。
「お前か……!?お前がやったんやな!?お前がウチのお父ちゃんを!!」
「あなたのお父上もまた、アタクシの秘密に近づきすぎました」
暗に肯定するジャシューを見上げて、サイクロンはここでハッと気づく。
「あんた……さっきの英語……あれはアメリカ英語とちゃう……イギリス英語の言い回しやった……」
「えっ……!」
意表をつかれたジャシューは後退りをする。サイクロンの体にかかる重力が、少しだけ軽くなった。
「どういうことなんや……?ウチの屋敷でイギリス英語を知ってるのは婆や……メイド長のマリアだけやぞ……?あんた、マリアの親戚なんか……?」
「お嬢様……」
ジャシューは、心底から残念そうな顔をサイクロンへ向ける。
「何も知らないまま、あなたを黄泉路へ案内すること……それが、長い間お世話になった、せめてもの情けと思っておりました……しかし、やはりお嬢様には、殺される理由を話しておくべきなのでしょうね」
そう言うとジャシューヴァリティタは、そっと自分の右手の指輪に手を添えた。ゆっくりと指輪を外すと、背が縮み、腰が曲がり、顔にたくさんのシワがある、よく見た姿に変わっていく。
「アタクシがそのマリアでございます」
「う……ウソや……そんなのウソや!ウソやーっ!!」
暗い山林の中でサイクロンの絶叫がこだました。




