天罰必中、火葬に処する時
「攻撃は完了している……ですって?」
オーシャンの言葉にスライムはケラケラと笑う。
「駆け引きがうまいって噂に聞いてたけれど……ちがうわね、とんだ嘘つきじゃん!嘘つきは泥棒の始まりだって、ママに教わらなかったのかしら?」
「たしかに、嘘はあった」
「?」
オーシャンの言葉は、いまいち要領を得ない。もしかしたら時間稼ぎなのだろうか?そう思ったスライムは手に持っていた缶を捨てると、すぐに不定形の姿になり、ジュンコに迫る。
「バーカ!バーカ!こいつにとりついたら、アタイの勝ちなんだ!それはもう確定なんだよぉ!」
異変はその時起こった。スライムの目前にいる白衣の女、すなわち西ジュンコの体が、二人になったのだ。
「は?」
思わずスライムの動きが止まる。
「なに?あんた双子なの?」
「アケボノ君、どうやら効いてきたみたいだね」
「そうですね、ハカセ」
「え?なに?なんなの?何が起こっているの?」
ジュンコだけではなく、あらゆるものが二重に見えていく。スライムの視界は、やがてグニャグニャに歪んだ。平衡感覚がなくなり、人間の姿になろうとしても、立ち上がることができない。スライムから少女の上半身だけが盛り上がるが、その目の焦点は合っていないようだ。
「タネ明かしをしよう、スライム君。君は今、酔っぱらっているんだ」
「はぁ?アタイが酔っている?どういうこと、アタイはお酒なんて一滴も……ハッ!?」
スライムは、さっきまで自分が持っていた金属製の缶を見た。切断された側面部分から、透明な液体が今もドクドクとあふれている。業務用の桃の缶と同じラベルが貼り付けられているが、その中身は桃ではない。
「まさか!?さっきアケボノオーシャンが飛ばした斬撃は……この缶を切るためだったのか!?この缶の中身は……!」
「そう、工業用のエチルアルコールさ。大雑把に言えば、すごく強いお酒だね。エチルアルコールは、水と混ざりやすい性質を持っている」
ジュンコが缶の中身を説明し、オーシャンが言葉を継ぐ。
「フルーツ缶に偽装したのは、私のアイデアだよ。ただの金属缶だと、警戒して避けられる心配があったからね。もっとも、無関係の看護婦に直撃しちゃったのは予想外だったけれど、君が拾ってくれたから結果オーライさ」
「……もしもアタイが拾わなかったら、どうするつもりだったのさ?」
「その時は、もう一発お見舞いするつもりだったのさ」
今度はミカンの缶を持ったジュンコがスライムに迫った。その中身は、もちろんミカンではない。ジュンコが缶を開けて、その中身をスライムに注ぐ。
「さぁ、末期の水だよ。遠慮しないでたっぷりと飲むがいい」
「あああああ!!」
これ以上酩酊するのは、あまりにもまずい。スライムは悲鳴をあげ、窓ガラスを突き破って病院の外へと逃げた。
「あっ!?……意外だねぇ。この雷雨の中へ飛び出すなんて」
「それだけ追いつめられているということですよ。ハカセ、あの魔女を追跡できますか?」
「ああ、問題ない」
ジュンコは顔についたサーマルゴーグルのボタンを押した。
『戦闘モードを起動します』
ゴーグルの電子音声がそう告げると、ゴーグルの正面や側面から、緑色に発光するセンサーが新たに露出した。
「追跡は全く問題ない」
水の魔女、スイセイスライムはゆっくりと病院の敷地を這っていった。不定形の姿であれば、自分の姿は雨が隠してくれる。だが、時おり鳴り響く雷は、彼女に何度も死の恐怖を味あわせた。
(もしも雷がこの近くに落ちたら……アタイは死ぬ……!)
病院などの建物や、電柱に雷が落ちると、その電気は避雷器に繋がれたアース線によって地面へ逃がす構造になっている。ただの人間よりもずっと電気を通しやすい性質を持つスライムにとって、地面に流れる雷は死神も同然であった。わざわざ心停止した患者に見せかけて救急車で自分を運ばせたのも、そういう理由があればこそだ。
(だけど……今はこうやって逃げるしかない。なんとか屋根のあるところまで行くんだ……大丈夫、雨がアタイを隠してくれる……)
「なんだい?ずぶ濡れじゃあないか、お嬢ちゃん」
「ひっ!?」
スライムが引きつったような声をあげた。水の魔女のすぐそばに西ジュンコが立っている。大きな傘をさしている白衣の女は、サーマルゴーグルのメカ部分を上にスライドさせ、肉眼でスライムを見つめた。
「人間より体温が高いのが、この場合、あだになったねぇ」
「あああああ!!やめてーっ!!」
ジュンコは有無を言わさず、スライムにアルコールを浴びせた。魔女の意識が混濁し、やがてそこから動けなくなった。
「ほら、私の傘を使うといい」
ジュンコはスライムのそばに傘を置き、彼女の体が雨で濡れないようにすると、傘の持ち手にビニールテープで巻きつけられた、竹筒の導火線にライターで火をつけた。それが何なのかは聞かなくても察しがついた。もしもスライムが人間と同じ顔を持っていたら、その顔はきっと青ざめていただろう。
「やめて……止めて……やめて……止めて……」
「君が殺した人たちも、そう言っていなかったかい?」
ジュンコは白衣をひるがえし、スライムに背を向けて歩きだした。
「ああああ……!!」
やがてスライムの目前で竹筒が爆発し、アルコールを浴びすぎて引火性の液体となっていた彼女の体が炎に包まれる。その明かりを逆光として浴びながら、ジュンコは赤い瞳を闇に光らせた。
「火葬は済んだようだねぇ」
「ハカセ!」
「やあ、アケボノ君」
オーシャンが傘をさして前方で待っていたので、ジュンコは遠慮なく彼女と相合い傘をして歩いていった。
「アケボノ君。さっき誤って撃ってしまった看護婦は大丈夫だったかい?」
「ええ、ちゃんと生きてますよ。ベッドに寝かしておきました」
「遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくるようだが……?」
「あのスライムが医者と看護師二名を治療室で殺していたからです。我々もすぐに撤収しましょう」
「そうか。それならすぐに……へっくしゅん!」
くしゃみをしたジュンコが身震いをする。
「うう……雨に濡れすぎたようだ。寒いねぇ。風邪をひいたかも……」
「へぇ、悪魔も風邪をひいたりするんですねぇ」
「ああ、バカではないという証拠さ」
いたずらっぽく笑うオーシャンにジュンコがそう答える。いや、正確にはオトハか。すでに彼女は普通の少女の姿に戻っていた。
「さて、あとはグレンバーン君とトコヤミサイレンス君か」
「ですね」
敵はもう一人いる。彼女たちはそれを倒すために別行動中だ。
「あの二人も、うまく仕事を完遂してくれるといいのだが……」
ジュンコは暗雲を見上げながら、そうつぶやいた。




