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オトハが殺し屋の顔を見せた時

 それからしばらくして、ドトンスイマーの魔法の効果が無くなり、二人は無事に床へと降りることができた。スイギンスパーダが土壁の前に立ち、フルパワーでそれを打ち砕く。


「とりゃーっ!」


 密室から脱出した二人は、すぐに実験室へと向かった。


「ワタシたちがここでドトンスイマーに襲われたということは、きっとスイセイスライムも動いています!土の魔女が回復薬を取りに来たのを邪魔したということは、水の魔女はツグミさんを狙うつもりなのでしょうか……?とにかくツグミさんを早く回復させなければ!」


 無言でうなずきながら、トーベは実験室の鍵を開ける。だが、二人の前に現れた光景は、メチャクチャに破壊し尽くされた薬瓶の山であった。


「うわーっ!?そんなーっ!?」

「どうやら、あの魔女はすでに手を打っていたようでございますね」

「どうしましょう!?」


 トーベは瓶の破片だろうと千切れた薬草だろうと、とにかく使えそうな物をかき集めようとする。


「少しでもいいので、とにかく新たに作るしかありませんね」

「わかりました!ワタシも手伝います!……その前に、念のため上の様子を見てきますよ。サクラさんも気になりますからね」

「是非お願いします」


 強化服を一旦脱ぎ、地下から1階へと上がったサナエは、車のエンジン音を耳にする。玄関の扉を開けて外を除くと、一台のベンツが豪雨を浴びながら、屋敷を後にするところであった。


「あの車は……?」


 だが、今はサクラの方が気がかりだ。不思議なことに、さっきまで屋敷のいたるところで仕事をしていたメイドたちの姿が見えない。屋敷の間取りに不案内なサナエは、誰か一人でもメイドを見つけて、サクラの自室まで案内してほしかった。


「誰かー!?誰かいませんかー!?」

「た……助け……て……」

「……えっ?」


 誰かの弱々しい求めを聞いたサナエは、とある扉の前で立ち止まる。サナエは知らなかったが、それはメイドたちの控え部屋だった。警戒しながらその扉をゆっくりと開けたサナエは、目の前に広がるその光景に驚愕する。


「なっ!?どうしたんですか!?みなさん、何があったんですか!?」


 メイドたちが床に這いつくばり、苦しそうにうめき声をあげていた。


「毒でも飲まされたのですか!?」

「違う……違うの……」


 サナエがメイドの一人を助け起こそうとしたが、すぐに異常に気がついた。彼女を持ち上げようとしても、持ち上げられないのだ。


「体がとても重くなっている……みんなもそうよ。どうしてこんなことに……?」

「そんな……これは……まさか!」


 サナエがさっと立ち上がり、後ろ髪を引かれる思いをしながらも、メイド部屋から出ていく。すぐにアカネたちに知らせなければならない。


「これはたいへんなことになりました……!敵は水の魔女と、土の魔女だけではない!それとは別の能力を持った、魔法少女がもう一人います!」


 ツグミが救急車で運び込まれた病院。

 ひとまず治療が済んだツグミは、意識を失ったまま病室のベッドに寝かされていた。医師の説明によれば、幸い命に別状は無いらしい。落下した際に両腕で受け身をとり、ダメージを最小限に押さえたのだ。だが、そのために両前腕が骨折し、頚椎にも損傷を受けているため、どちらにも物々しいギプスが付けられている。頭に包帯を巻かれたツグミの顔は、あいかわらず険しいままだった。

 表情が険しいといえば、彼女を見守っているアカネも同様である。さきほどまで女性警察官である氷川と一緒であったが、今はもういない。事情聴取のために立花邸へ向かうと言って、出ていったのだ。その時、誰かが病室のドアをノックする。


「アッコちゃん、私だよ」


 オトハである。アカネから連絡を受けた彼女は、健気にもこの雷雨の中、スクーターを飛ばしてこの病院に駆けつけたのだ。手に持っているナイロン袋には、さっきまで使っていた雨合羽もまた、折りたたまれて入っている。


「ジュンコさんもこっちに向かっているところだから」

「オトハ、さっきサナエさんから連絡があったんだけど……」


 アカネは、サナエたちが土の魔女に襲われ、なんとか始末したものの、回復薬は破壊されていた経緯を話した。しかも、何かを重くする能力をもつ、別の魔法少女も動いているらしい。


「間違いなくツグミセンパイを狙っているね、そいつら。ツグミセンパイは、奴らにとって思い出してほしくない事を思い出したんだよ。だから命を狙われた」


 オトハが暗い顔をする。


「ジュンコさんから聞いた。魔女たちに、正式に天罰代行依頼が来ていたよ。奴らを生かしておく理由は無い。ツグミセンパイを守りながら、私たちで始末しよう」

「オトハ……あなた、本当の殺し屋みたいな顔をするようになったのね」

「えっ?……そうかな」


 オトハは作り笑いをして誤魔化そうとした。が、アカネは心配そうな顔をして見つめている。


「ねぇ、オトハ。アタシたちって、アヤちゃんを助けるためにこの仕事をしているのよね?オウゴンサンデーの手がかりを掴むために、人でなしの魔法少女を殺していくんでしょ?」

「もちろんそうだよ!この仕事を楽しんでいるみたいに言われるのは心外だな~」

「オトハ……アタシ、あなたが楽しんでいるなんて、一言も言ってないわ……」

「…………」


 二人の間に、気まずい沈黙が流れた。

 やがてオトハが、傷ついたツグミを見つめながら口を開く。


「……やっぱり、ツグミちゃんをこんな目にあわされたら、腹が立つじゃん。ツグミちゃんだけじゃない。ミツルギ重工の社員は、ただ自分たちの仕事をしていただけ。それがある日、この世のものとも思われない殺され方をして人生が消える。残された家族は、たぶん、私よりもっともっと腹が立っていると思う。凶悪なバスジャック犯でさえ、木の股から生まれたわけじゃあないだろうし。どこかで誰かが待っていたかもしれないし」


 オトハは右手に青く光るトランプを出現させた。それは彼女の魔法で作られた結界である。大きく広げれば身を守る盾にもなるし、投げつけたり、手に持って振れば、鋭利なカッターとして使うこともできる。それをもてあそびながらオトハは続けた。


「そんな事をした奴らをさ、どうやって探そうとか、どうやって追いつめようとか考えて……そして仕事が終わったら、『ざまーみろ!』って思う。それが『楽しい』って言い切るのは、私もちょっと抵抗があるな。でも、前にアッコちゃんがクライムファイターに対して感じていた『やりがい』というものを、私が暗闇姉妹の仕事に感じているのは本当だよ」


 アカネは沈黙したままそれを聞いていた。オトハもまた、しばらくは雨の音と、時おり鳴り響く落雷の音と、遠くから聞こえてくる救急車のサイレンに耳を傾けていた。


「アッコちゃん……私のことが嫌いになっちゃった?」

「そんなことないわよ」


 アカネは即答する。


「ただ……ちょっと不安になっただけ。なんというか……オトハが遠くに行ってしまいそうな気がして……」


 オトハは笑いながらアカネの肩にポンと手を乗せた。


「私はどこにもいかないよ。今までもずっと、アッコちゃんと一緒に戦ってきたじゃん」

「……そうね」


 アカネはふと思った。もしも、糸井アヤがツグミの正体を全て知った上で受け入れていたとしたら……


(アヤちゃんも、もしかしたらツグミちゃんに対して、同じ不安を感じていたのかしら……?)


 二人の閃光少女がツグミの病室でそんな会話をしていたころ、病院の救急外来では、またしても運び込まれてきた患者を治療するために医師たちが走り回っていた。


「この少女はどうしたんですか?」

「駅で突然苦しみだして倒れたそうです。心停止しています。救急隊員の方で心臓マッサージを試みましたが、依然脈拍はありません」

「電気ショックの準備をしてください。間に合うといいが……」


 担架に乗せられた少女が治療室へと運び込まれる。医師が0を示したままの心電図を睨んでいると、看護婦二人が除細動器、すなわち心臓に電気ショックを与える機械の準備を終えた。


「先生」

「ああ」


 少女の衣服は、すでにハサミで切られ、取り除かれていた。露出した胸に、医師が電極を近づけていく。


「勝手にアタイのおっぱいを見てんじゃあねーぞ!!このエロじじい!!」

「なっ!?」


 医師が我が目を疑った。少女がいきなり身を起こしたからだ。それなのに、心電図はずっと0のまま変わらない。


「そいつはお前がくらっときな!」

「がああああっ!?」


 少女に電気ショックの電極を奪われ、それを押し付けられた医師が昏倒した。


「きゃああっ!?」

「うるさいなぁ!死ねよ!」


 少女の腕がニュルニュルと伸び、治療室に置いてあったメスを掴む。それを、悲鳴をあげる看護婦の首に一閃させると、彼女もまた血しぶきをあげて倒れた。


「な……なに……!?なにがどうなってるの……!?」


 残された看護婦が腰を抜かしてへたり込むと、医師たちを殺害した少女は、少女の形をしたまま体が透き通っていった。スライムのような少女が、生き残った看護婦へと近づく。


「末期の水だよ。お姉さんに最後のキスをあげるのはアタイ……」


 治療室から最後の悲鳴が消えると、そのドアの小さな隙間から、スイセイスライムが流れ出てきた。水の魔女は再び少女の形となり、周りを見回す。


「トコヤミサイレンスちゃーん、遊びにきてあげたよー」


 スイセイスライムは再び不定形の姿になり、獲物を求めて徘徊を始めた。


 やがて治療室でそんな事が起こるとは、オトハたちに知る由もない。

 アカネが突然立ち上がった。彼女の気分を害してしまったのかと心配して、オトハは慌ててその肩から手を引っ込める。アカネは病室のドアから顔を出し、誰も近くにいないことを確かめて、再び病室のドアを閉めた。


「アッコちゃん、どうしたの?」

「アタシって……本当に、どうしてこんなにバカなのかしら……?」


 アカネは頭を抱えてそう言ったあと、空手の型で精神統一し、そして叫んだ。


「変身!!」

「!?」


 オトハの目の前でアカネが炎に包まれ、閃光少女グレンバーンへと姿を変える。


「オトハ……あるのよ!回復薬はあるのよ!」

「えっ、どこに!?」

「アタシが持っている」


 グレンは自分の衣装のポケットから、小さな瓶を取り出した。その中は、緑色の液体で満たされている。


「テッケンサイクロンが、アタシに以前くれたの。おまけで、もう一本つけてね。どうして今まで忘れていたのかしら……」

「やったじゃん、グレン!」


 オトハは喜んで、ツグミの口を手で広げた。といっても、頚椎を損傷しているので頭を起こすわけにもいかない。グレンは即座に薬瓶の中身を口に含み、ツグミと唇を合わせ、少しずつ回復薬を流し込んだ。


(こういうことが咄嗟にできるのがイケメンなところだよなぁ)


 少なからず嫉妬心を感じながらも、オトハは安堵の表情を浮かべる。


「さあ、蘇ってツグミちゃん!一緒に戦いましょう、トコヤミサイレンス!」


 グレンバーンの声に応えるように、ツグミはゆっくりと、その目を開いた。


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