天罰必中、土葬に処する時
「あの……サナエ様。ワタクシの話を聞いていましたか?」
「もちろんですよ、トーベさん」
体が半分ほど沈んでいるトーベの側までそっと歩いてきたサナエは、語尾に「!」マークが入らないように注意しながら喋る。
「ならば、何をしようとされているのですか?」
「強い味方を呼ぶのです」
「その笛で?」
サナエは懐から銀色の小さな笛を取り出したのだ。そして、それを口に当て、思い切り吹く。しかし、何も音はしなかった。少なくとも、人間が聞き取れる波長という意味で。
「犬笛でございましたか」
「こういう時のために準備していたのが役にたちましたねぇ。備えあれば憂いなし、です」
サナエはドヤ顔のままトーベに言う。
「あの土の魔女が、ただ地面に潜る能力だけが取り柄だとは思えません。何か武器があるはずです。地面に潜ったまま、我々を攻撃できるような……」
すると、地中から何かが飛び出してきた。
「ほら言わんこっちゃない!!」
手榴弾である。
「サナエ様、せめて姿勢を低くしてください」
「ああああ!神様仏様ぁ~!」
サナエは拝むようにしながらその場で膝を折った。その時である。爆音をあげて一台のバイクが地下室へと飛び込んできたのは。
「あ!リベリオン!」
サナエの愛車マサムネリベリオンは生きているスーパーバイクである。時には自分の頭脳で考え、自分の意志で疾走する。状況を把握したリベリオンは、すぐさまサナエたちの前にドリフト停車すると、二人を手榴弾の爆発から守る盾となった。
「なんや?今の音は?爆発か?」
「さぁ?アタクシには聞こえませんでしたが?あるいは雷の音が聞こえたのでは?」
同じ頃、自室でメイド長から供されたコンソメスープを飲んでいたサクラは、怪訝な表情をしていた。
「それに、えらいバイクの大きな音がしたなぁ」
「そうでございますね。サナエ様には、エンジンの空吹かしは控えていただくよう、後でアタクシからお願いしておきます」
「そんな事より……」
サクラはスプーンの先をメイド長に向けながら抗議する。
「ひどいやないか婆や。なんでみんなしてツグミちゃんが落っこちたことをウチに言うてくれんかったんや?」
「申し訳ありません。ご心労が多々お有りのお嬢様を想いますれば、メイドの問題は、長であるアタクシで処理するべきかと考えた次第。他のメイドたちに責任はございません。罰は何なりとこのアタクシめに……」
「……もうええわ」
サクラは無造作にスープ皿を掴むと、テーブルマナーを無視して、それをそのまま飲み干した。
「ウチもツグミちゃんのところへ見舞いに行くでぇ!婆や、送っていってーな!」
「承知いたしました。必ずやお嬢様をツグミさんのところへお送りしましょう」
「回復薬も持って行かなあかんな」
「それならば心配にはおよびません」
メイド長のマリアは表情を崩すこと無く答える。
「トーベさんとサナエさんの二人が、病院へと持って行くことになっております」
地下室の廊下では、手榴弾の爆発によるショックでふらふらしながらも、立ち上がったサナエがリベリオンにまたがったところであった。
「トーベさん!バイクに掴まってください!あなたを引っ張り出しますから!」
「このバイクはジュンコさんの……」
「へ?」
トーベは西ジュンコを知っているらしい。だが、今はそれどころではない。トーベがリベリオンのフレームを掴んだことを確認したサナエは、アクセルを吹かして、彼の体を溶けた地面から引っ張り上げた。
「助かりました」
「それよりもトーベさん!床のドロドロがこっちに向かって来ますよ!」
オートバイは音の塊のようなものである。特にリベリオンのエンジンは、語尾に「!」一つ分のサナエの声よりも大きなアイドリング音を奏でていた。ドトンスイマーからすれば格好の目印である。
「とにかく、一度退いて体制を立て直しましょう!トーベさん、後ろに乗って!」
「承知いたしました」
二人を乗せたリベリオンが廊下を駆ける。だが、突如出現した壁がその行く手を遮った。
「ふぎゃあああっ!?」
地面から突如生えてきたのは土の壁であった。そこへ正面衝突したサナエたちはバイクから投げ出される。
「大丈夫ですか?サナエ様」
「くそーっ!これもあの魔女の能力なのかーっ!うひゃあ!?」
土の壁がサナエたちの後ろにも出現した。これでは逃げ場が無い。まさに密室に閉じ込められたも同然であった。
「あーっ!どうしよう!?地面がちょっとずつ柔らかくなっていくのがわかりますよーっ!何か!何か掴まることができるような物は!?」
「よろしいでしょうか?サナエ様」
トーベはあいかわらず落ち着いた声でサナエに声をかける。
「あなたがマサムネリベリオンをこちらへ呼んだのは、実に良い判断でございました」
「その名前を知っているということは、やっぱり、あなたはジュンコさんと知り合いだったのですねぇ……ってそんなこと言ってる場合じゃないでしょーっ!」
「すみません、サナエ様。つまり、ワタクシが言いたいのはこういうことなのでございます」
徐々に溶けつつある床から立ち上がったトーベが、先ほどの衝突のせいで落としてしまった散弾銃を拾い上げながら言った。
「マサムネリベリオンの能力があれば、我々はこの状況を切り抜けることができます」
その言葉を聞いた時、サナエは最初怪訝な顔をした。そして、リベリオンを見た。やがてサナエはトーベの真意を悟り、決意に満ちた表情でそのバイクに乗る。
「わかりましたよ、トーベさん!やりましょう、リベリオン!ワタシたちの力で、ドトンスイマーをやっつけるのです!」
リベリオンはその言葉に応えるように、甲高いエキゾーストノートを密室に響かせた。
それから少し時間がたった。
(……終わったか?)
ドトンスイマーは地中で注意深く耳を傾け、待っていた。
(あの執事は散弾銃を持っていた。それに、あの甲高い耳障りな声で喋るあの女も、何を隠し持っているかわからない。わざわざ俺から攻撃する必要はない。地面は溶かした……あとはあいつらが土に溺れ、音が聞こえなくなるのを、ただ待てばいい)
ドトンスイマーの耳にも、サナエのバイクが一際大きなエンジン音をあげるのが聞こえていた。だが、それも止まり、今はアイドリングの音さえ聞こえてこない。土の魔女は含み笑いをした。
(さっきのが最後の抵抗だったというわけだ。廊下を見る限り、壁や天井に掴まれそうな物は無かった。あの女が乗っているバイクにいくらパワーがあろうと、地面が溶けてしまえば脱出など不可能。やはり終わったようだな)
やがてドトンスイマーはサナエたちを閉じ込めていた密室の地面から顔を出す。360°見回してみたが、そこには誰も見えなかった。
「エンジン全開です!!」
「なっ!?」
突如密室に響くサナエの声にドトンスイマーは驚愕する。その声と、そしてマサムネリベリオンが狂ったように奏でる咆哮が聞こえてきたのは、密室の天井からであった。そのバイクは重力を無視して天井に張り付き、サナエとトーベの体重を支えている。サナエが叫んだ。
「大変身!!」
その言葉に反応して、リベリオンの各部を覆っているカウルが、甲冑のようにサナエの体を包み込んでいく。逆にネイキッドバイクへと姿を変えていくリベリオンは、側面に取り付けられた日本刀をアームで掴み、サナエの腰に装着した。装甲はやがて仮面のようにサナエの顔まで包み、大きな丸い目が緑色に発光して輝く。
「なんなんだ!?お前は!?」
「正義の魔人!スイギンスパーダ!」
中村サナエは悪魔人間である。しかし、その戦闘力はあまりにも心もとなかった。だがスーパーバイク、マサムネリベリオンの力を借り、強化服を身にまとうことでそれを補うことができる。その姿こそが、(自称)正義の魔人、スイギンスパーダだ。
「ちっ!」
「逃しません!」
「あがっ!?」
地中へ逃げようとするドトンスイマーの頭を、スパーダはバイクにまたがって上下逆さまになったまま、その両手で掴んだ。重機のようなパワーで頭を締め上げ、スイマーの体を地中から持ち上げていく。
「マサムネリベリオンは重力を無視して走るバイクであることを!そして、何よりワタシのことを知らないのは迂闊にもほどがありましたね!トーベさん!こういうの何って言うんですかね!?」
「敵を知り、己を知れば百戦して危うからず。敵を知らず己を知らざれば戦うごとに必ず危うし」
淡々と孫子の兵法の一節を暗唱したトーベは、バイクから手を離して、沼のようになっている地面にザブンと落ちた。
「招かれざるお客様」
体を徐々に沈めつつも、トーベは散弾銃の銃口を魔女の心臓へ向けて、正確に狙いをつける。
「お帰りは地獄でございます」
「やめろ!!よせ!!」
土の魔女が命乞いをしても、もう遅い。
散弾銃が火を吹き、銃弾が魔女の心臓を撃ち抜いた。やがてドトンスイマーは口から血を流し、絶望の表情を浮かべる。スイギンスパーダが彼女の頭から手を離すと、その体はそのまま地中へと沈んでいった。
「土葬は済みましたね」
「それよりもトーベさん!早くワタシの手に掴まって!」
スパーダはトーベの手を握ると、そのパワーで彼の体を地中から引き上げた。




