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最後の仕事をやり残していた時

「トーベさん」

「なんでしょうか、サナエ様?」

「あの……ワタシをどこへ連れて行くおつもりで?」


 トーベに案内されたサナエが想像していたのは、応接室へ通され、優雅に紅茶を飲んでいる自分の姿だ。お菓子がついているとなお良い。だが、前を歩くトーベは、地下へ続く石造りの階段を、ランタンをかざして淡々と歩いていく。自分が地下牢へ幽閉される光景を幻視したサナエが青ざめた。


「もしかして、ワタシなんかやっちゃいましたぁ!?」

「いいえ、滅相もないことでございます」


 トーベが地下室のとある扉の前で足を止める。


「お暇つぶしに、サナエ様にワタクシの仕事をご覧いただきたいと思っただけでございます」


 そう言って執事が扉を開くと、そこはまるで学校の理科室のようだった。ビーカーやフラスコが所狭しとならび、今もアルコールランプにあぶられた蒸留器が、小さな気泡をポコポコと浮かべている。色とりどりの薬品と乾燥させるために吊るされた薬草のそばに、魔導書グリモワールが置かれているのを見たサナエが一言つぶやく。


魔法薬ポーション……」

「その通りでございます」


 トーベがうやうやしく頭を下げた。


「サクラお嬢様の執事というのは、表向きの姿。お嬢様が閃光少女テッケンサイクロンとして活躍される裏で、ワタクシがこうして魔法薬を生成し、サポートしているのでございます」

「ワタシなんかに見せても良かったんですかぁ?機密情報じゃあないですか。……ハッ!?まさか!?」


 自分が毒薬を飲まされ、頭脳は大人のまま子供の体になる光景を幻視したサナエが青ざめた。


「ワタシは口封じをされてしまうのですかーっ!?」

「何を考えていらっしゃるのかまるでわかりませんが、おそらく、滅相もないことでございます。あなたに害を加えるつもりなどありません」


 トーベはいつもと変わらず、淡々とした調子でサナエに話しかける。


「あなたにワタクシの仕事場を拝見していただいたのは、ワタクシがあなたに親近感を持っている、ただそれだけの理由でございます」

「親近感?」


 含みのあるその言い方に疑問を感じたサナエがトーベの目を覗き込んだ。やがて、彼女は一つの結論へと達する。


「あなたも悪魔なんですね。人間社会に溶け込んでいる」

「その通りでございます」


 トーベがうやうやしく頭を下げた。


「その……サクラさんは知っているのですか?だって、悪魔といえば閃光少女の敵ですよね?」

「存じております。お嬢様も。そして、亡き先代様も」


 モノクルを外した執事が遠い目をする。


「ワタクシが子供の頃、川で溺れているところをお嬢様に救っていただいたのです。お嬢様は、すぐにワタクシが悪魔であることを見抜きました。ですが彼女は言いました。『最終戦争は終わったんや。こっから先はノーサイドやで』と。亡き先代様もご立派なお方でした。ワタクシが執事として働けるようになったのも、あの方のご指導のたまものというものです」

「あの……なんかいい話をされている感じのところ恐縮ですが、子供の頃にサクラさんに救われたってどういうことです?どう見てもあなたの方が歳上に見えますが?」

「こう見えて、生後4歳でございます」

「ええーっ!?」


 悪魔には常識が通用しないことに、悪魔人間であるサナエでさえ驚かざるを得なかった。


「お嬢様からは『宇宙一似合わへんわ、そのセリフ』と言われております」

「そうやろなー」


 サナエも思わず関西弁になった。


「お嬢様に、依頼された調査の結果を報告されるのですよね?」

「はい、そのつもりで来ました」


 トーベはしばし考えてからサナエに語りかける。


「先ほど申し上げた通り、サクラお嬢様は、本来はとても器の大きいお方です。ですが、お父上が亡くなってからというもの、復讐に我を忘れているように見える時がございます。身勝手なお願いではございますが、どうかその事をご容赦ください」

「ええ、わかりました」


 口では簡単に承諾したサナエであったが、実際トコヤミサイレンスに怒りを燃やすサクラを目の当たりにした時の様子を考えると、これはよほど慎重に言葉を選ばなければならないなと気を引き締めた。


「それでは、サナエ様。アカネ様のいる美術室へとご案内いたします。今からですと英語の授業ですが、教師役のキャサリンはフランクな方なので、同席していても構わないでしょう」

「オーイエー!」


 サナエはそれを聞いて喜んだ。


「ワタクシの方はお嬢様を車で迎えにまいりますので、すぐに失礼させていただきます。本日の天気は、まもなく雷雨になるでしょうからね」


 美術室ではアカネが椅子にもたれかかって呆然としていた。どうやら、日本史担当のメイドから、室町幕府末期の動乱を頭に叩き込まれたせいで、彼女の脳内もまたグルグルと混乱しているようだ。そこへ銀髪の少女が顔をのぞかせる。


「ノックしてモシモーシ!」

「あ、サナエさん!」


 アカネの表情が明るくなった。


「今日はどうしたの?」

「サクラさんに頼まれていた調査の件ですよ。例のバスジャック事件、かなり怪しい雰囲気になってきましたよ。水と土、二人の魔女が……」

「シッ……!」


 アカネが慌ててサナエの口を制する。少女たちがいる部屋へ英語担当のキャサリンが入ってきたからだ。彼女に自分たちの正体を知られるわけにはいかない。


「Englishでぇ~ス……」


 なぜかキャサリンは元気が無かった。それに、いつも一緒に入ってくるツグミがいない。


「ハウアーユー、キャサリン。どうしたんですか?元気がないですね。それに、ツグミちゃんは一緒じゃないんですか?」


 アカネがそう尋ねるとキャサリンはうなだれる。


「ツグミサン、庭ヲ散歩なう。サッキ外デ会イマシタ。何カ、思イダセソウッテブツブツ言ッテマシタ」


 アカネとサナエが顔を見合わせる。もちろん、二人はツグミが記憶喪失なのを知っている。もしかしたら、サクラの父親に関係することを思い出したのではないかと、二人は考えた。


「ダカラ、今日ハ糖分ナイデース。授業、メッチャキビシクシマース」

「ええっ!?」

「アナタタチは逃ゲラレナーイ」

「えっ!?ワタシもですかー!?オーノー!」


 巻き込まれたサナエが悲鳴をあげる横で、アカネがキャサリンに尋ねた。


「ねぇ、キャサリンさん。ツグミちゃん、他にも何か言っていませんでしたか?」

「ウーン、ソウデスネー。ソウイエバ、川をスゴク気にシテイマシタ」

「川?」

「屋敷の裏ニアリマース。ソノ川ガドコニ行クカ、スゴクスゴク、ワタシに聞イテマシタ」

「その川はどこへ続いているの?」

「自然公園デース」


 アカネもまた自分の記憶の糸をたぐった。たしか、ツグミが言っていたはずだ。自然公園の樹林で倒れていたところを、糸井アヤに拾われたのだ、と。


(そもそも、私は『村雨ツグミ』ではない)


 屋敷の裏にたたずんでいるツグミが、その事実を反芻する。


(偽名なんだ……私はこの屋敷に潜入する方法の一つとして、今のように、メイドとして雇われることも想定していたから。結局、その方法は使わなかったけれど……)


 やがて、大粒の雨が天から降り注いできた。それを意に介することなく、ツグミは目の前の川の流れを見つめている。


(間違いない。記憶を失う直前、私はここで仕事をしていた。暗闇姉妹としての仕事。戦っている最中に雷に打たれて、そのままこの川に流されていったんだ……)


 その時と同じように、空が光り、雷鳴が天地を貫いた。ツグミは意を決したように屋敷へ振り向く。


「間違いない!私には、やり残していた仕事がある!この屋敷には、魔女がいる!このままでは、サクラちゃんの命が危ない!」


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