必殺供養の時
その殺人は、今から数日前にさかのぼる。
バスジャックがあった日の深夜だ。病院である。
救急車で4人の男たちが運び込まれたのは、数時間前のことだ。グレンバーンにバスから放り投げられたマシンガンの男、テッケンサイクロンに殴り飛ばされたあげく暴走するバスに轢かれた強化服の男、同じくサイクロンの風圧カッターで指を切断された青年……比較的軽症なパソコンの男でさえ、閃光少女の掌底をまともに顎で受けているのである。4人全員が別々の病室で寝込んでいた。もちろん、病室の入り口で待機している、警察官たちによる厳重な監視付きで。
「ぐふ……ぐふふ……」
それでもなお、強化服を着ていた男は、全身の骨折の痛みに耐えながら不敵に笑う。
「グレンバーン……テッケンサイクロン……これで終わりだと思うなよ。俺たちには強力な後ろ盾がある。今に見ていろ。こんな監視……すぐに脱走させてくれるだろう。次はもっと強力な武器を準備して、あの閃光少女のガキどもを血祭りに……」
「いえいえ、お兄ちゃんたちはもうおしまいですぅ」
「……は?」
男はギプスがはめられた首をなんとか動かし、自分の病室を見回す。たしかに子供の声のようなものが聞こえたのだ。だが、誰もいない。
「お兄ちゃんたちの無能ぶりに、雇用主様はほとほと呆れられていいます。だから、お兄ちゃんたちはもうおしまい。ざーこ!ざーこ!」
「な、なんだ!?誰がいるんだ!?姿を現せ!」
「言われなくても……」
病室の床に、徐々に水たまりのようなものが広がった。水たまりはどんどん大きくなり、やがて重力に逆らって盛り上がる。大きく持ち上がった水は、やがて人間の少女の形となった。水の魔女が男に語りかける。
「見せてあげるよ。うふふ。末期の水ってやつ?お兄ちゃんに最後のキスをあげるのはアタイ……」
「な……!?まさか、俺たちを消しに来たのか!?やめろ!やめ……うげっ!?」
水の魔女が男の口に飛び込んだ。男がベッドの上にいながら肺に殺到する水によって溺れ、のたうち回る。異変に気がついた警官が病室に入った時には、すでに全てが終わっていた。そうして男たち4人全員がこの世から消されたのである。
「あ?なんだ?事件でもあったのか?」
トイレに行くため病室から出ていたダイゴは、慌てふためきながら病院の廊下を往復する警察官らを見て怪訝な顔をした。ダイゴが覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕されるのは時間の問題だとしても、これだけの警官がいるのはおかしい。というより、ダイゴなど眼中に無さそうではないか。
「は~い、お兄ちゃん」
「!?」
ダイゴがその声に振り返ると、廊下に水のような女の上半身だけが突き出ている。水の魔女が廊下に染み込むと、やがてサメの背びれの形になって、ダイゴに迫った。まるで昔見たパニックホラームービーのワンシーンのように。
「う、うわああああっ!?」
水でできたサメが飛び出し、ダイゴに飛びかかった。思わず尻もちをついたダイゴは、やがて水浸しになってその場に取り残される。
「うふふふふ!あははははっ!バーカ!バーカ!」
水の魔女は呆然とするダイゴを残して、高らかな笑いを響かせながら消えた。
「以上がワタシの想像です!」
「君の想像」
時は現在に戻る。金曜日である。すなわち、ツグミが立花家のメイドになり、アカネがそこで特別授業を受けるようになって数日後のことだ。
サクラに頼まれてバスジャック事件の黒幕を探っていたサナエは、まずはジュンコに調査結果を報告しているところだった。
「それは妄想ではないのかね?」
「いいえ!実際に水の魔女を目撃したダイゴ氏から聞いたのですよ!バスジャック犯たちの死因は、公式には心臓麻痺ということになっていますが、検視の結果は溺死です。ちゃんと調べたんですから!」
「でも、そのダイゴ君とやらは違法薬物所持の疑いで逮捕されたのだろう?その時は正気だったのかい?」
「むむむ」
その言葉にサナエが目を釣り上げる。
「では、こちらの映像をご覧いただきましょう!」
「なんだい?そのビデオテープは?」
「ミツルギ重工の警備室から失敬しました!」
ジュンコはそれを受けとると、ビデオテープを再生機器に入れた。
その映像に映っているのは、研究室の装置に繋がれた強化服である。その周りに、ミツルギ重工の社員らしき者が二名いる。
「バスジャック事件に使われた強化服じゃあないか」
「ええ、そうです。ミツルギ重工は関与を否定していますがね」
ジュンコたちが固唾をのんで映像を見守っていると、やがてそれは起こった。ジュンコが刮目する。
「なんだ?床が……!」
映像の中の社員たちが、音声こそ無いものの、悲鳴を上げた。彼らが立っている床が、突然沈み始めたのだ。というより、床がドロドロに溶けて、社員たちの体が沈んでいくのである。まるで底なし沼に落ちたかのように。やがて二人は絶望の表情を浮かべ、その顔さえ地の底へと吸い込まれていった。
「サナエ君、さっきの話と状況が違うんじゃあないか?これは水の魔女なんかじゃあないぞ」
「ええ、違うんですよ、ジュンコさん。魔女は二人いるんです!つまり、これは……土の魔女の仕業ということになりますね」
やがて床から、競泳水着のような衣装を身につけた魔法少女が上半身を出した。ゴーグルを外して、それがお目当ての物だと確認した魔女は強化服に手を伸ばす。やがて、土の魔女は強化服とともに、地面に潜ってその場から消えてしまった。
「あの二人はどうなったんだい?」
ジュンコが尋ねると、サナエは沈痛な面持ちで答える。
「死亡していました。ミツルギ重工が床を掘り返した時には。彼らはまるで、始めからコンクリートと一緒に流し込まれたかのように、地面に埋まっていたそうです。ミツルギ重工は事故として警察に届けていますけどね」
「水の魔女と、土の魔女。仮に、彼女らをスイセイスライムとドトンスイマーと呼称しようか。厄介な魔女が二人もいることになるな」
「厄介ですか」
「ああ、我々のチームメンバーの能力に対して、相性が悪すぎる」
スライムのように変幻自在な水の魔女には、物理攻撃は通用しない。グレンバーンの炎であれば効くだろうが、炎に対しては水の方が有利である。そして、土の魔女。彼女であれば、地面に潜ってしまえばグレンの炎は届かない。もっとも、こちらは地面から引きずり出せれば物理攻撃が通用するだろう。その方法があればだが。
「このビデオを複製するよ」
「サイクロンさんに渡すんですね」
「いや、もう一人」
「?」
ジュンコは所属と名前の書かれた紙切れをサナエに手渡した。
「城南署地域課の氷川シノブ巡査?」
サナエが読み上げながら怪訝な顔をする。
「もちろん我々の正体は隠したまま、コッソリとだ。ビデオを彼女の机の上に投げておけばいい。君なら簡単だろう?」
「この人は信用できるんですか?」
「ツグミ君が強盗を叩きのめした事件があっただろう?その時からの知り合いでね。ツグミ君のことをよく気にかけてくれているよ。今回ツグミ君を見つけてくれたのも彼女だし」
「わかりましたが、でもどうして?」
「彼女に、被害者の遺族へ本当の事を伝えてほしいのさ。病気でも、事故でもなく、あなたの家族や友人は魔女に殺されたんですよ、と」
「そうすれば、我々に天罰代行依頼がくると……こだわるんですね」
「こだわるさ」
ジュンコの視線が再びミツルギ重工の映像に移る。おそらくは、同じ映像を警備室で見ていたのだろう。警備員が誰もいなくなった研究室に飛び込み、床を拳で叩いて何かを叫んでいる様子が、音声の無いビデオにずっと映っていた。
「なぁ、サナエ君。我々が初めて仕事をした時、アカネ君が仕事料の受け取りを拒否したのを憶えているかい?」
「はい」
「でも、最後には自分から仕事料を受け取ったよ。このお金には、追いつめられた人たちの泣き声がこめられているんだ。私たちがそれを聞かなくてどうするんだ、ってね」
ジュンコはビデオを止めた。これからそれを複製しなければならない。
「私なりに、その意味を考えてみたんだよ。私たちが人でなしの魔法少女を殺す。ただそれだけでは、被害者たちにとっては、自分たちとは関係の無い誰かが、自分たちとは関係の無い殺しをしたにすぎない。仕事料を受けとるのは、彼らにも天罰代行に参加してもらうという意味があるのだ、と」
「なるほど……そういう考えは思いつきませんでしたよ。それが『泣き声』ってことなんですね」
やがて、ジュンコから複製したビデオテープ2本を受け取ったサナエは、バイクにまたがってジュンコの工場から出ていった。一人になったジュンコはマグカップのコーヒーを飲みながら、再びミツルギ重工のビデオを再生する。
「泣き声見捨てておかれようか。一太刀浴びせて一供養。二太刀浴びせて二供養……」
そんな詩のようなものを口ずさみながら。




