TopSecretの時
その日以来、アカネは再び規則正しく朝起きるようになり、朝食を食べた後に制服に着替えた。サクラの屋敷に通うためである。べつに私服でもいいのだが、自分なりに礼儀を正そうと思えば、この格好が今のところ妥当ではないかと思ったからだ。
「おはようございます、アカネ様」
「おはようございます!トーベさん!」
アカネがアパートの階段を降りると、紳士的な執事が待機している。彼の運転する車でアカネは立花邸まで送ってもらうのだ。
「あれ?でもトーベさんがここにいるってことは、立花さんは誰が車で学校に送るんですか?」
「本日からバスで通学されるそうです」
トーベはアカネを後部座席へエスコートしたあと、運転席に座ってから続きを語る。
「お嬢様曰く、みなさまと同じがいいということで。幸い、今はツグミさんがいらっしゃいます。彼女と一緒に、今頃バスで学校に向かわれているはずです。ゆくゆくはお一人で通学されるようになるでしょう」
「そうですかぁ」
アカネは、サクラなりにクラスメイトたちに馴染もうと努力している様子を聞いて、嬉しく思った。もっとも、実際はそこまで殊勝な様子ではない。
「なーなー!見て見てー!」
「ちょっ、ちょっと……!」
「?」
教室のドアを開けたサクラは、何かを引っ張りながら中へ入ってきた。メイド服のツグミである。
「あ、かわいいー!」
「誰この子!?」
「ウチの新しいメイドさんやで~!」
ツグミを見て黄色い声をあげる女子たちに向かって、サクラが誇らしげに言った。
「村雨ツグミです。お嬢様がお世話になっております」
「きゃー!」
ツグミが頭を下げると、女子たちから歓声があがった。ツグミが赤くなった。
「で、では私はこれで失礼します!」
「おおきにな~!」
ツグミは小動物のように教室から逃げ去った。あまりチヤホヤされることには慣れていないようだ。もっとも、屋敷に帰ったら帰ったで、先輩メイドたちから似たような愛で方をされるのではあるが。
さて、立花邸である。
「第一限、国語の時間でございます」
屋敷の美術室へ通されたアカネは、そこでメイドたちから講義を受ける事になっているのだ。しかも、ハイレベルな。
「これも全て、お嬢様のために骨を折ってくださったアカネ様に報いるためです」
トーベはそう説明する。
「アカネ様が謹慎処分を受ける前よりも、一層学力を上げていただけるようワタクシたちは努力させていただく所存です」
「ハイ、アリガトウゴザイマス……」
余談だが、アカネの学力は中の下くらいである。本人は「閃光少女として活動してたから勉強があまりできなかったのよ!」とよくオトハに言い訳をしていたが、同じく閃光少女であるそのオトハが国立工業高等専門学校に入学しているのだから、単純に勉強が苦手なのだと解釈すべきだろう。
(ああ……今日はいい天気ね……)
アカネがボンヤリ窓の外を見ると、教師役のメイドから喝が入る。
「アカネさん!集中してください!」
「次は第二限、数学でございます」
教師役のメイドが入れ替わった。この時間であればツグミも学校から帰って来ているはずだが、アカネが顔を合わせることができたのは昼食の時である。
「お食事の準備ができました」
アカネが応接室で待っていると、そう告げるメイド長のマリアと、ワゴンを押すツグミが入ってきた。ワゴンには、銀色の蓋がかぶせられた料理が乗っている。アカネが少し緊張した。
「本日の昼食はツグミさんが作られたんですよ」
「はい、アカネちゃんの好物……で、ございます」
ツグミが料理の蓋を取ると、そこから牛肉で作った他人丼が姿を表す。
(ああ、よかった!箸で食べられる料理で!)
アカネは安堵した。というのも、昨日の昼食ではテーブルマナーがわからず、四苦八苦しながらフランス料理を食べるはめになったからだ。もちろん、自分のために昼食を用意してもらったのだから何一つ文句などつけられないが、それでも箸で食べられる料理の方がアカネの性に合っている。
「アカネ様は今、『ああ、よかった!箸で食べられる料理で!』と内心思いましたね?」
「ギクッ!?」
メイド長に顔に書かれていた文字を読まれたらしい。
「ふふふ、食事は楽しむべきもの。マナーを気にし過ぎるのは本末転倒でございますわ。ですが、レディーたるもの最低限の慎みは憶えておかなければ。明日から洋食と和食を交互にお出しいたしますので、少しずつテーブルマナーを身につけていきましょう」
「あ、はい……恐れ入ります……」
アカネが頭を下げると、ツグミがワゴンを押して部屋から出ていこうとする。その背中にアカネが声をかけた。
「ねぇ、ツグミちゃん。一緒に食べないの?」
「ええっと……」
ツグミがためらうようにメイド長へ目線を向けると、彼女は笑顔でうなずいた。
「ええ、いいですとも。お客様に相伴を求められたら、それに応じるのもまたメイドの仕事。それに、友人としてもそうしてあげなさい」
「はい!ありがとうございます!」
メイド長の許可を得たツグミは、いそいそと自分の分の他人丼を持って部屋に帰ってきた。その様子を、目を細めて見ていたメイド長が、やがて頭を下げて退室する。
「それでは、どうぞ、ごゆっくり……」
「昨日の夜、サクラちゃんが話してくれたよ。あの子がテッケンサイクロンっていう閃光少女だって」
「へぇ。なんというか、口が軽いわね。まさか、ツグミちゃんが魔法少女だってことは知らないんでしょ?」
「うん。それは、秘密」
二人きりになったツグミとアカネは、情報交換を始めた。サクラ本人が自分の正体をツグミに明かした以上は、昨日の本郷寺での件を話しても差し支えはないはずだ。
「バスジャック……そんなことがあったんだね」
とツグミ。
「サナエさんが色々と調べてくれているところよ。でも、危険な香りがするわ。ただの犯罪者ならクライムファイターの出番だけど、もしもその裏で糸を引いている魔法少女がいるとしたら……アタシたちの仕事になるかも。暗闇姉妹としての、ね」
「アカネちゃんは、暗闇姉妹とクライムファイターだったら、どっちがいいの?」
「……正直に言うと、クライムファイターって、すごくやりがいを感じるわ。だけど、アタシは、アタシの力を必要とする人たちのために戦うだけよ」
「そっかぁ」
「だからツグミちゃん」
「ん?」
「もっとアタシを欲しがりなさい」
アカネがそう言うと、ツグミは目をパチクリさせた。やがてニッコリと微笑む。
「なぁにそれ?もしかして口説いてるの?」
「ちがうわよ、おバカ!」
「アカネちゃんはとんだ女たらしやでぇ」
「やめなさいったら!」
サクラの口真似をするツグミは、食器を片付けて部屋を後にした。
午後からも精鋭メイドチームによる講義は続く。最後は英語だ。
「Englishデース」
「糖分でーす」
金髪のメイドと一緒にツグミがクッキーを持って入ってきた。
「糖分って?」
「おやつを作ってきたの」
「イタダキマショーウ!」
ハイテンションな英語教師役の金髪メイドも「役得デース!」と言いながら一緒にクッキーをつまんだ。名前はキャサリンである。自由の国アメリカからやってきた彼女は、授業も自由な対話形式を好むようだ。
「キャサリンさんは、立花さんのお父さんが亡くなられた時のこと、憶えていますか?」
「モチロンデース。デモ、Why?」
「いえ、その……何か変わったことは無かったのかなって。立花さんとは友だちですから、気になって」
実はこの質問は、アカネが今朝から教師役のメイドたち全員に聞いていることである。だが、どのメイドも、それについては答えないか、月並みな回答しか帰ってこなかった。「我々は総帥のご冥福を心よりお祈りしています」とか。
だが、キャサリンの反応は今までのメイドたちとは違った。アカネのその問いにキャサリンはしばらく考え、やがて口を開いた。
「ココダケノStory……サクラオ嬢サマハ、閃光少女デスネ」
「えっ?」
アカネは驚いた。てっきり家のメイドたちにも秘密にしていると思っていたからだ。
「ワタシハ、メイド長ガ話シテイルノヲ聞イテ、偶然知ッテシマイマシタ。他ノPeopleニハSecret……OK?」
「お……オフコース」
アカネが『もちろん』という意味のカタコト英語でそう答えると、キャサリンが小声で語り始めた。
「オ嬢サマハ、クライムファイター、トシテ犯罪者ト戦ッテイマシタ。Her Fatherモ協力シテイタノデース。ソシテFatherはキヅキマシタ。立花財閥ノSomebodyガ犯罪組織ヲ支援シテイル……ト」
「ええっと……ツグミちゃん。サンバディーって何?」
「誰か」
ツグミが話を要約する。
「立花財閥の誰かが、犯罪者を支援しているんだって。サクラちゃんのお父さんが、それに気づいた……ということ」
そう聞いたアカネは驚いた。まさに獅子身中の虫とはこのことだ。
「まさか、サクラのお父さんは、その誰かに口封じで殺されたの!?」
「Maybe……タブン」
キャサリンは自信無さそうに口にする。
「オ嬢サマニハ話セマセン。モシモ知ッタラ、オ嬢サマモ狙ワレルカモ……ソレニ、ソモソモ、ワタシガ閃光少女テッケンサイクロンIsオ嬢サマダト知ッテイルコト自体ガTop Secretデース。アナタタチハ絶対ニ無関係ダト思ウカラ話シマシタ。モシモ、ワタシノ話ガSomebodyニバレタラ、ワタシモ、オダブツデース」
「え、ええ、わかったわよ、キャサリンさん」
キャサリンは続ける。
「Somebodyハ恐ロシイ魔女ヲ雇ッテイマース。Her name isトコヤミサイレンス。彼女ニ狙ワレタラ、誰モ生キ残ルコトハデキナーイ!恐ロシイデスネ……」
アカネは、その部分だけは肯定できなかった。当のツグミは、ただ黙って耳を傾けているだけであったが、キャサリンはツグミに懇願する。
「ツグミサン、今ノ話ハ特ニ、メイド長ニハ絶対ニ言ワナイデクダサイネ?イイデスカ?絶対ニ言ワナイデクダサイネ?」
ツグミは笑顔で答えた。
「わかりました」




