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私の嘘がバレた時

「ツグミさんは、家事は得意ですか?料理などは?」

「はい。洗濯とか掃除とか、なんでもやります。あと家庭菜園も以前やっていました。料理も好きです。お菓子も作れますよ」

「得意料理はありますか?」


 メイド長からそう質問を受けたツグミが、はにかみながら答える。


「その……他人丼が得意です」

「他人丼?なんですか、それは?」

「残り物の食材を卵にとじてご飯の上にかけるんです。鶏肉じゃないから、他人丼。その……以前、居候していた家の子の好物でした」

(それアタシのことじゃなーい!)


 アカネの顔が赤くなった。


「それに……裁縫も得意です。以前、居候していた家の子が、頻繁にズボンのお尻を破いていたので」

(それもアタシのことじゃなーい!!)


 アカネの顔がもっと赤くなった。


「あはは!その子たぶんお尻がごっつ大きかったんやろなぁ!……痛っ!?」


 やっと喋れるようになったアカネが、ビシッとサクラの頭を叩いた。さらにツグミを指さして叫ぶ。


「ダメよ!この子を雇ってはいけないわ!」

「なんでや、アカネちゃん?庶民的でええやんか」


 サクラはツグミが気に入っている様子である。メイド長の反応も悪くない。アカネの教育係として並んでいたメイド5名ときたら、まるで教室に野良犬が入ってきた中学生のような顔をしていた。職務さえなければツグミを撫で回しそうな表情だ。


「この子は家出少女なのよ!早く家に帰してあげなくっちゃ!」

「ちがうもん!ちゃんとお母さんの許可はもらってるもん!」

「お母さん!?」


 ツグミの反論にアカネの声が裏返った。


「ええ、たしかに。アタクシは保護者である西様から『娘同然の子でねぇ。よろしく頼むよ』と言付かっております」


 西様、とは西ジュンコのことだろう。


(ハカセの仕業なの!?)


 アカネにはその理由がまったく想像つかない。


「もう!なんでアカネちゃんは私の就職の邪魔をするの!?」


 ツグミはとうとう怒った。


「な、なんや?自分ら知り合いか?」

「う、うーん……」


 アカネは渋々うなずく。とにかく、ツグミを立花家のメイドにするわけにはいかない。


 アカネがツグミの邪魔をする理由は決まっている。ツグミの正体は魔法少女の処刑人、トコヤミサイレンスなのだ。テッケンサイクロンことサクラが親の仇と狙っている、まさにその相手なのである。


「住み込みで働かせていただけると聞いていたのですが……?」


 そう尋ねるツグミにメイド長は優しく答えた。


「もちろんですよ。部屋はたくさん空いていますからね」


 アカネは頭を抱えるしかない。親の仇と(少なくともサクラはそう思っている相手と)一つ屋根の下。何も起きない方が不思議だ。


(あ、そうだわ!)


 妙案を思いついたアカネはサクラに提案する。


「サクラ!その子の強さを見たいわ!」

「なんやて?」

「メイドたる者、いざという時は体を張ってあなたを守れなくちゃいけないでしょ?」

「せ、せやろか?でもウチは……うーん……」


 閃光少女にボディーガードなど必要なはずがない。だが、どうやらサクラは、自分が閃光少女テッケンサイクロンであることは、メイド長のほか、立花家の少数の者にしか明かしていないようだ。その証拠に、後ろで控えていたメイドたちが提言する。


「恐れながら、私たちもその考えに同意いたします」

「お嬢様をいざという時にお守りするために、我々もトレーニングを欠かしていません」

「ムエタイ、レスリング、ボクシング……」

「武器の扱いも一通りではないのです」

「Si vis pacem, para bellum(平和を欲するなら戦いに備えるべし)」


「そうですね……」


 サクラの正体を知っているメイド長も、この提言を却下する理由付けが難しいと思ったようだ。


「それでは、アタクシがお相手を」


 そう言いかけたところで、アカネが勢いよく立ち上がる。


「アタシが戦います!」

「はい?」

「メイド長さんは、アタシの目からも厳しくチェックしてくださいって言いましたよね?今がその時です!」


 そう言うやアカネは、さっそくその場で柔軟体操をはじめた。彼女の体のしなやかさに、後ろで控える武闘派メイドたちも感心を隠せない。


(ちょっと懲らしめてやりたいわ)


 ツグミを、である。自分たちに黙って失踪しただけでも許せないのに、自分を仇と狙う相手に自ら近づこうとしている。もっともツグミがそのことを知っているかはわからないのだが、とにかく叩いてでも立花家から追い出すほか仕方がない。

 さきほどから無言で見つめていただけのツグミも、軽く首を回した。


「いいよ、やろう。私も……ちょっと腹がたってきたよ」


「仕方がありませんねぇ……ですが、よろしいですか二人とも。あくまで、格闘の素質を見極めるだけですからね?お互いに怪我をさせるような真似はしないこと。いいですね?」

「いいわよ!」

「…………」

「では、始め!」


 メイド長の合図を聞いたアカネは、普段より懐を深くして構えた。ツグミは打撃も強いが、何よりも怖いのは組技である。彼女が遣う独特の低空タックルを捌くために姿勢も低くした。だが……


(えっ……!?)


 ツグミは無造作にアカネに歩み寄ってきた。そして、何の備えもせずに、アカネの襟を掴もうとする。アカネの体が思わず反応した。


「おらっ!」


 アカネの手のひらが勢いよくツグミの頬を叩いた。ビンタである。当たり前だが、ツグミをグーパンチする気などさらさらない。だが、頬を叩かれたツグミは、よろよろと後ずさって、その場で尻もちをついた。


「痛―い!ひどいよぉ……アカネちゃん……」


 ツグミが打たれた箇所を手で押さえながら涙を流すと、冷たい視線が一斉にアカネに刺さった。


「アカネちゃん……さすがにそれはないわぁ……」


 かわいそうである。そんな感情を無言の視線で訴えるのは他のメイドたちも同様であった。ずっと表情が変わらないのは、執事のトーベ・ウインターただ一人。


「あ、いえ、その、ごめん!こんなつもりじゃなくって……」


 アカネ釈明しようとするその瞬間、彼女のお腹に、何かが勢いよくぶつかってきた。


「えっ……?」


 ツグミである。タックルでアカネをひっくり返した小柄な少女は、身動きがとれないように相手の体をしっかりと押さえつけた後、偽りの涙を顔から拭いさった。


「私の作戦勝ち」

「ウソでしょ!?」


 ツグミがアカネの上からささやく。


「降参する?」

「誰が降参なんか……ああああ!!」

「あははは!アカネちゃんの体が面白い方向に曲がっとるでー!」


 サクラはエビ反り固めの変形技を受けるアカネを笑いながら見ていたが、メイド長の方は呆れた顔をして二人を引き離した。


「はいはい、もうそのへんにしておきましょう。ツグミさんの素質は十分わかりましたから」

「ええっと……それじゃあ?」


 ツグミがおずおずと結果を尋ねると、サクラが笑顔で答えた。


「もちろん、ウチのメイドに合格や!さっそく今日からでも働いてもらうで~」

「ありがとうございます!」


 ツグミがそうやって頭を下げている一方、床から立ち上がったアカネは不貞腐れた顔のまま応接室を出ようとする。


「あ、アカネちゃん。どこ行くんや?」

「……ちょっと外で頭を冷やしてくるわ」


 そう言うと振り返りもせず、アカネは屋敷の外まで歩いて出ていった。


「ちょっと!どういうことなのハカセ!ホウレンソウはどうなっているのよ!ホウレンソウは!」

「急に何だいアカネ君?私は八百屋ではないんだよ。おひたしが食べたいなら他をあたってくれたまえ」

「報告・連絡・相談のことよ!」


 屋敷の中庭でアカネが携帯電話に怒鳴る。幸い、その広い庭に今は人影が無かった。電話の向こうにいるのは、もちろんジュンコである。


「どうしてツグミちゃんのことを黙っていたんですか!?それに、どういうことですか!?ツグミちゃんを立花家のメイドにするって!?」

「もちろん君に今朝話そうとしたさ。だけど、サナエ君が捕まってそれどころじゃなくなったんだよ」

「もう!……ところで、サナエさんから連絡はあったの?」

「ああ、事情は把握したよ。なるほど立花サクラがテッケンサイクロン……」

「知らなかったんですね」

「ああ、そうだ」


 ジュンコが経緯を説明する。


「ツグミ君が帰ってきたのは昨晩のことなんだ。その時には、サナエ君にテッケンサイクロンの調査を頼んでいた。だからツグミ君の方に立花サクラの調査を頼んだのだよ。住み込みのメイドとしてね」

「ちょっと待ってください。その時点では、ハカセはサイクロンとサクラが同一人物だと思っていなかったんですよね?」

「そうさ。もしもそうだと知っていたら、調査するのはサナエ君一人で事足りるわけだからねぇ」

「じゃあ、どうしてサクラの調査を?」

「私は『天罰必中暗闇姉妹』にトコヤミサイレンスの殺害予告をした人物が、立花サクラであることを把握している」


 そのホームページを作ったのはジュンコだ。誰かが書き込めば、その人物の住所を割り出すくらい朝飯前である。


「立花家には我々へ情報提供をしてくれる人物がいる。実は私の友人がそこで仕事をしていてねぇ。それでハッキリしたのさ」

「誰なんですか?」

「……言ってもいいが、君は嘘が下手だろう。知らないフリができるかい?」

「うーん、あまり自信がないかも」


 アカネは、その人物についてはそれ以上聞かないことにした。


「でも、危ないですよ。サクラは閃光少女なんですから」

「たしかにそうかもしれない。だが、私はこう思う。ツグミ君自身の手で濡れ衣を晴らすチャンスなんじゃないかと」

「濡れ衣?」

「ああ、もちろん。君も、まさか本当にツグミ君が立花サクラの父親を殺害したとは思っていないんだろう?」

「……うん」


 アカネはジュンコも同じように考えていたことに対して、少し安心した。


「だが、ツグミ君の考えはどうかな。察するに、君は今立花家にいるんだろう?ツグミ君に聞いてみてくれたまえ」

「了解。ちょうどツグミちゃんがこっちに歩いてきたところですし……」


 携帯電話を切ったアカネは、メイド服姿のツグミと向き合った。


「ハカセから事情を聞いたわ。サクラの仇討ちの件、ツグミちゃんが調べるって」

「うん」


 二人の間に、しばし沈黙が流れる。


「アタシは、ツグミちゃんが理由もなく誰かを殺すとは思えない。だけど、教えて。サクラのお父さんを殺したのは、あなたなの?」

「わからない」


 ツグミは首を振る。


「憶えていないの。でも……私は誰を殺していても不思議ではないと思う」

「じゃあ、もしもサクラの仇がツグミちゃんだったら、どうするの?サクラは閃光少女なのよ?」


 それはツグミにとって初耳だった。だが、それでもツグミの答えは変わらない。


「トコヤミサイレンスを殺すって……もしもサクラちゃんのお父さんを殺したのが私だったとしたら、サクラちゃんにはそれをする当然の権利があるよ」

「じゃあ、大人しく殺されるつもりなの?」

「それも違う」


 ツグミがハッキリと否定する。


「戦うよ。サクラちゃんが何者であろうとも。私は、今は死ぬわけにはいかない。私が私の約束を果たすために、オウゴンサンデーをこの手で殺さなければならないから。アヤちゃんを助けないといけないから……!」

「そう……」


 アカネが複雑そうな顔をしていると、ツグミが頭を下げた。


「ごめんね、アカネちゃん。みんなにも。黙って出て行っちゃって」

「いいのよ……いや、良くないけれど。でも、なんというか……辛いのはよくわかっているから。ツバメちゃんのこと……今でも辛いんでしょ?」

「うん、辛い」


 ツグミが素直にうなずいた。


「死んでしまった人間は、どんな魔法でも生きかえらせることはできない。でも、死んだ人間は、完全に消え去ってしまうわけではない。天国の誰かを想う時、その人は私たちのそばに、そっと立っている。そう思うから、私は前に進むよ」

「わかった。でも、無茶はしないでね」


 アカネの言葉を聞くと、ツグミはくるりとアカネに背を向けて屋敷に帰ろうとする。だが、ふと何か思い出したらしく、すぐに振り返った。


「あ、そうだアカネちゃん!私、お昼ごはんの準備ができてるよって、呼びに来たんだった!」

「あ、そうなの?もうそんな時間」


 ツグミとアカネは微笑み合いながら、一緒に屋敷へ入っていった。


 屋敷に入ると、サクラが腕組みをして二人を待っていた。


「ツグミちゃ~ん!嘘をついたらあかんで~?」

「えっ!?」


 ツグミがドキリとした様子で小さく飛び跳ねる。アカネも体が固くなった。まさか、もうツグミの正体がバレたのだろうか?


「自分、本当は18歳やんか。なんで2歳だけサバ読んでんねん。もう今さらちゃん付けはやめられへんよ~?『ツグミちゃん』で通させてもらうで~」

(ああ、なんだ。そんなことか)


 アカネは恥ずかしそうに顔を赤くしているツグミを肘でつつく。


「嘘はだめよ?ツ・グ・ミ・ちゃん?」

「は、はい……」


 ツグミが恥ずかしそうにそう答えると、アカネとサクラは大笑いした。


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