メイド入門の時
「せや。サナエさんとか言うたな、あんた」
サクラがそう言ってサナエに声をかける。
「探偵なんやろ?トコヤミサイレンスの居場所を突き止めてくれへんか?」
「はい!任せてください!」
「なっ!?」
即答するサナエにアカネが閉口する。
「安請け合いするんじゃないわよ!」
「なんや、アカネちゃん?なんか困ることでもあるんか?」
「それは、その……危険だからよ!」
ツグミとサクラが出会ったら、である。ツグミがどうするかはわからないが、少なくともサクラはツグミを殺そうとするだろう。だが、アカネのその言葉を、魔法少女の殺し屋であるトコヤミサイレンスを探るのは命がけだから、という意味でサクラは解釈したようだ。
サナエが反駁する。
「安請け合いなんかじゃありませんよ!」
サナエがツグミを探すというのは、嘘ではない。今はサイクロンを探っていたところだが、そもそも失踪したツグミを探し出すのは、サナエの仕事の一つであった。もちろん、ツグミを差し出す気はないので方便には違いないが。
「それと、もう一つええやろか?」
サクラが新聞紙を取り出す。そこには、グレンたちが戦ったバスジャック事件の事が一面に書かれていた。城南地区の新聞社は大阪のそれよりおカタイのか、閃光少女たちの活躍には触れられていなかったが。
「犯人たちは……全員死亡……!」
サナエが新聞紙の隅に書かれているその情報を読み上げると、アカネがたじろいだ。
「そんな……手加減したつもりだったけど、死んじゃったなんて!」
「落ち着いてや、アカネちゃん」
サクラがなだめる。
「ウチらのせいやない。犯人たちは、警察に捕まった時は生きとったんや。ウチに殴られて、バスに轢かれた強化服の男でさえな。せやけど、犯人全員とも入院は避けられへんかった。その病院で、一人残らず……」
「殺された、と」
サナエが言葉を継いだ。
「死因は心臓麻痺っちゅうことになっとる。なんか怪しいで、これ」
「何か手がかりは無かったの?犯人たちのパソコンが残ってたでしょ?」
「ダメやった」
サクラが首をふる。
「丁寧に証拠を隠滅しとる。第一、ネット銀行の口座。あれはまったく事件に関係ない別のおっさんの口座や。可哀想に、勝手に身代金の口座に使われたあげく、元々の貯金もみんな引き落とされよった。つまり、実行犯とは別に黒幕がおるんや。そもそも、マシンガンやら爆弾やら、あげくに強化服まで用意できるのは異常やで。あの男たちは利用されたあげくに口封じされた。これは並の犯罪やないなぁ……」
それを聞いたサナエはごくりとつばを飲んだ。
「なにか手がかりはあるのでしょうか?」
「強化服」
そう言うとサクラは茶色い封筒をサナエに手渡した。
「あの強化服は、自衛隊からの要望でミツルギ重工が開発中だったもんや。ウチら、つまり、立花財閥も出資しとる。資料はこの中に入っとるで。本当は別の人に頼もうか思うとったけれど、あんたと会ったのも何かの縁や。調べてくれるか?」
「わかりました!鉄の船に乗ったつもりで安心してください!」
「ははは!その船、沈まへんやろなぁ?」
茶封筒を受け取ったサナエは、懐から小さな筒のような物を取り出すと、それを勢いよく吹いた。
「サナエさん、何よそれ?」
「犬笛です」
犬笛とは、人間には聞こえないが犬には聞こえる周波数の音を出す笛である。アカネには音が聞こえなかったが、サナエのスーパーバイク、マサムネリベリオンには聞こえたようだ。エンジン音がサナエたちに近づいてくる。
「こらあああっ!!」
だが、疾走してくるリベリオンの後ろから、同じ勢いで老僧が追いかけてきた。
「神聖な境内でなにしてくれとるんじゃボケえええっ!!」
「うわあああっ!?ごめんなさーい!!」
サナエは文字通りリベリオンに飛び乗ると、甲高い排気音と、それにも負けない老僧の怒鳴り声を残して去っていった。
「なんや、面白かったな、あの子」
サクラはサナエを見送りながら、ケラケラ笑った。
「サナエさんを信じてくれて、ありがとう」
「ええんや。まぁ、アカネちゃんの連れやしなぁ。それにしても、あの子は何なん?魔法少女にしては、閃光少女とも魔女ともなんか違う気がするけれど」
「そうね、一味違うのよ。でも、あの明るさに助けられることも多いわ」
「せやろな」
サクラはそれ以上詮索しなかった。それが魔法少女の嗜みというものである。もっとも、サナエの方は後でジュンコにベラベラと事情を喋るだろうから、そこは申し訳ないとアカネは心の中で謝るしかなかった。
ところで……とサクラはアカネに切り出す。
「アカネちゃん、これからウチの家に遊びにけえへんか?」
「え?あなたの家に?」
「言うちゃ悪いけど、行くところも無いやろ?」
アカネが謹慎中だからである。
「それに、学校の事についても話したいことがあんねん」
「いいわよ。ここから遠いのかしら?」
「そうでもないで。飛んで30分くらいや」
「飛んで?」
本郷寺から出て、サクラと一緒にしばらく歩いていったアカネは、その言葉の意味をようやく理解した。広々と続く草原に一台、ヘリコプターが置かれていたからだ。
「お嬢様―!」
遠くからメイドが一人、サクラに向けて手を振っている。どうやら彼女が操縦するらしい。
「あなたの家……なんだか、すごそうね。ヘリコプターを操縦するメイドさんなんて聞いたこともないわよ」
「いや~それほどでもないで~」
サクラは褒められて嬉しそうにしている。
「でもなぁ、アカネちゃんが前に言うた通り、ちょっとは『みんなの気持ち』ってやつを知りたいと思う。せやから、なんというか、この街に住んでて、ウチらに近い歳の子を新しくメイドに雇いたいと思うてんねん。そうしたら、少しはそういうのもわかるかなって。その……」
「庶民的な感覚ってやつ?まぁ、いいんじゃない」
アカネは深く考えることもなく同意した。
やがてアカネたちを乗せたヘリコプターが、広壮な屋敷の屋上にある、ヘリポートに着陸した。
ヘリコプターに初めて乗ったアカネが、慣れた足どりのサクラの後から、よたよたしながら降りる。
「ここがサクラの家……」
その規模にアカネは圧倒されるしかなかった。
「学校よりも広いわ……」
アカネの語彙力ではそれが精一杯である。
「あんたが恐竜を飼っているって言っても驚かないわよ」
「はははは!そんなわけないやろ!」
ヴェロキラプトルのかわりに「おかえりなさいませ」と頭を下げるメイドたちの列が続き、その奥から、ブラキオサウルスではなく、褐色の肌をした背の高いスキンヘッドの男性が歩いてくる。モノクルが光るその顔は日本人には見えなかったが、流暢な日本語でサクラたちを出迎えた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。そして、鷲田アカネ様。ようこそお越しくださいました」
「アタシのことを知ってたの?」
アカネがそう問うと、サクラがその肩を掌の背で軽く叩いた。
「ウチの執事さんやん、一度学校で会っとるで」
「トーベ・ウインターと申します。お嬢様の昼食時に一度お顔を拝見いたしました。その際、お嬢様のクラスメイトの顔は全員憶えさせていただいております」
「はぁ、どうも」
アカネもトーベにお辞儀を返した。そういえば見覚えがあるかもしれないなとアカネは思う。興味のない人間は眼中にも入らないのがアカネの悪いクセであった。
「まずはお部屋へ案内します」
慇懃な執事に連れられたアカネたちが入ったのは応接室である。柔らかすぎるソファーにしばらく悪戦苦闘していたアカネであったが、やがて腰を落ちつかせてサクラに尋ねた。
「そういえば、学校のことで話があるって言ってたわね?まさか、あなたも何か言われたの?」
そうなったらアカネとしても辛い。だが、サクラは首を振った。
「ウチは何も。それより、アカネちゃんの謹慎処分が無しになるで!」
「え?」
「ワタクシどもが弁護士に相談いたしました」
そう口にする執事のトーベをアカネは見る。
「結論だけ簡潔に申し上げましょう。まず神取様のご家族とは和解が成立。城南高校側については、今回の謹慎処分は違法ではないかと関係者と話しあった上で、ひとまず謹慎処分は取り消し。アカネ様が謹慎されていた期間もまた、出席扱いになる予定です。ですが、もしもアカネ様がご不満であれば、このまま裁判の手続きを……」
「いいえ、とんでもない!アタシなんかにもったいないです!」
アカネは慌ててブンブンと手を振った。
「本当に……アタシなんかのために、ありがとうございます」
「ええよ、ええよ」
サクラが代わりに答えた。
「アカネちゃんはアカネちゃんができるやり方でウチを助けてくれた。ウチも、ウチができるやり方でアカネちゃんを助けんとな」
「ですが、謹慎処分は今週一杯続けていただきます」
「え、そうなんですか?」
トーベの言葉に、アカネは少し驚く。
「明日から学校……ではないんですね。いえ、そもそもいつまで謹慎処分になるかわからない状態でしたから、今週だけで済むのは、すごくありがたいのですが……」
「理由があるのです」
トーベがパチン!と指を鳴らすと、5名のメイドが応接室に入ってきた。それぞれのメイドが、何やら分厚い本を手にしている。
「アカネ様には、これから一週間みっちり勉強をしていただきます」
「はい?」
5人のメイドが次々と一歩前に出る。
「国語です」
「数学です」
「理科」
「社会」
「English」
英語の教師役が最後に前に出たところで、トーベが説明する。
「アカネ様が学校をお休みされたことで、今後の学業に支障が出てはいけません。謹慎処分の前よりも、ずっと学力が上がるよう、こちらで取り計らせていただきます」
「えーっ……」
アカネは自分でも、自分の顔が引きつるのがわかった。その気持を知ってか知らずか、サクラがドヤ顔で言う。
「立花家のために骨を折ってくれた者には、その前よりも豊かになってもらう。それがウチの家訓なんや。まぁ、みっちり勉強してや~」
「お嬢様も勉強するのでございます」
「なんやてぇ!?」
トーベの言葉にサクラが動揺した。
「なぜなら、お嬢様も今日、学校をお休みされているからです。立花家のご令嬢として、勉学で遅れをとるわけにはまいりません」
「あ、あは~」
サクラもまた、引きつった笑みを浮かべた。
「アカネちゃん、ほな頑張ろか……」
「そうね……」
「まあまあ、トーベさん。まずはお茶にいたしませんか?」
「あ、あなたは」
紅茶のセットを持って入ってきた優しげな老婆にアカネは見覚えがあった。さきほど本郷寺であった老メイドである。初対面の時とはうってかわって、優しげな声と表情でアカネを迎える。
「ああ、紹介するで。この婆やはウチのメイド長さんや」
サクラの紹介を受けると、老メイドはうやうやしくお辞儀をした。
「はじめまして、アタクシはマリア・スズキと申します」
「えっと……?」
純日本人にしか見えない老婆の名前にアカネは自分の耳を疑ったが、当のマリアはさも慣れた様子で説明する。
「ほほほ。帰国子女ということでございますよ。アタクシの両親は日本人。アタクシ自身はイギリスで生まれましたが、両親が亡くなったのをきっかけに、彼らの故郷へ帰ったというわけです。さて、それよりもトーベさん」
メイド長が執事に話しかける。
「お嬢様がおられるのはちょうどいいことです。立花家のメイドとして就職を希望される方がお見えになっております。お嬢様にお仕えするのですから、お嬢様直々に人となりを見られるのがよろしいかと存じます」
「それは良いアイデアですね」
トーベも同意した。
「おー!ウチが探してたメイドさんがさっそく来てくれたんかー!」
「えーっと、さっき言ってたわね。この街に住んでいて、アタシたちに歳が近い、庶民的な感じの子だったかしら?ところで、アタシも一緒にいていいの?」
「ウチはかまへんで」
「アタクシもかまいませんとも。むしろ、テストはすでに始まっております。アカネ様の目からも、どうか厳しくチェックしてあげてください。こちらの紅茶……」
メイド長がサクラとアカネにティーカップを差し出す。
「そのメイド志望の子が淹れたのでございます。さて、いかがでございましょう?」
「うん。さすがに婆やには負けるけれど、悪うないで」
「ええ、美味しいわ」
サクラはともかく、アカネには紅茶を品評する語彙は無いので、それだけ答えた。
「それでは、第一関門は突破、といったところでしょうかね。ならば、さっそく面接を始めさせていただきましょうか」
メイド長がドアの向こうへ「どうぞ」と声をかけると、4回ノックをする音が響き、
「失礼します」
と声をかけて、一人の少女が応接室に入ってきた。アカネはちょうど紅茶を飲み干そうとカップを傾けていたところだったが、その小柄なメイド服の少女が目に入った瞬間、盛大に咳き込んだ。
「げほっ!ごほっ!えほっ!」
「アカネ様、大丈夫でございますか?」
トーベがアカネを慌てて介抱する横で、面接がスタートである。
「それでは、まずは名前と年齢から聞かせてください」
「はい」
少女がサクラにお辞儀をする。
「はじめまして、お嬢様。私は村雨ツグミ。16歳です!」
「わ~!自分なんかちっちゃくてかわいいなぁ!」
そう言って目を輝かせるサクラの隣で、アカネは声が出せない自分を憎らしく思った。
(なんでツグミちゃんがここにいるのよ!?それに、なんでちょっと年齢をサバ読んでるのよ!?18歳でしょ!!)
かくして、ツグミのメイド入門試験が始まった。




