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仇の名前を叫ぶ時

「聞いて!今、この地域では、大変なことが起こっているの!」


 グレンは説明を始めた。


「今年に入ってから、悪魔による襲撃事件が4件、立て続けに起こったわ」

「なんやて?悪魔が?最終戦争は終わったのにか?」


 閃光少女の本来の使命は、悪魔を倒し、人類の自由を守ることである。この話題は、テッケンサイクロンの関心を引いたようだ。


「城北……城東……城西……それぞれの地区に悪魔が現れるたびに、その地区の閃光少女たちが殲滅に動いた。その後、どうなったと思う?消えてしまったのよ。もちろん、アタシも彼女たちの正体は知らないわ。だけど、悪魔襲撃事件の後、行方不明になった少女の数は、出動した閃光少女たちの数と一致している。これは偶然ではない。ある女が、閃光少女をおびき出すために悪魔を街に放ち、そして彼女たちを一人ずつ消していったのよ」

「ワタシが調べたんですよ~!……ひぇ!?」


 ドヤ顔でそう言うサナエを、老メイドが包丁を見せて黙らせる。


「その女って誰やねん?」

「オウゴンサンデー」

「オウゴンサンデー?それって、あの閃光少女のオウゴンサンデーか?」


 グレンがうなずくと、サイクロンは呆れたように言った。


「あれは魔王を倒した人類の救世主やで?なんでその救世主様が他の閃光少女を消していくねん?」


 グレンはため息をついた。


(ああ、なるほど……こういう反応が返ってくるのか……)


 それは、以前からオトハが懸念していたことである。他県の閃光少女に事情を話し、応援を呼ぶことを断念したのは、オウゴンサンデーのカリスマ性が原因であった。やはり『人類の救世主』という肩書は、いまだに強いのだ。


「やっぱり作り話かい。呆れたで、ほんま。どうやら、ウチはあんたを買いかぶって……」


 そう言いかけたサイクロンの口が止まった。


「グレンさん!何をしようとしているんですか!?」

「見ればわかるでしょ」


 サナエが悲鳴をあげる。グレンは自分の右手についた指輪を外そうとしているのだ。


「そ、そんなことをしたら、あなたの正体が……!」

「覚悟を示すしかないのよ!」


 魔法少女の指輪は、彼女たちの変身アイテムである。それを外せば、変身が解除されるのだ。そう、グレンは自分の正体を明かそうとしているのである。


「殺そうとすれば、殺される。探ろうとすれば、暴かれる。因果応報。そんな世の中で、たった一つの誠意があるとすれば、それは自分から差し出すことだわ!」


 グレンの指輪が外れ、変身が解除された。真紅のドレスが炎に変わり、そこからアカネが姿を現す。それを見ていたサイクロンが息を呑むのを、アカネはハッキリ聞いた。


「アタシの名前は鷲田アカネ。城南高校の一年生よ」


 ポカンとしているサイクロンの横で、老メイドが狼狽する。


「サイクロン様、こちらの方は……!」


 サイクロンは老メイドを手で制した。グレンが話の続きを始める。


「そして……この城南地区にも悪魔が現れた。アタシとアケボノオーシャン。それに、ガンタンライズが出動したわ。ガンタンライズは……アタシの親友だった。でも、彼女も拉致されてしまった。アタシたちは、あの子を取り戻すために、今オウゴンサンデーと戦っているのよ!」

「なるほど……話が読めてきたでぇ」


 サイクロンがやっと口を開いた。


「ウチがオウゴンサンデーの仲間やないかと疑ったっちゅうことやな?」


 アカネは返答に困った。実際のところ、疑っていたのはアカネではない。


「ごめんなさい!実は、ワタシが勝手に動いたことなんです!アカネさんは、この事を知りませんでした!」


 空気を読んだサナエがそう叫んだ。厳密にはそれも嘘ではあるが。


「それはもう、どっちでもええねん。せやけども……」


 サナエを黙らせた後、サイクロンが続ける。


「そうやって正体を明かしたゆうことは……ウチがもしもオウゴンサンデーの仲間だったらどうするつもりやねん?」

「それならそれで、真正面から闘うわ!」


 グレンが即答した。


「でも……違うと思う。まだ短い付き合いだけど、戦いを見ればわかる。あなた、いい人だわ。そうでなければ、クライムファイターなんかできないわよ」

「……そっかぁ」


 サイクロンはしばらく沈黙していた。やがて、隣に立つ老メイドが彼女に話しかける。


「サイクロン様。亡き父上様のお言葉を憶えていらっしゃいますか?」

「ああ、そうやな。お父ちゃんは言ってたで。受けた恩は絶対に忘れるな……と。アカネちゃんは、ウチの恩人なんや……」

「え……?」


 アカネは意表をつかれた。


「どういうこと?あなた、アタシの知り合いなの?」


 サイクロンが自分の指輪に手をかける。


「やっぱりアカネちゃんは、とんだ女たらしやでぇ」


 指輪を外したサイクロンの体から、風が抜けていった。やがて現れたその姿に、アカネは驚愕する。


「立花さん!?」


 立花サクラ。アカネのクラスの転校生だ。アカネは、城南地区に大阪の閃光少女が現れた理由がやっと腑に落ちる。サクラもサイクロンも関西弁なのですぐにわかりそうなものだが、それでもお互いの正体がわからなかったのは、魔法少女の服装に込められた認識阻害魔法のたまものとしか言いようがない。


「ウチは……正直に言って、ようわからん。オウゴンサンデーと直接会ったことは無いしなぁ。でもアカネちゃんが、オウゴンサンデーが悪いことしよると思ってて、戦おうとしとることは、ようわかった。それ自体は、ウチは否定せんわ」

「ありがとう。それで十分よ、立花さん」

「なぁ、その『立花さん』ってやめてくれへんか?」


 そう言ってサクラは微笑を浮かべる。


「サクラって呼んでぇな。ウチとアカネちゃんは、もう他人やないんやし」

「わかったわ、サクラ」


 アカネもまた笑みを浮かべるのを見て、サナエは安堵した。


「いや~一時はどうなることかと思いましたが、丸く収まって良かったですねぇ!いいじゃないですか!女同士の友情!すばらしい!」

「うん、ちょっと君、黙ってよっか」

「ぎゅむ!」


 サクラはアカネと見つめ合ったまま、空気を読まないサナエの頬をゲンコツでぐりぐり押さえた。


「アタクシは、お嬢様のご決断を尊重いたします」


 老メイドはそう口にすると、そっと墓石の影に隠れ、そのまま姿を消した。


「ねぇ、サクラ。ここって……」

「ああ、そうや」


『立花家之墓』と書かれた、特に大きな墓石を見てアカネが尋ねると、サクラがうなずく。


「本郷寺はウチらの菩提寺やねん。去年亡くなったお父ちゃんもこの中に入っとる。お父ちゃんは元々ここの生まれでな。お母ちゃんと離婚して、ウチはお母ちゃんと大阪におったけど、お母ちゃん……すぐに死んでしもうてなぁ。その後はお父ちゃんに引き取られて、ここで暮らしとったんや。まぁ、ウチの仕事の都合で大阪におることも多かったけどな」


 アカネは、山門の老僧がサイクロン側の事情をよく知っていた理由に納得がいった。サクラの言う『ウチの仕事の都合』というのが少し気になったが、クライムファイターとしての仕事だろうと、ひとまずアカネは解釈する。サクラが墓に合掌すると、縄を外されて自由になっていたサナエも、一緒に手を合わせた。


「そういえば、さっき話を途中でやめてしもうたな。オウゴンサンデーがあんたの友だちまでさらったのは、まぁ、わかったわ。せやけど、その理由はなんや?」

「そうね……その前に、あなたは『暗闇姉妹』って知ってる?」


 アカネの口からその単語を聞いたとたん、サクラの表情が固まった。


「人でなしに堕ちた魔法少女を始末する者を、人はそう呼ぶわ。いかなる相手であろうとも、どこに隠れていようとも、一切の痕跡を残さず、仕掛けて追い詰め天罰を下す。そしてその正体は、誰も知らない……」

「……ははは」


 サクラがわざと笑い飛ばそうとする。


「それはただの噂やろ?魔法少女が悪いことをしたらいかんでっていう……ほら、あれや、ナマハゲみたいなもんや!嘘やで、そんなん!」


 アカネは静かに首を横に振った。


「いるのよ、この城南地区に。オウゴンサンデーは……そう……理由まではハッキリわからないけれど……しらみつぶしに、そうやって探していった。そして、彼女は目覚めてしまった。暗闇姉妹のトコヤミサイレンスが……」


 サクラは体を震わせると、アカネやサナエに顔を見せないように、墓石の方へ体を向けた。


「ほらな……やっぱり嘘やねん……トコヤミサイレンスが……人でなしを始末するやなんて……」

「サクラ……どうしたの?大丈夫なの?」

「ウチのお父ちゃんは……ウチのお父ちゃんはなぁ……トコヤミサイレンスに殺されたんや!」

「!?」


 その言葉にアカネとサナエはショックを受けた。サクラが怒りの表情でアカネたちに振り返る。


「あんたら『天罰必中暗闇姉妹』っていうホームページ知ってるか?」

「…………」

「いいえ、まったく初耳ですね!」


 嘘がつけないアカネのかわりに、サナエがはっきりとそう口にする。


「人でなしの魔法少女がおったら、そのサイトに依頼して、お金を払って殺してもらうんや。トコヤミサイレンスも、そのメンバーにおるんやろう。正直言って、半信半疑やったけどな。せやけど、オウゴンサンデーがトコヤミサイレンスを探しているのが本当だとわかったからには……なるほど、本物やったようやな。ふふふ……」


 不敵な笑い声を出すサクラに、アカネがおずおずと尋ねた。


「その……『暗闇姉妹』のホームページで、あなた、何か依頼したの?」

「依頼はせえへんよ」


 サクラが首を横にふる。


「ただ、こう書いたんや。トコヤミサイレンス……あんたはウチのお父ちゃんの仇や!首を洗って待っとれ!必ずぶっ殺したる!ってなぁ」


 激しく武者震いをするサクラを前にして、アカネもサナエも、しばらく彼女に声をかける事ができなかった。


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