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モナリザの時

 ツグミは一人、ぽつんと路地裏に座りこんでいた。本人からすれば、一人ぼっちではないのかもしれない。彼女が『ツバメちゃん』と呼ぶ、ペンギンのぬいぐるみも一緒だったから。だが、孤独に震えているその姿は、本人以外からすれば、一人ぼっち以外のなにものでもなかった。


「ツグミちゃん」


 そんな彼女を、どこかで聞いたことがある声が呼びかける。


「ツグミちゃん!」

「……えっ?」


 その声を、ツグミは忘れようにも忘れられない。


「アヤ……ちゃん……?」


 糸井アヤの声である。


 記憶を失って倒れていたツグミを、最初に保護したのは糸井家だった。糸井アヤは、その長女である。ツグミにとっては親友であり、妹のようでもあり、娘のような存在だった少女。そして、ツグミがトコヤミサイレンスであったばかりに、幸せな家庭を崩壊させられた、最初の被害者でもあった。


「アヤちゃん!どこにいるの!?」


 思わず立ち上がったツグミが闇の中へ呼びかけると、彼女は姿を現した。路地裏に差し込む街灯の明かりに照らされたアヤの顔は、最後に会った時と変わりがない。そして、いつもと変わらぬ笑顔でツグミを見つめている。


「アヤちゃん!」

「ツグミちゃん!」


 二人は駆け寄ってお互いを抱きしめた。顔の半分が血に染まったツグミが、涙を流しながら謝る。


「ごめんね。ごめんね、アヤちゃん。無事で良かった……もう一人にしないから……いつまでも、あなたと一緒にいるから……」

「ツグミちゃん……」


 その時である。ツグミが抱きしめているはずの、アヤの体から力が抜けた。


「……えっ?」


 ツグミが抱きしめていたのは、ただの人形だった。等身大の、あやつり人形のような物が、文字通り糸が切れたようにツグミに体を預けている。


「どうして……?どうして!?」


「気に入りませんね、ツグミさん。いえ、トコヤミサイレンス」


 路地の奥からそう言って出てきた女の姿に、ツグミは見覚えがあった。黒いニンジャ風ドレスの魔法少女。以前、オウゴンサンデーの尖兵として、ツグミたちのセーフハウスを襲撃した鍵の魔女である。


「タソガレバウンサー?」

「~~~~っ!!」


 ツグミがそう尋ねると、名前を憶えてもらえて嬉しいタソガレは、声にならない嬌声を出す。だが、今はそれどころではない。


「その人……誰なの?」


 タソガレは一人ではなかった。胸に鍵が刺さった少女を、タソガレは引きずっている。あらゆるものを解錠、施錠する。それがタソガレバウンサーの能力である。右手に魔法少女の指輪が光っているその人物は、すでにタソガレによって心臓に鍵をかけられ、死亡していた。


「あなたを狙っていたオウゴンサンデーの配下の一人。名前は、えーっと……まぁ、どうでもいいですね。その人形……あなたがさっきまで抱きしめていたそれは、この魔女の能力ですよ」

「どういうことなの?あなたも、オウゴンサンデーの仲間じゃないの?どうして仲間を殺したの?」

「それはさっきも言ったでしょう。気に入らないからですよ」


 タソガレはイライラしながら答えた。


「本当に、あなたは糸井アヤのことだと見境が無くなるんですね。こんな見え見えのトラップにひっかかるなんて。あなたらしくもない」


 だが、タソガレの言葉にツグミは首を横にふる。


「……わかってたよ。これが嘘だなんて」

「ふーん?」


 相変わらず不機嫌そうな顔でタソガレが相槌を打つ。


「私……もう疲れたよ……オウゴンサンデーが、私をどうしたいのか知らないけれど……終わりにしてよ、こんなこと。そうだ、あなたもオウゴンサンデーに私の命を頼まれているんでしょう?好きにしてよ」

「お断りです!」

「はあ?」


 タソガレの拒絶を、ツグミは理解ができなかった。


「どうして?あなた、私たちの敵じゃないの?オウゴンサンデーの味方なんでしょ?」

「敵とか味方とか以前に、私はあなたのファンの一人です!あなたはファンの心がわからないのですか!?」

「わからないよ!そんなの!」


 ツグミは怒った。暗闇姉妹のファンなどと、そんなもの理解できる方が不思議だとツグミは思う。では、お教えしましょうとばかりに、タソガレがびしっとツグミを指さした。


「あなた一人がオウゴンサンデーにくだれば、全てが終わる。たしかに、あなた一人にとってはそれでいいのでしょう。ぶっちゃけ、私はサンデーがあなたを殺したいのか仲間にしたいのかまでは知りません。ですが、もしも死ぬとしても、糸井アヤと共に死ぬのなら本望なのでしょうね!」


 そこでタソガレは一度言葉を切る。タソガレがアヤに嫉妬しているのはともかく、たしかにツグミが考えている通りのことを指摘していた。


「ですが、オウゴンサンデーの考えている魔法少女の革命は、人が死にますよ!たくさん死にますよ!あなたの大切な人も、死にますよ!あなたの大切な人の、そのまた大切な人も!子どもだろうが老人だろうが、たくさんたくさん死にますよ!そんな者を生かしておいてもいいのですか!?」

「それは……」

「聞いてください、トコヤミサイレンス!」


 タソガレの言葉に熱が入る。


「なぜオウゴンサンデーがあなたを執拗に狙っているのか?それは、あなたがオウゴンサンデーに対抗できる、唯一の魔法少女。暗闇姉妹だからです!いかなる相手であろうとも、どこに隠れていようとも、一切の痕跡を残さず、仕掛けて追い詰め天罰を下す!その気概を失ったあなたを私が倒したとて、それが何になるというのですか!?あなたがやろうとしないで、誰がオウゴンサンデーと戦うのですか!?」


 ツグミはしばらく沈黙していた。タソガレもまた沈黙を続け、ツグミの反応を待っている。やがてツグミは、ポツリとつぶやいた。


「……むちゃくちゃだよ、あなた。オウゴンサンデーの味方をしているはずなのに。私を狙ったかと思えば、私を狙う魔女を殺して……そうして、今度は私を励まそうとしている。オウゴンサンデーにバレたら、あなたも狙われるよ?」

「それはそれで仕方がありません。ですが、ファンとして、これだけは譲れません!」

「……ありがとう」


 ツグミはそっと手を差し出した。


「ありがとう。今だけは、あなたがいてくれて良かった」

「――――っ!」


 自分に笑顔を向けるツグミの顔を見て、タソガレはゾクゾクする気持ちを抑えることができないでいる。やがてタソガレが手を握ろうとした瞬間、ツグミの右腕だけがトコヤミサイレンスに変身した。手持ち槍を振りかざし、それをタソガレの頭蓋へ打ち込もうとする。


「うっ!?」


 だが、倒れたのはツグミの方だった。一瞬だけ早く、タソガレの手刀がツグミの首筋を打ったのだ。


「さすがですねぇ、トコヤミサイレンス。その奇襲のやり方。片腕だけの変身。本当に、あなたは私の期待を裏切らない」


 薄れゆくツグミの意識に、タソガレの声だけが響いた。


「あなたの心が元に戻ってよかった。それはそれとして、その体では私を殺せませんね。また会いましょう。お休みなさい、私のモナリザ……」


 ツグミはそこで気を失った。


 うつ伏せに倒れていたツグミを、誰かが一生懸命に呼びかける。


「ツグミさん!ツグミさん!大丈夫ですか!?しっかりしてください!」

「……うん?」


 目を覚ましたツグミが顔をあげると、見たことのある婦警の顔があった。


「氷川さん?」

「また会いましたね、ツグミさん」


 以前、ツグミはコンビニ強盗を叩きのめしたことがある。タソガレバウンサーにセーフハウスを襲撃される少し前のことだった。氷川婦警と知り合ったのはその時である。


「どうしてここに?」

「チンピラ三人組がさきほど救急車で運ばれましてね。怪物みたいな女の子に襲われたとか……まぁ、幻覚の類だと思いますが、念のために見回りを、と。あなたこそ、どうしてこんなところに寝ていたのですか?事件ですか?見たところ怪我はしていないようですが……」

「怪我をしていない?」


 氷川の言葉に疑問を抱いたツグミが、ダイゴに殴られたはずの頭を触る。痛みはおろか、傷口さえ感触がなかった。まるで回復魔法でもかけられたかのように。ツグミは慌てて自分の体をまさぐった。


「どうしたんですか?」

「寝ている時に、変なことされてないかな?って」

「まさか!何もしていませんよ」

「いや、氷川さんじゃなくて……」


 ツグミは言葉を切った。タソガレバウンサーと氷川は無関係なので、氷川の耳にその名前を入れない方がいいとツグミは思ったのだ。


「女の子が一人でこんなところにいるなんて、不用心です。西社長も心配しますよ。パトカーで送りますから」


 西社長とは、西ジュンコのことである。


「はい、お願いします」


 ツグミがためらうことなくそう口にしたことで、氷川は安心したようだ。


「ここでいいんですか?」

「はい。あとは電話でジュンコさんに迎えに来てもらいますから」


 ツグミを乗せたパトカーがコンビニで停車した。ツグミが降りると、氷川が慌てて声をかける。


「ツグミさん!忘れ物をしていますよ!」


 氷川が助手席に乗せられたペンギンのぬいぐるみを指さしている。ツグミは首を横にふった。


「よろしければ、差し上げます。私には、もう必要ないですから」

「え、そうですか?でも、嬉しいですね。あなたからプレゼントをいただくなんて……」

「ありがとうございました。氷川さん、お休みなさい」

「お休みなさい、私のモナリザ」


 氷川はそう言って、パトカーを発車させた。


 ホームレスだったツグミだが、公衆電話を使う程度の小銭は持っている。


「ジュンコさんですか?ツグミです。……はい……ごめんなさい……」


 電話はすぐにつながった。ジュンコの方も、ツグミの連絡を待っていたようだ。ジュンコの第一声が叱責なのは仕方がないことである。そして、すぐに裏の仕事の話になった。西ジュンコが運営するホームページ『天罰必中暗闇姉妹』に依頼が寄せられた、人でなしの魔法少女を実際に裁くのはツグミたちの仕事である。


「新しい天罰代行依頼が……はい、わかりました。やります。それで、相手は……えっ?」


 やがて、受話器を下ろしたツグミは、硬い表情をしてつぶやく。


「相手は……トコヤミサイレンス……」


 ツグミはその意味するところを、記憶の糸をたぐって求めようとした。


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