R18の時
日は完全に沈んでいた。
川沿いの道を三人の若い男性が歩いている。村松を襲ったチンピラたちだ。
「まったく、あの店の設定どうなってるんだよぉ!?俺の金を3万もとりやがって!ちったあ客にもいい目を見せろってんだ!」
パチンコで負けたのである。そう言って石ころを蹴り飛ばすダイゴの後に続く二人も、ダイゴほど負けてはいないにしろ、財布は薄くなっていた。
「まあまあ、ダイゴさん。これは貯金ですよ。いつか引き出してやりましょう」
「けっ!調子のいいこと言いやがって!」
機嫌をとろうとするアロハシャツの舎弟にダイゴがそう毒づく。すると、キャップをかぶったもう一人の舎弟が、どこかを指さして声をかけた。
「ダイゴさん!ひひひひ!あれ!」
「ああん?」
笑いを我慢できない舎弟の指さす先は、先ほど自分たちがホームレスを殴り、彼のダンボールハウスを燃やした場所。つまり、橋脚の根本だった。明るい光が見える。
「ははははは!あれ、まだ燃えてんのかよ!」
面白がる三人は、すぐに土手を降りていった。
「でも大丈夫ですかねダイゴさん?あのジジイが警察を呼んでたら、まずいですよ」
「いやぁ、そりゃねぇだろ。良くて半殺し、悪くて死んでらぁ。だけど、もし元気そうなら……」
「元気そうなら?」
舎弟の問いにダイゴがにやりと笑う。
「生きている事を後悔させてやるぜ!」
生きている事を後悔させてやる。奇しくも同じ事を考えている者が、その光の先に待ち構えていることなど、三人のチンピラに知る由はなかった。
「あ~れ~?」
三人が見た光の正体は、ただの焚き火だった。川のそばで、赤々と燃えている。燃やしてやったはずのダンボールハウスといえば、何事もなかったかのように健在だった。
「場所を間違えたんじゃないですか?さっきと別の場所に、たまたま別のホームレスがいるのかも」
「いや!いくらラリってたとしても、そんな間違いはしねぇよ!」
アロハシャツの男にそう反駁するダイゴは、ダンボールハウスで毛布にくるまっている人の形へと近づく。
「起きろ、てめぇ!いったいどうなってるんだよぉ、コラあ!」
そうやって毛布の人物をダイゴが蹴飛ばすと「痛っ!?」という声が返ってきた。三人とも驚いた。その声は、どう聞いても女性の声だったからだ。
「……なんですか?あなたたち、誰なんですか?」
毛布の中から、恨めしそうな顔をした少女が起き上がった。チンピラたちがその少女を観察する。身長は145cmくらいに見えた。子どもというわけではなく、ただ小柄というだけなのだろう。その目にあどけなさはない。
「えーっと?悪いな、お嬢ちゃん。人違いをしたんだ。機嫌を直してくれよ」
少女が愛らしく見えたダイゴは、そう言って急に態度を軟化させた。
「ここのダンボール……燃えていたと思うんだけど、どうしたんだろう?」
「私が直したんだよ」
ツグミが本当のことを言う。
「へー!君もホームレスなんだ!若いのに大変なんだねぇ!」
「はあ、どうも」
心にもないことを言うキャップの男に、ツグミが曖昧な相槌をうつ。
「何歳なの?名前は?」
「18歳」
アロハの男に聞かれたツグミは、それだけぶっきらぼうに答えた。その答えを聞くと、男たちがどよめいた。
「あは!マジか!君、18歳なんだ!いいねぇ!合法じゃん!合法!」
大人びた顔にも見えるが、淡い黄色のワンピース姿は、どこか小学生っぽくも見える。こういうタイプは恋人としては地雷だが、大人の男がマッサージを受ける店のマスコットとしては、うってつけではないかとダイゴたちは思った。
男たちが顔を突き合わせてコソコソと相談する。
「どうしますか?ダイゴさん?」
「この子を紹介したら、パチンコで負けた分なんてすぐチャラになりますよ」
「ああ、間違いねぇ。だけどよぉ、風呂に沈める前に、俺たちが味見しても文句は言われねぇだろ?」
そのダイゴの言葉に、残りの二人は思わず吹き出した。
「まったく、あのクソジジイ。こんな娘を囲ってたなんてよぉ……やっぱり、ぶちのめしといて正解だぜ」
ダイゴはそうつぶやきながら、改めてツグミを舐め回すように見た。
「なぁ、お嬢ちゃん。仕事ほしくないかい?紹介してあげるよ。住む部屋もちゃんとあるから、心配いらないぜぇ」
「仕事?」
ダイゴの言葉にツグミが首をかしげる。
「ああ、お嬢ちゃんなら楽に稼げる仕事さ。そうだな……ちょっと俺たちにつきあってくれよ。カラオケ行かね?その後によぉ、お店に連れて行ってあげるから。そうだ!ちょっと気持ちが良くなるクスリがあって……」
「いいえ、お断りします」
ツグミはキッパリ拒否した。
「私、お留守番しているところなんです。一人で勝手にどこかへ行くわけにはいかないです」
「留守番?あの怪我で動けるのか?」
三人が顔を見合わせる。
「そんな固い事言うなよ~!あのジジイなんか放っといてよぉ、俺たちと遊んだ方が楽しいぜぇ~!」
「今、何って言いました?」
「あん?」
ツグミが急にダイゴの言葉に興味を示す。
「今……『ジジイ』って言いましたよね?どうして、おじさんの事を知っているんですか?それに、なんで怪我してたことを知っているんですか?さっき私を蹴った時……『人違い』だって言ってたけど、蹴られたのがおじさんだったら良かったんですか?」
「なんだよ?急におしゃべりになるじゃねぇか。君って、そのおじさんの何?愛人?」
「友だちです」
ツグミがそう答えると、ダイゴが鼻で笑った。
「そんなこと言って、毎晩あのジジイのムスコを咥えているんだろ?それを仕事にした方が絶対にいいって。俺たちのもよぉ、頼むよぉ。一緒にキメてハッピーになろうぜ〜?」
ダイゴの後ろの二人も下卑た笑みを浮かべる。
ツグミも、とびきりの笑顔を浮かべた。
「私、今夜あなたたちに会えて、とっても嬉しい!」
「あ、うん。そうかい?」
急に態度が変わった少女に、むしろダイゴは面食らった。どういう風の吹き回しだろうか?やはりホームレスになるくらいだから、どこか気が違っているのだろうか?
(ヤッてポイだな)
ダイゴがそんなことを思っていると、彼の手が、柔らかいツグミの手に包まれる。
「ええっと……?」
と、ダイゴ。
ツグミはそっと、ダイゴの手を引き、ダンボールハウスの毛布まで彼を誘った。仲間の二人は、意外なその光景を見ながら、笑いが止まらないようだ。
「そこの二人も……」
「え、俺たち?」
ツグミはその場で見ていたダイゴの仲間に声をかける。
「こっちに来なよ。そこじゃあ遠いよ。三人まとめて、遊んであげるから……」
「マジかよ、そういうことあるんだなぁ……」
「ちょっとホームレスの見方変わっちゃうよなぁ。今度河川敷歩き回ってみようかな」
卑猥な妄想をする二人が十分近づいたところで、ツグミはダイゴの手をそっと離した。
「お兄さん、あなたのお名前は?」
「ダイゴ……だけど」
そう名乗る彼は、なぜか胸が苦しくなるほどの、心臓の鼓動を感じた。べつにこんな事は初めてでもない。女の子に無理やりクスリを飲ませて事に及んだ事は、これまでに何度もある。
(この子に惚れてんのかな?俺)
自分の気持ちを、そう疑ってみる。まさか、これが危険を知らせる肉体からのサインというわけではあるまい、とダイゴはこの時まで思っていた。
「ダイゴさん、よく聞いてね?」
ツグミが彼に語りかけた。
「これからあなたたちにすること……忘れないで。これは、あなたたちが、私を馬鹿にしたからするわけじゃない。おじさんの夢を侮辱した。ただそれだけ。たった一つのその理由によって、あなたたちはこれから悪夢を見るの」
「あ?何を言って……」
ダイゴの頭に、毛布が被せられた。ツグミが投げたのだ。
「え?」
仲間の二人があっけにとられている。笑顔のままツグミは、投げつけた毛布の下に隠していた野球バットを振りかぶると、毛布をかぶせられたダイゴの頭をフルスイングした。鈍い音が響いた。
「――――っ!?」
毛布越しにダイゴがくぐもった悲鳴をあげて倒れる。
「な、なんだ!?なんだよぉ!?」
仲間の二人がようやく暴力行為を認識した時、ツグミは振り向き、そこに置いてあったペンギンのぬいぐるみを、後ろに向かせた。
「子どもは見ちゃだめ」
男たちの方へ振り返るツグミの顔は、すでに氷の表情へと変わっている。ここから先はR18指定だ。




