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大吉の時

「クライムファイター?」


 バイクの後部座席に乗っているグレンが、聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「そういえば、最初に会った時にもあなた、そう言っていたわね。『クライムファイターのテッケンサイクロン』って」


 夜の高速道路を、白いボディに赤いラインが入ったオートバイが、閃光少女二人を乗せて駆け抜ける。すでに日は落ちているし、バスが落下した地点から城南地区までは、ずいぶん距離が離れてしまっていた。だから、グレンはサイクロンに、城南地区まで送ってもらうことにしたのだ。


「せや」


 バイクを運転するサイクロンが振り返らずに答えた。


「クライムファイター。つまり、犯罪者と戦う魔法少女っちゅうことや」

「非合法でしょ?」

「せやけど悪魔と戦うんも合法やったわけやないで」


 それも、そうであるとグレンは思う。自分たち閃光少女は、悪魔と戦うためには、例えば不法侵入もやむなしというつもりで活動してきた。あるいは悪魔に取り憑かれた人間を殴り倒すのも、結局は傷害罪にあたるに違いない。


「悪魔がおらんようになったから、今度は犯罪者と戦うんや」

「でも、それは警察の仕事じゃないの?」

「たしかにな。でも、今日のバスジャック犯たちを見たやろ?重武装になってきとるし、手口も巧妙になってきよる。せやから、ウチら閃光少女がその力を貸した方がええと思うねん。それに、悪魔がおらんようになって、閃光少女のみんなも力を持て余してるんとちがうか?クライムファイターゆう生き方は、そういう閃光少女らの受け皿にもなると思うねん」

「受け皿……閃光少女たちの、新しい仕事か……」


 考えてみれば、グレン自身もそうだった。最終戦争が終わり、家族を全て失ったグレンには、ただ力だけが残された。今の社会にとって、あまりにも強大な力が。人間でありながら人間ではない。それでも人間のフリをして生きていくか、それとも魔法を悪用する人でなしに堕ちるか。暗闇姉妹であるグレンは、そういう人でなしを闇に裁いている。クライムファイターという生き方は、それよりずっと明るい道に見えた。


「今日は楽しかったやろ?」


 サイクロンがそうグレンに問う。


「楽しかったと言うのは、良くないんじゃない?人が死にそうだったのに」

「せやな。言い方を変えるわ。つまり……やりがいを感じへんか?」

「それなら……」


 グレンは少し考えて答えた。


「感じたわ」

「グレンちゃんならそう言うと思っとったんや~!」


 やがてバイクは城南駅近くの、人気のない高架下に停車した。まさかグレン/アカネのアパートまで送ってもらうわけにはいかない。なぜならば、グレンはまだ自分の正体は秘密にしておきたいからだ。サイクロンもまた、自分の正体は明かさない。それはお互いにとって、別に失礼にはあたらないのである。


「急いで決める必要はないで!」


 サイクロンはバイクにまたがったままグレンに言う。


「クライムファイターのこと、考えてみたらどうや?それで、もしもその気になったら、ウチと組もうや。前々から、あんたはクライムファイター向きの性格やと思ってたからな!」

「ええ……考えておこうかしら……でも、今度はいつ会えるの?」

「さあ?でも、探す必要はあらへんよ」


 サイクロンは自信を持って答えた。


「犯罪があるところ、テッケンサイクロン有りや!」


 やがて、サイクロンはバイクのアクセルを吹かし、甲高い排気音とともに闇に消えた。


「……さて、アタシも帰らなくちゃ。駅までいけば、タクシーを拾えるはずだわ」


 変身を解いたアカネは、光の方へ歩いていった。

 この時、彼女は気づいていなかった。一部始終を見ていた何者かがバイクのエンジンをかけ、そっとサイクロンを尾行し始めたことに。


 アパートに到着したアカネは階段を登り、自室の扉に手をかけた。鍵が開いている。


「ああっ!?」


 その理由に気づいてアカネは頭を抱えた。


「アタシって、なんてバカなの!?ヒカリ先輩を部屋に置き去りにしちゃったじゃない!」


 アカネは考える。真面目なヒカリ先輩のことだから、アカネが帰ってくるまで待ってくれていたに違いない。繰り返すが、ヒカリにとって生きている時間は貴重なのだ。部屋で待ちぼうけをさせるのは、アカネからすれば、重罪に等しい。


「打首獄門!!」

「ひっ!?」


 脳内のヒカリに裁きを言い渡されたアカネは、珍しく情けない声を出した。


「……あれ?」


 恐る恐る玄関へと入ったアカネは、中から談笑する声が聞こえて不思議に思った。それに、玄関にはヒカリ以外の誰かの靴がある。それも、どこかで見覚えがあるスニーカーが。


「あ、おかえり~」

「えっ、オトハ!?」


 アカネを出迎えたのは、閃光少女仲間である和泉オトハであった。


「おかえりなさい」


 テレビの前で正座をしていたヒカリも、アカネの予想とは違って、笑顔で彼女を迎える。


「すみません!先輩!アタシが出ていったばっかりに部屋に待たせてしまって!」

「いいんですよ。テレビで見ていましたが、あなたが無事で良かった。それに、そちらのオトハさんとも仲良くなれましたから」

「アッコちゃんが飛び出したすぐ後に私が来たみたい」


 オトハが説明する。


「それで、ヒカリ先輩と知り合ったのさ。同じように、グレンバーンの正体を知る仲間としてね」

「ふーん」


 アカネは言葉を慎重に選ぼうと思った。おそらくだが、オトハは自分が閃光少女アケボノオーシャンであることまでは話していないはずだ。


「ところで、アカネさん。あなたと一緒にいた白いドレスの人……彼女も閃光少女なのですか?」

「そうそう、私もそれが気になる」

「実は……」


 カクカクシカジカと、アカネはオトハとヒカリに、テッケンサイクロンとの出会いを話した。


「ふーん、クライムファイターねぇ」


 オトハはあまり感心していないようだ。


「それって閃光少女の仕事なのかなぁ?」

「ねぇオトハ。最近は犯罪者も重武装になっているし、手口も巧妙化しているわ。アタシのような閃光少女の力が必要なのよ!」

「なんだか誰かの受け売りみたい」

「うっ!」


 オトハの指摘は図星であった。


「いいのよ!たしかにそうだけど、アタシはその考えに共感したから、いいの!」

「力を持て余している閃光少女の受け皿……ですか」


 ヒカリはその考えに興味を引かれているようだ。


「悪くないかもしれませんね。そうして閃光少女の活躍が広まれば、彼女らの権利もそのうち認められるようになるかもしれません」


 オトハは何か思い出したとばかりに手を叩く。


「そういえば、大阪で人助けをしている閃光少女がいるとか、新聞で見たような記憶がある」

「新聞に?」


 社会の公器を自称する新聞に、悪魔と戦う閃光少女の話題が出ることは、基本的には無い。悪魔の存在はタブーだからだ。だが、なにやらすごい力をもった少女が、車に轢かれそうな犬を助けたり、川で溺れている子どもを救ったり、銀行強盗を捕まえたりといったことならば、報道しても問題は無いのだ。


「それがテッケンサイクロンだよ!大阪から来たって言うなら、間違いない!」


 テッケンサイクロンの話題が一段落すると、アカネはずっと気になっていたことをオトハに尋ねた。


「そういえば、あんたどうしてここに来たの?何か用?」

「何か用、ってご挨拶だな~!アッコちゃんが学校から謹慎処分を受けたって聞いて、腐ってないか様子を見に来たんじゃないか~」

「ああ……」


 アカネは「そういえばそんな事があったわね」と、まるで遠い過去のことのようにつぶやいた。


「ふふふ」


 ヒカリが笑う。


「きっと、誰かを助けるために戦って、気分がスッキリしたんですよ。クライムファイター……いいんじゃないですか?アカネさんらしくって」

「じゃあ、これはどうしようかなぁ?」


 そうぼやくオトハの手には、2枚のチケットが握られていた。


「なによ、それ?」

「城南武道館でやるライブのチケット」

「ライブ?」

「ダイキチハッピーの」


 オトハのその言葉を聞いたヒカリは、ふいに思い出してアカネに言った。


「ダイキチハッピーといえば、あの子ですよ。ほら、私たちが抱き合った後、たまたまテレビで見たアイドル」

「抱き合った?」


 とオトハ。


「なんでもないわよ!そういうのじゃないから!……それに、あんまりアタシ、アイドルには興味無いわよ?」

「いいや、行くべきだね!」


 オトハが力説する。


「アッコちゃんは生でライブを見たことがないでしょ?それは、テレビで見るのとは大違いなんだ!人間の燃え上がるようなエネルギーを、生で味わうには、やっぱりライブだよ!みんなそうやって、アイドルからパワーをもらいに行くんだ!」

「空手の組手を、見るのとやるのは大違い、ってやつではありませんか?」

「ああ、それならわかる気がします」

「くっ……この武人どもめ。まぁ、とにかく、二人で一緒に行こうよ。私たちには今、そういうパワーが必要なんだ」


 オトハの提案に、ヒカリも賛成した。


「行ってきてください、アカネさん。何事も経験というものです。案外、楽しいかもしれませんよ」

「そうですね……それなら、ヒカリ先輩も一緒に行きませんか?」

「えっ!?私ですか!?」


 アカネの提案に驚いたのはオトハも同じである。


「どういうことぉ!?まさかこのチケットを苦労して2枚手に入れたオトハちゃんを置いていくつもりですか~!?」

「そんなんじゃないわよ。その……ダイキチハッピーだっけ?なんだか前に見た気がするなと感じていた理由が、やっとわかったの」


 そういうとアカネは、タンスの引き出しから何やら封筒を取り出した。中に入っていたのは、オトハが持っているのとよく似た、ライブのチケットである。


「ええっ!?なんでアッコちゃんもそれを持っているの!?」

「うちのアパートの大家さんが、たぶんその城南武道館のライブのことだと思うけれど、スポンサーの一人なんですって。それで、住人のアタシにもチケットをくれたのよ」

「いやいや、待ってよ!ダイキチハッピーってすごい人気なんだよ!?私がこのたった2枚を手に入れるためにどんな闇取引……いや、苦労したことか。そんなの絶対おかしいよ!」

「そんなこと言われても、実際にチケットはここにあるんだから知らないわ!」


 そういうわけで、アカネがヒカリに改めて提案する。


「だから先輩!私たち3人でライブに行きませんか?一緒に、そのパワーとやらをもらいに行きましょう」

「わかりました。何事も経験。より強くなるためのかてとしましょう」

「この武人どもめ……まぁ、オトハちゃんは同じ中学校の同級生として、アッコちゃんにも同じ高校の友だちがいると知って安心しました。ヒカリ先輩も一緒に楽しみましょう」


 そして少女たちはアカネのアパートから出た。三人とも夕食をまだ食べていないのだ。歩いて近所のファミレスへと向かう。


「私はタダでチケットをもらったようなものですからね。せめて食事くらいは奢らせてもらいますよ」

「わーい!ありがとうございます!」

「コラ!オトハ!少しは遠慮しなさいよね!」


 三人の夜は、そうしてふけていった。


 同じ夜。

 個人で弁当屋を営む女主人、鮎川カヨは、今夜も売れ残った弁当を廃棄すべく、店の裏口へ回った。重ねた箱をナイロン紐でくくり、鍵がかかる青いポリバケツに入れようとする。すると、鮭弁当の匂いにつられたのか、黒い野良猫が一匹、様子を見に来た。


「あら、かわいいねアンタ」


 カヨは文字通り、猫なで声で話しかける。


「もしかして、これがほしいのかい?」


 廃棄弁当から、そう言って焼鮭を取り出した。


「ほら、怖くないから、おいで。おいしいよ~?……あっ」


 だが黒猫は、怖気づいて逃げてしまった。


「あらら、逃げちゃったか。美味しいご飯を食べそこなったねぇ。…………うわあ!?」


 カヨは、腰が抜けそうになるほど驚いた。その様子を、一人の少女がじっと見つめていたからである。


 カヨは少女をよく観察した。顔つきは高校生くらいだろうか?だが、そのわりには体は小さかった。身長は145cmくらいである。腰まで長い髪は癖毛のせいで、ところどころ跳ね上がっている。路上生活でもしているのか、衣服と体のあちこちが薄汚れていた。


「ねぇ、おばさん」

「なに?」

「そのお弁当……捨てちゃうの?」

「ああ、うん……ほしいのかい?」


 少女がコクリとうなずいた。こんなふうに物乞いをするホームレスは珍しくないが、まさかこんな少女が来るのはカヨにとって初めてだ。


「あんた、その歳でねぇ……ほら、持っていきなよ。どうせ捨てるお弁当なんだから」

「…………すみません、もう一つほしいです」

「うん?」


 弁当を二つ要求する少女にカヨは意外といった顔をする。


「お嬢ちゃん、見た目によらず大食いなんだねぇ」

「違うの!」


 少女は慌てて首を横にふる。


「その……お友だちにもあげたいと思って」

「そうなの?まぁ、いいわよ。もう一つくらい」

「ありがとうございます」


 カヨから弁当二つを受け取った少女は、ペコリと頭を下げた。弁当を落とさないようにナイロン袋に入れた少女が、側に置いていたペンギンのぬいぐるみを片手で持ちあげる。それもまた、ゴミ箱に捨てられていたのを少女が拾ったものだ。


「さ、ツバメちゃん。帰ろうか」

「……?」


 カヨは首をひねった。少女がペンギンのぬいぐるみに話しかけたことがわかるまで、少し時間がかかったのだ。


「はあ……あの歳で頭が変になっちゃったなんてねぇ。かわいそうに……」


 カヨは野良猫のようなその少女が、暗い路地に消えるまで、その姿を見送った。


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