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クライムファイティングの時

 続けてその少女、テッケンサイクロンが笑みを浮かべてグレンに言った。


「ウチな、ずっと前からグレンちゃんのこと気になってたんや。こうやって会えて、嬉しかったで~」

「もう、なんなのよーあなた!?それじゃ遺言みたいじゃない!」

「はははは!殊勝なことだな!」


 強化服の男は勝ち誇った顔を少女二人に見せつける。拳銃の弾倉を交換すると、今度はサイクロンの頭に銃口を向けた。


「遺言?それはちゃうで、グレンちゃん。閃光少女っちゅうのは、能力の掛け算で強くなるんや。閃光少女が二人おったら、それは2倍の強さやない。4倍、いや場合によっては、それ以上の強さになる。そんで……」


 サイクロンがすっと立ち上がる。


「な、なんだ!?さっきまで苦しんでいたのに、平気なのか!?」

「おっさんのその能力……」


 両手を前に差し出しながら続けた。


「風の閃光少女であるウチに対して、相性が最悪や!」


 グレンたちに向かって放っていた音波兵器が、そのまま数倍に増幅されて男に跳ね返された。いみじくも男が語っていた通り、普通の人間でも耐えられないものだ。しかも、それが数倍に増幅されている。ヘルメットをかぶっていようが、耐えられるものではなかった。


「ぐああああああっ!?」

「今やで!グレンちゃん!」

「言われなくたって……!」


 音波兵器から開放されたグレンが、手刀を振りかぶって跳躍する。


「おらああああっ!!」

「ぷべっ!?」


 グレンの手刀がヘルメットを真っ二つに叩き割った。その衝撃により、男は脳震盪を起こし、そのままうつ伏せに倒れこんだ。


「とにかく、あんたは味方なのね!?」


 振り向いてそう問いかけるグレンに、サイクロンは返事の代わりにガッツポーズを見せた。


「なあ、なんでこのバスまだ走っとるんや?」

「まだ下にバスジャック犯がいるのよ!」


 グレンが屋根に空いた穴からバス内に戻る。サイクロンも後に続いた。


「近づくな!」

「!」


 乗客に擬態していた青年が人質に拳銃を向ける。このバスの中で、唯一そうやって脅せる者がいた。手榴弾を握って震えている男の子ではない。彼が死ねばバスもろとも爆発してしまうのだから。

 銃口を向けられているのは運転手である。最悪死んでしまっても、青年がバスを運転すればいい。


「こいつを殺すぞ!」

「ああ!?やってみなさいよ!?」


 もしも数ヶ月前のグレンであれば、こんなセリフは吐けなかったかもしれない。暗闇姉妹としての仕事は、彼女の覚悟を変えていた。


「あんたがその人を殺した瞬間、はらわたを引きずり出してやるわ!!」

「ひぃ!?」

「まあまあ、待って〜なグレンちゃん」


 戦慄する青年を哀れむようにサイクロンが口を挟む。


「そがいにこの兄ちゃんをイジメたら、本当に撃ってしまうかもしれへんで?ここはまぁ、穏便に話をつけようや」


 そう言うと彼女は「降参やで」とばかりに両手をあげた。


「……なんなの?何か作戦でもあるの?」

「いやーべつに〜」


 同じように両手をあげて、そう尋ねるグレンにサイクロンはニコニコした顔でそう返す。


 バスジャック犯の青年が叫んだ。


「こ、こいつらの命が惜しかったら、お前ら二人、すぐにバスから出て行け!」


 こいつら、というのはバスの運転手と、手榴弾を握らされた男の子のことである。サイクロンは笑顔を保ったまま尋ねる。


「ウチらがバスから出ていったら、人質を開放してくれるんか?」

「ああ、約束するさ!俺たちは逃げられさえすればそれでいいんだから!海に着いたら船で逃げる。バスはそこで開放する!」

「……ほんまかなぁ?兄ちゃん、バスから降りたら、ここを爆破しようと思うてへんか?人質ごとなぁ?」

「…………」


 青年が黙っていると、彼の人差し指が根本から切断され、ポロリとバスの床に落ちた。グレンにも、何が起こったのかわからなかった。


「あ……えっ!?痛っでええええ!?」

「悪いなぁ、兄ちゃん……」


 サイクロンが凄みのある笑みを浮かべた。


「風のカッターはもう、投げとったんや。あんたがどういう答えをしようが、銃を撃たれへんようにしよ思うてなぁ」


 さらにサイクロンが、人差し指を拳銃のようにして青年に向ける。


「バン!」


 すると、その指から見えない空気の弾丸が発射され、青年が手にしていた拳銃を弾きとばした。すかさずグレンが距離を詰める。


「おらあっ!」

「うっ!?……」


 彼女の掌底で顎を打ち抜かれた青年が、その場で昏倒した。


「まったく、『穏便に話をつけようや』なんて言ってたのはどこの誰かしら?」

「まーまー、嘘も方便っちゅうやつやで」


 ニシシと笑うサイクロンに、グレンも笑顔を返した。


「あなたが来てくれなかったら、危なかったわ。ありがとう!」


 グレンは携帯電話で警察に連絡した。吉報である。バスジャック犯は全て、グレンとサイクロンが打倒したのだ。


「それじゃあ、運転手さん」


 グレンが警察から聞いた話を聞かせる。


「次のサービスエリアに入ってちょうだい。トイレと自動販売機しかない小さなサービスエリアだけど、それがいいわ。警察官たちがそこで待っている。彼らの誘導に従ってちょうだい」

「ああ、恩に着ます」


 運転手はやっと恐怖から開放されたので、安堵のため息をついた。


 だが残念ながら、まだ戦いは終わっていなかった。


「くらいやがれえええっ!!」

「な、あいつ!?」


 グレンが驚く。バスの屋根に空いた穴から、強化服の男がこちらを見下ろしていた。そして、音波兵器をバス車内へ放出する。サイクロン以外の全員が、苦痛で両耳を塞いだ。


「ウチには効かんゆうのがわからんのか!?」


 サイクロンがジャンピングアッパーで男を攻撃すると同時に、屋根の上に登る。


「大人しく寝とりゃあええものを!さっきの攻撃に何の意味があんねん!?」

「意味はあるのさ!例えお前に効かなくたってよお!」


「まずいわ!」


 バスの中ではグレンがそう叫んでいる。先程の音波攻撃のせいで、男の子が手榴弾を落としてしまったのだ。さっきと同じように、屋根に向けて爆発させるか?いや、今はまずい。強化服を着た男はともかくとして、屋根の上にはサイクロンもいる。


「くっそーっ!」


 グレンは手榴弾を拾うと、野球のピッチャーよろしくそれを振りかぶり、バスの割れた後部窓へ向けて投げ捨てようとした。だが、タイミングが悪かった。


「うわっ!?」


 バスが大きくよろめいたことで、上に乗っていたサイクロンが動揺する。手榴弾は、後部窓から飛び出した直後に爆発したのだ。バスの後部が炎上し、文字通り火の車になっている。これが狙いだったようだ。強化服の男にサイクロンが叫ぶ。


「なんてことするねん!このバスにはあんたの仲間も乗ってるんやぞ!」

「俺一人さえ逃げ切れればそれでいい!むしろ分前が増えて好都合さ!」

「この外道!!」


 バスの中では、グレンが必死にハンドルを操作していた。音波兵器のせいで運転手が気を失ってしまったのだ。


「もー!バスってなんでこんなに運転しにくいのよ!?」

「グレンちゃん!あんまりバスを揺らさんといてーな!」


 屋根の上から聞こえるサイクロンの抗議にグレンがイライラしながら応える。


「なら、さっさとその男を片付けて、こっちを手伝って!」

「おう!まかせときー!」


 バスの上で強化服の男とサイクロンが相対する。


「さっきのパンチ……お前はグレンバーンほど力が強くないようだな。超音波が効かないとしても、俺のパワーはグレンバーンを超えている。お前など敵ではない!」

「戦いはパワーだけで決まるんとちがうで。ウチの突風のようなスピードで目に物見せたる!」

「ほざけ!」


 男が襲い掛かったその瞬間、まさに一陣の風のような左ジャブが男の顔を襲った。


「ぶぇ!?」


 そのボクシングセンスは、鉄拳テッケンの名に恥じないようだ。


「うららららららあっ!」


 サイクロンはさらに左ジャブを連射し、男の動きを止める。そして、とどめの右ストレートを受けた男はバスの前方へ吹き飛ばされた。


「げふぅ!?」


 バスが強化服の男を轢いて激しく上下した。バスの下から出てきた男を見て、サイクロンがつぶやく。


「あちゃ〜グロテスクなことになってしもうたな〜!悪人とはいえ、死んでしもうたら目覚めが悪いで」


 そんな事を言っている間にもバスは走り続け、道路に倒れた強化服の男も、はるか後方へと流れた。


「早く降りてきて!」


 下から響くグレンの声に応じて、サイクロンがバス内に戻った。車内には、怯えた様子の男の子と、さきほど昏倒させた青年。そしてバスの運転手がいるのだが、彼は気絶している。結局グレンは彼を運転席からどかせると、自分がバスの運転をすることにしたようだ。


「わけがわかんないわ!ブレーキもまるで効かないし!」

「サービスエリアが近づいてくるで!」


 サイクロンが前方を指さす。グレンが叫んだ。


「みんなを連れて、ここから脱出して!あなたならできるでしょ!?」

「そりゃあ、なんとかなる思うけど。グレンちゃんはどうするんや?」

「このバスを放っておくわけにはいかないわ!」

「そんな!ここに残るつもりなんか!?そりゃ無茶やでグレンちゃん!」

「アタシを信じて!」


 それ以上の問答は無用なのだろう。やがてサイクロンは、意識の無い青年と運転手を両脇に抱え上げた。男の子は少し恥ずかしそうにサイクロンの胴体にしがみついている。


「……わかった!グレンちゃん、死んだらあかんで!絶対に死んだらあかんでぇ!」

「死ぬもんですか!」


 やがてサイクロンは体に風をまとい、バスの屋根に空いた穴から外へ飛び出した。そして、風の力でゆっくりと、道路へ舞い降りる。青年と運転手を路肩へ寄せ、唯一意識がある男の子に頼んだ。


「なあ坊ちゃん。ウチはグレンバーンを追いかける。もうすぐ警察が来ると思うから、この二人を見といてや」

「わかった!」


 その返事を聞いた後、サイクロンはバスを追うように走り出した。


 バスに一人残ったグレンは、時々ガードレールにぶつかりながらも、サービスエリアへなんとかバスを進入させる。そこには警官たちが待機していたが、燃えながら暴走するバスに驚きを隠せないようだ。


「どいてー!どきなさい!」

「う、わ!?」


 バスは止められない。このままでは警官たちに突っ込んでしまう。サービスエリアのガードレールから外は山の斜面になっていた。無人である。ならば道は一つしかない。


「だったら……バスはもっと加速させる!」


 グレンはアクセルを全開にして、ハンドルを思いきりガードレールに向けて切った。急ハンドルによってグリップを失ったバスは、ドリフト状態でガードレールに突っ込む。横向きになったバスがガードレールに引っかかると、バスが真横から足元を掬われたように、ローリングしながら山の斜面に転がり落ちていった。


「グレンちゃーん!!」


 バスに追いついたサイクロンが悲鳴をあげる。炎上しながら転がり落ちるバスは、もはや全体が火に包まれていた。やがて完全に谷へと落ちたバスが大破、炎上する。その光景を、警察官らも、サイクロンも、ただ呆然と眺めるしかなかった。


 バスが飛び出した崖の上に立ち、サイクロンは戦友のために合掌した。


「ああ、グレンちゃん。あんたはみんなを助けるために、その若い命を散らせたんやなぁ。短い付き合いやったけど、グレンちゃんのことは忘れへんで。いつまでも。いついつまでも……」

「勝手に殺さないで!!」

「うわ~!?」


 グレンが、サイクロンの足首を片手で掴んだ。どうやらそうやって、谷底から這い上がってきたらしい。


「グレンちゃん!無事やったんか!?」


 サイクロンは喜んでグレンを引っ張り上げた。


「アタシは炎の閃光少女よ。あれくらいの炎はたいしたことな……」

「どうしたんや?」

「うげうぇえええっ!」


 サイクロンに背を向けて、グレンはガードレールの外へ嘔吐した。炎はともかく、バスの車内でシェイクされたのには耐えられなかったらしい。


「あーあーあー」


 サイクロンがグレンの背中をさすりながら、何か小瓶を差し出す。


「……何よ、これ?」

「回復薬や。飲んだら元気出るで?」

「今時珍しいわね。魔法薬ポーションを作る閃光少女がいるなんて」

「いや、ウチやのうておっちゃんが……いや、なんでもない!」

「……まぁ、いいわ」


 グレンが小瓶の中身を一気に飲み干した。体の活力が蘇るのを感じる。バスの破片で体のあちこちに傷がついていたが、それもすぐに治った。


「これ、いいわね!アタシの……友だちにもあげたいくらい」

「なぁ、グレンちゃん。渡したウチが言うのも変やけども、他人からもらったポーションをすぐに口に入れてもええんか?毒やったらたいへんやで」

「なによ、あんたを信用しちゃいけない理由があるわけ?」

「うはぁ!そのセリフ嬉しいな!とんだ女たらしやでぇ!もう一本あげる~」

「誰が女たらしよ!?」


 だが、回復薬の小瓶はありがたくグレンは受けとることにした。友だち、つまりツグミがどこかで怪我をしているかもしれない。そんな心配が常にあったからだ。


「なーなー兄ちゃん!」

「はい?自分ですか?」


 サイクロンが若い警察官に声をかける。


「ちょっとウチらをパトカーで送ってくれへんか?なに、たいしたことやないねん。バイクを途中で乗り捨てとるさかい、そこまででええんや。な~に、ちょっと高速を逆走してくれたらそれですむから」

「え、え~!?」


 ナチュラルに違法行為を警官に頼むサイクロンを見て、グレンは肩をすくめた。


「まったく、イイ性格してるわね、あいつ……」


 だが、同時に笑いもこみあげる。


「でも、嫌いじゃないわ」


 グレンは思わず、そうつぶやいていた。


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