嵐を呼ぶ少女が現れた時
「うわっ!?」
パトカーを運転している警官が、バスの割れた後ろの窓から身を乗り出し、こちらへマシンガンを連射する犯人に驚いて距離をあける。
「焦らなくてもいい!」
助手席の警官がそうアドバイスした。
「近づきすぎなければ大丈夫だ。それに、あのバスが永遠に走り続けられるわけではない。このまま追跡を続ければ、必ずバスはどこかで停まるはずだ」
「ですが、この方向……」
運転席の警官が言う。
「海に向かっているのではありませんか?もしかしたら、逃亡用の船が用意されているのかも」
「……ありえるな」
同僚が苦い顔をする。
「装備といい人数といい、用意周到すぎる。それに、やつらは既にバス会社を脅迫して、目的を果たしているようだ。逃亡方法も確保していると考えるのが妥当だろう」
「どうします?」
「とにかく、我々は追跡を続けるだけだ」
何台ものパトカーが、チャンスの時を待ちながらバスを追い続けるしかなかった。
バスの中では、犯人の一人がアンテナのついたノートパソコンの画面を見て、ニヤニヤと笑っていた。
「入金が完了したぞ!」
「本当か!?」
後ろの窓からマシンガンを突き出していた犯人が、思わず振り返る。
「どれどれ?」
バスの前方にいた筋肉質な男がパソコンの画面を覗き込む。もちろん、彼も犯行グループの一人だ。
「ほぅ!やったな!」
インターネット銀行の取引画面に入金完了の文字が躍り、バス会社からせしめた身代金の額が表示されている。
「いい時代になったもんだよな!」
ノートパソコンが交渉係のメンバーの手に戻った。
「危険を冒して直接金を受け取らなくてもいいんだからよぉ!」
マシンガンの男、パソコンの男、そして屈強なリーダー格の男。バスを乗っ取っているのはこの三人である。人質となってしまった乗客たちは、彼らと顔を合わせず、ただ自分の手元だけを凝視していた。犯人たちは、彼らに銃を突きつける必要などなかった。そうしなくても、誰一人身動きがとれなくする方法を、犯人たちは心得ていたからだ。
高速道路の上をまたぐ立体交差のような道路を、跨道橋と呼ぶ。扱いとしては、一般道ということになる。
そこに、夕陽を浴びて誰かが立っていた。雨は降っていないというのに、黒いレインコートを着て、顔が見えないようフードを深々とかぶっている。
鷲田アカネである。彼女がこのような格好をしているのは、この跨道橋に到着するまでの道中、人間離れした動きをしても、それが自分だとバレないようにするためだった。おかげで、どうやら間に合ったようだ。
「……来たわね」
遠くから、暴走するバスに追走する、パトカーのサイレンが聞こえてきた。乗っ取られたバスが、まっすぐアカネの方へ向かってくる。やがて、アカネはバスが跨道橋の下を通過するタイミングを見計らい、後方宙返りをしてその屋根に飛び乗った。
「な、なんだ!?」
その光景に驚いたのは、むしろバスを後方から追跡していたパトカーに乗る警官たちである。
「変身!!」
膝をつくように着地していたアカネがそう叫ぶと、体を包むレインコートが炎に包まれた。やがてレインコートが燃え尽きると、真紅の閃光少女が姿を現す。
「グレンバーン!」
パトカーの警官たちが一様に驚きの声をあげた。
「何をしているんだ……?」
バスの上にいるグレンは、なにやら携帯電話でどこかへ連絡をとろうとしている。
「こちら本部。31号車、聞こえますか?」
「31号車だ。どうした?」
無線機で呼びかけられたパトカーの警官が応答した。
「信じがたいことですが……グレンバーンを名乗る女性から連絡が入っています。今、彼女もジャックされたバスに乗っていると言っていますが……」
「それは本当だ。たしかにバスに乗っているのがこちらから見える」
もっとも、乗っているのは屋根の上だが。グレンバーンと、無線機を持った警官の目が合った。
「こちらの無線にグレンバーンの電話を繋げられるか?」
31号車の警官がそう要請すると、やがて無線機から彼女の声が響いた。
「もしもし、アタシは閃光少女のグレンバーンよ。今バスの屋根に乗っている」
「ああ、見えている」
お互いの声が通じることを確認した後、グレンが尋ねる。
「どういう状況なの?」
「犯人は3名。いずれも武装しており、15名の乗客が人質にとられている。犯人の一人が銃を乱射してくるので、我々もこれ以上近づけない。バス会社を脅迫し、すでにインターネット銀行を通して身代金を受けとっているようだ」
「なら、どこかでバスを捨てるはずよ」
グレンが作戦を提案する。
「犯人たちは、まだアタシに気づいていないみたい。このまま屋根で待機して、犯人がバスから離れた瞬間、アタシが彼らをぶちのめすわ!」
「無茶をするな!グレンバーン!相手はマシンガンで武装しているんだぞ!」
「……アタシを誰だと思っているのよ?」
それ以上の説得力は無かった。
その時、バスの後方数メートルの地点で何かが爆発した。
「なんだ!?」
「なによ!?」
驚いたパトカーたちが、バスからさらに距離をとる一方、グレンは屋根に腹ばいになり、窓から中の様子をうかがう。男三人に囲まれた老婆が、ヒーヒーと泣き声のようなものをあげていた。
「む……無理です!あたしにはもう、手に力が入りません!」
そう懇願する老婆に、犯人の一人が何かを握らせる。
「ダメダメ!お婆ちゃん。今度はちゃ~んと握ってなよ。もしも、また手から外れちゃったらさぁ……お婆ちゃんだけ殺すからね?」
「ひいいいいっ!!」
犯人が老婆の手元からピンを引き抜いた時、やっとグレンは握らされている物の正体に気づいた。
「手榴弾よ!」
「なんだって!?」
電話の向こうから驚く警官の声が聞こえる。
「人質たちは、ピンを抜いた手榴弾を握らされている!手を離したらレバーが取れて爆発するのよ!さっきの爆発は、人質の一人がつい手を離しちゃったのを、爆発する前に犯人たちが捨てたんだわ!」
そう報告すると、グレンは再び窓からバス内を覗きこんだ。
「人質たちは全員それを握らされている……子供にまで……」
グレンの言葉に怒りが滲む。
「まさか本物の手榴弾まで用意するとは……」
「ええ、本物の手榴弾ね。だけど、それがいいわ!」
「えっ?」
グレンが説明する。
「本物の手榴弾を持たせているということは、犯人が人質を射殺する心配はない!バスの中で爆発したら犯人だって困るもの!人質の中には、疲れて手榴弾を掴んでいられなくなっている人もいる。今から仕掛けるわよ!」
「どうするつもりだ!?」
「パトカーをなるべくバスに近づけて!」
「そうしたら、また犯人が撃ってくるぞ」
「……悪いけれど、あなたたちには命をかけてもらうわ」
「了解した」
携帯電話を切ったグレンは首をひねった。
(やけに素直だったわね……?)
無線機を切った31号車の、運転席の警官が隣の同僚に話しかける。
「それにしても、閃光少女とはいえ民間人の指示に我々が従うのは……始末書ものですね」
「人の命は、そんな紙切れよりずっと重いさ。それに……」
「ええ……そうですね」
運転席の警官がアクセルを踏み込んだ。
「この地区に住んでいる者で、グレンバーンに借りの無い人間はいませんよ!」
「なんだぁ?」
マシンガンの男がバスに近づいてくるパトカーに気づく。
「このポリ公が!」
男が窓から身を乗り出して、銃口をパトカーの警官に向けた。警官二人が息を呑む。だが、引き金の指に力がかかる寸前、凶暴な力が男の襟を掴んで引き上げた。
「うげっ!?貴様はグレンバーン!?」
「こんばんは、バスジャックの犯人さん」
男をバスの屋根に無理矢理引きずり上げたグレンがそう挨拶する。
「そして、さようなら」
「うわあああああああ!!」
マシンガンの男は、バスの横へ放り投げられた。その体が、中央分離帯にある植木に突っ込む。命に別状は無いだろう。
異変に気づいたパソコンの男が叫ぶ。
「おい!どうした!?バスから落ちちまったのか!?」
「そうよ!」
「うわ!?」
バス後部の窓からグレンが中に乗り込んできたのを見て、パソコンの男は懐から拳銃を抜いた。だがそれを撃つよりも早く、グレンは男の顎に掌底を叩き込む。
「おらっ!」
「うっ!?」
男が膝から崩れ落ちた。三半規管を揺さぶられたため、しばらくは立ち上がれないだろう。
「あと一人!」
最後の犯人はバスの前の方にいた。筋肉質なその男は、逃げるかと思いきや、ヘルメットを頭にかぶり、アメリカンフットボール選手のようなタックルをグレンに仕掛ける。
「うおおおおおお!!」
「くっ!?」
その思わぬパワーにグレンは圧倒された。いくら鍛えた屈強な男とはいえ、生身の力で閃光少女に押し勝てるわけがない。
(強化服を着ているのね!?)
どこでそんな物を手に入れたのか知らないが、厄介だ。人質がいるバスの中で、まさか炎の魔法を使うわけにはいかない。
「落ちやがれぇ!」
男はグレンを力づくで押し、後部窓からその体を道路へ落とそうとする。
(一か八か……!)
そう考えたグレンがバスの前方に向けて叫んだ。
「バスの運転手さん!」
「あ、はい!」
「ブレーキを踏んで!」
その言葉を聞いた運転手が、思い切りブレーキを踏みつけた。手榴弾を握った乗客たちが、前方の座席に体を押しつけられて悲鳴をあげる。そして、グレンと、彼女を押さえこんでいた強化服の男もまた、その体がバスの前方側へと投げ出された。
「はっ!?」
顔をあげたグレンの側を、コロコロと手榴弾が転がる。
「あ、ああああ……手を離してしもうたぁ……!」
それは先ほど手榴弾を無理矢理握りなおされた老婆であった。グレンはそれを掴むと、バスの天井に押しつける。
「みんな伏せて!」
グレンは手榴弾を持つ掌から結界を発生させた。大きさはせいぜい1メートル四方しかないが、天井とその結界で手榴弾を挟めば、なんとか乗客を守れるはずだ。
バスが急停止したことで、後ろから追っていたパトカーたちもまた停まった。拳銃を構えた警官たちがバスを取り囲もうとするが、その屋根が爆発したので、
「待避!待避!」
と叫びながら、パトカーの後ろに回る。
「乗客は無事なのか!?」
警官の一人がそう心配していると、やがてバスのドアが開いた。手榴弾を手から落とさないように、ゆっくりと、乗客たちがバスから降りていく。
「おい!見ろ!」
別の警官がバスの屋根を指さす。そこには、頭を殴られてぐったりとした強化服の男の奥襟を掴み、警官たちへ笑顔を向けて、親指を立ててみせるグレンバーンの姿があった。
無線機でグレンと話していた警官二人が駆け寄り、彼女に声をかける。
「やったな……!」
「ええ……やったわよ」
グレンもまた、満足そうにそう返した。
「ぐふ、ぐふふふふふふ……!」
強化服の男が不敵に笑うので、グレンは彼を見下ろしながら尋ねた。
「なんなのよ?その笑いは?気でもおかしくなったの?」
「これで勝った気になっているとはなぁ、グレンバーン。変身ができるのは、なにもお前だけではないんだぜ?」
「何が言いたいの?」
「すぐにわかる」
乗客はどんどんバスから降り、一人の男の子が降りた後、最後に残っていた青年が今から降りるところだった。彼の手にもまた、手榴弾が握られている。だが、何を血迷ったのか、その青年は手榴弾から手を離した。安全レバーが弾き飛び、時限信管が作動する。
「何をしているんだ君は!?」
群がってくる警官たちに、青年は高笑いを返す。
「こうするんだよ!」
「うわっ!?」
青年が警官たちに投げつけた手榴弾は、爆発するかわりに催涙ガスをばらまいた。どうやら、その男が持つ手榴弾だけが、催涙手榴弾だったようだ。警官たちが苦しそうに咳き込む。
「お前は来い!」
「あっ!?」
青年の直前に降りた男の子が襟首を掴まれ、バスの中へ引きずり込まれる。その手には、まだ本物の手榴弾が握らされたままだ。そして青年は、運転席で呆然としていた運転手に拳銃を突きつけた。
「おい!早くバスを走らせろ!」
「あっ!えっ!?」
その様子を屋根の上から見ていたグレンも唖然とした。
「どういうことなの!?まさか、あの男もバスジャックの仲間だったの!?」
「そのまさかよ!」
「うわっ!?」
バスが急発進したので、グレンはバランスを崩して転倒した。その上から、元気をとりもどした強化服の男がのしかかる。
「なんてことだ!」
「とにかく、追跡しましょう!」
危うく難を逃れた31号車の警官二人もまた驚くと、すぐに自分たちのパトカーへ戻ってバスを追った。
「おらあっ!」
グレンは上からのしかかってくる強化服の男の腹を、下から両足で蹴り飛ばした。男との距離が離れる。
「観念しなさいよ!あんたはアタシには勝てないわ!さっきは乗客たちがいたから炎の魔法を使えなかったけれど、今は違うんだから!」
グレンの拳が炎をまとうのを見て、強化服の男が鼻で笑う。
「ふん!どうかな?乗客が邪魔で本当の力を使えなかったのは、お前だけではないんだぜ!」
そう叫ぶと男は、上半身の服を引きちぎった。その胸にはスピーカーのような物が付いている。
「くらえ!!」
男の胸から、強烈な音波が発せられた。
「きゃああっ!?」
グレンは思わず耳を塞ぐ、だが、その音波はその程度では防げず、グレンの脳を容赦なく狂わせる。
「なによこれ……!?体に力が入らない……!?」
「最新型の超音波兵器だ。普通の人間だって耐えられないんだ。常人より何倍も感覚が敏感な閃光少女なら、なおさら耐えられないだろうなぁ!」
「くっ……!」
苦悶の表情を浮かべてグレンが膝をつく。すると、その向こうに、バスを追ってくるパトカーの姿を男は見た。
「おい!バスを次のインターで下りさせろ!海へ向かわせるんだ!それまでにパトカーを始末しておけ!」
「了解!」
屋根の上の男から指示を受けた青年が、自分のバックからなにやら小包みを取り出す。そして、それを後部窓から、パトカーへ向けて投げつけた。
「なんだ!?うわあああっ!!」
パトカーの前で小包みが爆炎をあげた。運転席の警官が慌ててブレーキを踏み、急ハンドルを切る。幸いパトカーは爆弾の爆発に巻き込まれなかったが、防音壁につっこんだパトカーは、もうバスを追跡不可能だった。
「ああっ、くそっ!」
パトカーから降りた二人が悔しそうに叫ぶ。燃え盛る炎は、まさに厚い壁のように道路を塞いでいた。後続のパトカーが追いついても、これでは通れないだろう。
「グレンバーンは、無事なんだろうか……?」
呆然と炎の前で立ち尽くす警官二人の耳に、甲高い排気音が聞こえてきた。車の出す音ではない。オートバイの音だ。
「あれは!?」
驚いた二人が同時に振り向く。白いボディに赤いラインが描かれたオートバイが、猛スピートで走ってくる。
「おい!止まれ!止まれ!」
「危ないぞ!……うわっ!?」
警官二人はオートバイを止めようとしたが、それに乗る人物は、むしろアクセルを全開にして炎の海に飛び込んでいった。
「なんということだ!自殺願望でもあるのか!?」
「……いいえ、違うと思います。あのバイクに乗っていた女の子……」
「なに!?女の子!?」
その警官の口調が、徐々に興奮していった。
「見たことがあるんです。もしも、僕の見間違いでなかったら……あの子も、閃光少女ですよ!」
バスの上に乗っている強化服の男は、目の前でひざまずくグレンと、今やはるか後方になった炎の海を見て、満足そうに笑った。
「ははははは!どうやら俺たちの勝ちのようだな!グレンバーン、お前にもそろそろ退場してもらおうか」
男は拳銃を取り出し、そのスライドを引いて初弾を装填する。そして銃口を、ゆっくりとグレンの頭へ向けた。
だがその時、男の耳に甲高い排気音が聞こえてきた。引き金を引こうとする指が止まる。
「誰だ、あいつは!?」
(えっ!?バイクの音……!?サナエさんなの!?)
グレンもまた振り返り、男とともに、バスを追いかけてきたオートバイの少女を見る。サナエではなかった。乗っているオートバイと同じように、その少女は赤いラインが入った、白いドレスに身を包んでいた。そして、その右手に光る指輪は、魔法少女である証だ。
「失せろ!」
男はオートバイの少女に向けて拳銃を乱射した。だが、その弾は少女に届く前に、まるで風に流されるように彼女の体から逸れていく。
「なんや……撃ってきたっちゅうことは、あいつが悪モンかい。それにあの赤い子は……グレンバーン!グレンちゃんやないか!まさか、こないに早う会えるなんて、奇遇やな~!」
オートバイの少女はやがて、サーフィンでもするかのようにバイクの座席に立つ。
「とりゃああっ!」
そう叫んで跳躍した少女は、グレンバーンの側へ、華麗にヒーロー着地を決めた。
(決まったで……!)
そうやってドヤ顔ができたのもわずかな時間だった。強化服を着た男による、音波攻撃は依然続いているのだ。
「ぬあああああ!?」
謎の少女もまた耳を押さえてもんどり打つ。
「誰だか知らないけれど、あんたバカぁ!?なんで自分から敵の攻撃範囲に飛び込んでくるのよ!?」
「せやけど、こんな攻撃見えへんやんけ!バカはひどいで~グレンちゃ~ん!それに……」
少女は無理に笑顔をつくり、グレンに自己紹介をした。
「ウチの名前はテッケンサイクロン!大阪ではちょっと有名なクライムファイターや!よろしゅうな~」




