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暗黒の中で闇色に光る時

 グレンバーンとアンコクインファナル。二人の魔法少女は糸井家を地震のように揺らしながら激しい肉弾戦を続ける。グレンがインファナルの横面に手刀を決めると、インファナルが負けじとグレンのみぞおちに膝蹴りを当てる。インファナルがグレンの首を締めると、グレンはその腕を逆にとってインファナルを床に叩きつけた。仰向けのインファナルは糸を天井へ飛ばし、自分の体を引っ張り上げて吹き抜けを通り、二階に陣取り、眼下のグレンを見据える。


「閃光少女たちを襲っていたのはアンタだったのね!暗闇姉妹のように!」


 グレンが叫んだ。二人は最終戦争の前からの宿敵である。これまでに何度も衝突してきた。しかし、いくら閃光少女と魔女の思想が異なるといっても、結果的にそうなるのは例外として、殺し合いをするのは異常だ。閃光少女は人間を守るために悪魔が倒せさえすればいい。魔女は悪魔から力を得ているといっても、悪魔そのものを生み出しているわけではないのだから、積極的に命まで奪う必要はない。逆に、魔女は悪魔さえ守れたらそれでいい。いわば「罪を憎んで人を憎まず」といった不文律のようなものを、自然と魔法少女達はもっていたのだ。無論、悪魔と人類の存亡をかけた最終戦争ではそうも言っていられなかったが、戦争は終わったのだ。今さらになってインファナルが閃光少女を殺してまわるのは異常というしかない。しかし、やはり魔女になるような人間とは価値観を共有できないのかもしれない。インファナルが呪詛の言葉を吐く。


「お前たち閃光少女さえいなければ、我々魔女が日陰で生きなければならなくなるようなことは無かった!だが力さえあれば、こうやってお前たちに復讐ができるのさ!」

「死に場所が欲しかったら、まずはアタシのところへ来れば良かったのよ!こそこそとヒーラーから潰していくアンタに、なんの力があるって!?」


 その言葉に、なぜか口をつむぐインファナル。できることならそうしたかったと、にが虫を噛み潰したような顔に、ありありと浮かんでいるようだ。グレンは続ける。


「アンタたち魔女がどうなってようと、知ったことじゃないわ!自業自得よ!」

「うるさい!」


 インファナルは両手を伸ばし、二階から糸の弾を連射する。グレンは両手の籠手に炎を纏わせ、回し受けの要領でそれらをかき消した。だがその時、勢い余った炎が壁に飛び、火がつく。グレンはあわててその部分を拳槌で破壊し消火するが、その隙目掛けてインファナルが飛び降りた。グレンを押し倒して馬乗りになり、何度もパンチを浴びせる。


「我々魔女は悪を望んでいたわけではない!今とは違う新しい秩序を求めていただけだ!お前らのような体制側の人間には、悪というレッテルを貼られた者どもの苦しみがわかるまい!我々が勝利していたら、神が悪魔に、悪魔は神となっていた!」


 今度は逆にグレンがインファナルをひっくり返し、上から何発も殴りつける。


「勝手なことばかり言ってるんじゃないわよ!悪は悪よ!新しい秩序?ふざけないで!自分勝手なルールを押し付けているだけでしょ!悪魔が勝利していたら、この世界は地獄になっていたわ!」

「では今の世界に地獄は無いのか!?」


 インファナルの叫びに一瞬グレンは言葉に詰まる。インファナルはそんなグレンを巴投げの要領で吹っ飛ばした。壁を突き破って道路に転がりでたグレンは、受け身をとって立ち上がる。


「出てこいインファナル!」


 しかし暗くて中が見えない家からは返事が無かった。ずっと家の中で戦う方が有利であると、インファナルは知っているからである。一見互角に見えるこの戦いも、実際にはグレンバーンの方が劣勢だった。ダメージレースで負けている。今さら繰り返すまでもないかもしれないが、炎の閃光少女がその本領を発揮するには、場所が悪すぎた。ここは郊外にあるベッドタウンだ。もしも糸井家が炎上すれば、それが一帯に延焼していくのを止める能力は、グレンには無い。能力を抑えるどころか、ほとんど無しで戦っているようなものだ。


(結界で家を囲めば……)


 と無いものねだりも考えてみる。しかし、そんなに広く、自由自在に結界を作る能力は、グレンには無い。せいぜい1メートル四方ほどの結界を、何か(例えば掌)に貼り付けて、簡易の防御手段とするのが関の山だ。


(オーシャンを待つしかないわね)


 こう言っては悪いが、中に残っているのは死人だけだ。ツグミを逃した今となっては、無理に家内に踏み入る必要はない。アケボノオーシャンが結界を張り、その中で炎を存分に奮えば、むしろ相性が最悪なのはアンコクインファナルの方であった。だがこの時、グレンが今最も耳にしたくなかった音が、道路の向こうから響いてきた。


(ふふ、やっと来たわね)


 インファナルもまたその音を耳にし、笑みを浮かべる。夜の静寂に響くサイレンの音。警察である。パトカーに乗った二人の警察官が、糸井家の様子を見に来たのだ。


「まもなく現場に着きます」


 若い警察官の一人が車内にある無線機で報告する。彼らが来たのは、110番通報があったからだ。実は、村雨ツグミがインファナルから逃げ回っていた時、密かに電話で110番を押していた。


「事件ですか?事故ですか?」


 オペレーターがその直後耳にしたのは、大きな蜘蛛に襲われていたツグミが上げた悲鳴だけだ。事情はわからないにしろ、駆けつけない理由は無かった。この後の展開を考慮しても、ツグミを責めるのは酷だろう。彼女が通報しなくても近隣住民が通報するのは時間の問題であったし、やろうと思えばアンコクインファナル本人が通報することもできたのだから。


「止まれ!止まりなさい!近づかないで!」

「あ、あれ?」


 公式には存在しない事にされているとはいえ、警察官二人はどちらも、悪魔や魔法少女、そして閃光少女グレンバーンを知っていた。そのグレンバーンが自分達の乗るパトカーを遮り、追い返そうとしている。


「一体どうしましたか?また悪魔ですか?」

「車から降りないで!」


 そうグレンが懇願した時には、二人の警察官はどちらもパトカーから降りていた。知っていたとしてもどうしようも無かったかもしれないが、既に魔女の間合いに入っている。


(いただきね)


 暗黒から無数に蜘蛛の糸が伸び、警察官二名は、悲鳴を残して屋内へと吸い込まれていった。


「ちっ!」


 職務柄仕方がないとはいえ、これでは邪魔するために現れたようなものだ。わざわざ自分から近づいてくる、手頃な人質として!グレンバーンは屋内に突入するしかない。


「どこに!?」


 廊下には見えない。階段にも。入り口に張り巡らされた蜘蛛の巣を手刀で斬ってリビングに入るが、誰も。だがその時、轟音をたててリビングの天井が崩れ去った。

 それはつまり、二階の床も崩れたということである。二人の警察官が、二階の天井から伸びる蜘蛛の糸に、首吊りの形で晒し者にされ、もともとあったはずの床を求めるように両足をばたつかせた。


「ははははははは!」

「貴様!」


 天井に逆さまに貼り付いたアンコクインファナルが高笑いを響かせる。


「おっと、動くなよ。殺すぞ……?」


 そうインファナルが言うと、警察官二人の首にまかれている糸がキュッと絞られた。一息に殺すほどではない。その証拠に、二名の警察官はわずかにある隙間に指をかけ、握力の続く限り気道を確保しようとしている。


「くっ……!」


 天井から糸を垂らして降りてくるインファナル。その後に待っていたのは一方的な暴力だった。殴り、蹴り、締め上げ、叩きつける。グレンは血を吐きながらも二人の警察官を開放する手段を考えるが、無理だ。無論インファナルがわずかに隙を見せた時に、跳躍して糸を斬るのは容易い。しかし、二名同時となると別だ。一人を助けると同時にもう一人が殺されるのは目に見えている。


「殺してやる……!殺してやるぞ!閃光少女ども……!」


 なんとか起き上がろうとするグレンバーンの腹部を蹴り上げ、壁に叩きつけたインファナルが叫ぶ。


「私は全ての魔女達の代弁者だ!全ての閃光少女は、恐怖に震えるといい!そう、私こそが暗闇姉妹だ!」


 グレンはオトハから聞いた暗闇姉妹の話を思い出す。罪を犯した魔法少女を人知れず始末し、一切の痕跡を残さず立ち去る。やはり、あれは美化しすぎた話でしかなかったのだ。同族殺しに心血を注ぐなど、シリアルキラー以外の何者でもないではないか。ましてや心優しいヒーラーのガンタンライズに何の罪が!?噂というのは、所詮こんなものなのだろう。地上を照らしていた月に雲がかかり、部屋をなお一層暗くする。


「どうした!?人間を守らないのか!?」


 そう叫ぶとインファナルは、警察官の一人に糸を放った。糸は警察官の足に絡みつく。


「そんな!やめなさい!やめろおおお!!」


 足を切断された警察官が、グレンバーンと同時に絶叫した。


「柴田ぁ!!」


 残された警察官が、傷口からおびただしい血を流す同僚の名を叫ぶ。


「グレンバーン!俺たちのことはいい!そいつを倒してくれ!」

「おいおいおいおいおいおい、あんまりグレンバーンをいじめてやるなよ」


 インファナルはグレンの髪を鷲掴みにし、首ごと乱暴に持ち上げる。


「こいつにそんなことできねぇ。お前は、誰一人だって守ることなんかできねぇんだ。ではもう一人の足も……」


 グレンはインファナルの顔にツバを吐いた。


「この……人でなし」


 インファナルはそれを手で拭うと、その手をそのままグレンの喉元へ向ける。


「約束とは違うがお前だけはこの場で始末してやろう……死ね!!」


 インファナルがグレンの喉を貫こうとしたまさにその時、突如激しい耳鳴りがグレンを襲った。


(なに……これ……?)


 どういうわけか敵であるインファナルもまた動揺している。同じように耳鳴りが止まらないのだ。かかっていた雲が流れて再び月明かりが部屋を満たすと、両者の耳鳴りが同時にやんだ。その時である。


「ハッ!?」


 二階に音も無く誰かが立っている。ちょうど影になっているためグレンからは顔が見えないが、小柄な少女のようだった。夜目が利くインファナルには顔が見えるのか、一瞬だけ動揺したものの、にたにたと余裕の笑みを浮かべる。


「また虫けらがノコノコと一匹、死にに来たか?」


 しかし影の人物がこちらに近づいてくると、グレンもインファナルも顔色が変わった。歩く少女の右指に指輪が出現したからだ。暗黒の中でありながら闇色に光る、そういう矛盾したオーラを放つその指輪は、魔法少女の印であった。


「変……身……」


 謎の少女を闇のオーラが包む。幾重にも影のような包帯が体を包み、まるで漆黒のドレスを形作る。常闇トコヤミの魔法少女が、氷のような表情で眼下のインファナルを見下ろした。


「誰だお前は!?」

「天罰代行、暗闇姉妹」

「暗闇姉妹!?お前が!?」


 グレンは目を見張る。


(あれが……本物の……暗闇姉妹……!?)


 トコヤミの少女はおもむろに短い棒のような物を取り出す。彼女がそれをひねると、端部からダガーのような刃が飛び出した。極端に柄の短い槍のようだ。


「殺された者たちのうらみ、今晴らします」


 トコヤミはそれだけ言うと、警察官たちを吊るしている内の一本の糸を短槍で切断し、すぐさま跳躍してインファナルに襲いかかった。二人の体が同時に落下する。


「舐めるな!」


 インファナルは防御するために、グレンを掴んでいた手を離し、トコヤミの短槍を受け止め、弾き飛ばす。


「だああああああぁ!!」


 開放されたグレンはやけくそな雄叫びをあげ、すぐさまもう一人の吊るされた警察官に向かって跳んだ。警察官の体を抱えると手刀で糸を切断し、二人そろって床に落ちる。


「この小娘!」


 インファナルの蹴りがトコヤミの体をサッカーボールのように吹き飛ばした。しかし、インファナルの見せ場はここまでだった。


「ガッ!?」


 トコヤミは地を這うほど低い姿勢のダッシュで距離をつめ、インファナルの顔面に容赦なく縦拳を打ち込む。インファナルが顔を守ればボディを突き、ボディを守れば顔を容赦なく攻めた。隙があれば関節を蹴り、痛みに頭を下げれば顎をかち上げる。インファナルが打ち返せば、その一発を避けるかわりに、二発の拳を叩き込んだ。まるでトコヤミだけが二倍の速さで動いているようだった。部屋の中に鈍い音が響く。


「あああっ!?ああっ……あっ……」


 一旦様子を見ようと身構えたインファナルの股間を、一切躊躇することなく蹴り上げたのだ。呼吸さえ乱れてないその顔には、感情がまるでない。いつまでも、そこには氷のような表情があるだけだった。


「強い……!」


 グレンは、トコヤミがインファナルを圧倒する様子を見て、そうつぶやかずにはいられなかった。しかも、今のところは、その異常な速さを別にすれば、これといった能力を使っていないのだ。インファナルの屈辱はいかほどであろうか。


「ま……待ってくれ!」


 後ろへステップして距離をとろうとするインファナルの天地が回る。彼女の体を床に投げつけたトコヤミは、腕関節を極め、防御できない顔面へ向けて容赦なく拳の雨を降らせる。もはやバスケットボールのように腫れ上がったインファナルの顔が、泣き声とまじったよくわからない悲鳴を発した。


「うおりゃあああっ!!」


 五体満足のまま生還した警察官が、足を斬られた同僚と、グレンバーンの二人を抱えて家から脱出した。彼の体力もまた限界であるはずだが、雄叫びをあげながら死力を尽くし、パトカーの傍まで二人を運んだ後、這うようにして無線機を掴む。


「本部!本部!666!666!」


 続けて彼は糸井家の住所を叫ぶ。

 公的には悪魔や魔法少女の存在は認められていない。そのため666はそれを示す隠語である。犯人の逮捕ではなく、怪我人の救援に特化した部署への応援要請だった。


「やるじゃない……」


 グレンは足を切断された警察官のベルトを抜き取り、傷口を締め上げて止血を試みながらそうつぶやいた。今までグレンは、警察など、戦いの役にも立たないクセに、出しゃばってばかりの邪魔者のようにさえ思っていた。だが必死に義務を果たそうとする彼らを間近に見て、グレンは考えを改めようと思った。


「何か必要なものはあるか?」

「飲み物がほしい」

「コーヒーでいいか?」

「いただくわ」


 震える手で水筒から注がれたコーヒーを受け取ると、一気に飲み干す。グレンの肉体にわずかに活力が蘇った。彼女は何気なく警察官達の腰を見た後、あることを思いついた。


「少しの間、それを貸してくれない?あなた達二人分のよ」


 インファナルは天井へ糸を伸ばし、上昇する勢いで無理やりトコヤミを振り払った。ひどい腫れのせいで視界が狭くなっているが、そのわずかな隙間から見えるトコヤミは、落ちていた短槍を拾って歩いてくる。その姿はまるで、自分を殺すためだけに製造された、殺人マシーンのように見えた。インファナルが人生でここまで恐怖を感じることなど、今までに一度も無かった。そして、場合によっては最後となる。


「よ、よせ!私に近寄るなぁ!」


 インファナルはそこら中に落ちている物を、糸で拾って投げつける。軽い物は弾かれ、重い物は避けられた。長い足を突き出して距離をとろうとしたが、腰が入っていないその蹴りを避けたトコヤミは、足が床に着くや、床ごと足の甲を短槍で貫いた。


「ゲッ!?」


 後は再び嵐のような攻撃がインファナルを見舞う。しかも床に縫い付けられた足は、身じろぎすることさえ許してくれない。気が遠くなるような激しい痛みを味わいながら、インファナルは覚悟を決める。


(あれだ……あれを使うしかねぇ……)


「ぎぇぺぱぁっ!?」


 トコヤミがとどめとばかりに繰り出したスイングパンチが、インファナルを横倒しになったキャビネットの向こう側まで吹き飛ばした。しかし、これはおかしな挙動である。彼女の足は短槍で床に縫い付けられているはずだ。見ると、その足だけが取り残されている。インファナルが自らの糸で切断したのだ。トコヤミは残された足から短槍を引き抜くと、キャビネットの奥にいるであろうインファナルへ近づいた。


 しかしその瞬間、トコヤミはキャビネットごと凶暴な力で吹き飛ばされた。壁まで叩きつけられたトコヤミが、自身にのしかかるキャビネットをどけると、少なくとも普通の人間からすれば驚愕する光景が広がっていた。


「てめぇは……てめぇは……」


 インファナルの下半身が、完全に巨大な蜘蛛のそれに変わっていた。6本の丸太のような足が、表面にある無数の針を震わせる。両肩からは通常の腕の他にもう一対、甲殻に覆われた新しい腕が、その先端についた鋭利なハサミを光らせている。まさか背中についた昆虫型の羽は、この巨体を空へ浮かべるというのだろうか。


「てめぇは……てめぇは……てめぇは……!」


 インファナルは首筋に刺している、既に魔法薬ポーションが空になった注射器を投げ捨てる。


「てめぇはもうお終いだああああ!!」


 そう叫んだ口元が裂け、新たに生えてきた黒い牙が横向きに大きく開いた。


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