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天罰必中、レクイエムの時

 とある公園。

 少し前までは現場検証のためにトイレに黄色いテープが張られていたが、今はもう無くなっている。ツバメが連れ去られ、ツグミがその犯人を叩きのめしたトイレ。そのトイレがある公園こそ、二人が初めて出会った場所だと言える。


「あの……アケボノオーシャンさん」

「…………」

「アケボノオーシャンさん?」

「あ、はい」


 アケボノオーシャンに化けているサナエは、うっかり自分がそう呼ばれているのを忘れていた。不安そうな大人たちと、一人の少年すなわち今井ケンが、彼女と一緒に生け垣に身を潜めている。


「本当に、ここに息子を殺した犯人と、暗闇姉妹が来るんですか?」


 父親の一人がサナエに問いかけた。サナエがうなずく。


「大きな声を出してはいけませんよ?気づかれたら、犯人は逃げてしまうかもしれませんからね」

「ねぇ、ケン君」


 ジロウの母が少年に尋ねる。


「あなたが見たっていう黒い服の女の子……どこかに見えるかしら?」

「ううん、見えない。あの人は違うし……」


 ケンの視線の先にいたのは、ツグミだった。ベンチに腰を掛け、ずっと待っている。かれこれ1時間はそこで待ち続けていた。日が西に傾き、ツグミの影が長く伸びる。


 じっと足元を見つめていたツグミの視界に、自分とは別の長い影が見えた。視線を上げると、硬い表情をしたツバメと目が合う。


「お姉ちゃん……どうしてツバサちゃんをいじめたの?」

「あなたに会いたかったから」


 ベンチに座ったツグミが少し体をよけると、ツバメがその隣に座った。二人は目を合わさず、どちらも自分の影に視線を落としている。


「ツバサちゃんから、わたしのこと聞いたの?」

「うん」

「……わたしを殺しにきたの?」

「……うん」


 ツバメはしばらく沈黙していたが、やがてツグミの横顔を見た。


「やめようよ……!わたし、お姉ちゃんとは戦いたくないよ!わたしとお姉ちゃんは、この世でただ二人だけの暗闇姉妹なのに!」


 ツグミはツバメと視線を合わせず、ただ沈黙している。


「アカねーちゃんたちが許してくれないんだったら、一緒に逃げようよ!ツバサちゃんも一緒に!それで、悪いヤツらを、旅をしながら倒していくの!そうすれば……」

「私がその悪い人なの」

「……どういうこと?なに言ってんの?」


 ここでツグミはツバメに顔を向ける。


「ねぇ、ツバメちゃん。あなたは私の記憶を見ることができるんでしょ?覗いてみて」


 ツバメは困惑していたが、やがておもむろにツグミの頭に両手をつけた。記憶が、そこから流れ込んでいく。


「お姉ちゃんが、今までに殺した人たち……」

「そうね。彼らの表情をよく見て。私が今まで手にかけた人たちの中で、死にたいと思った人は一人もいなかった。誰もが、もっと生きていたいと願っていた。わかれたくない大切な人がいた。そういう人たちを、私は殺してきたの」


 鎮痛な面持ちになったツバメが、ツグミの頭から手を離す。


「でも……でもそれは、悪いヤツらが殺した人も同じじゃないか!」

「うん。それが、暗闇姉妹が人でなしを闇に裁く理由。でもね、それは正義なんかじゃないの。暗闇姉妹は、悲しみに悲しみを重ねることしかできない。それでも、誰かが怨みを晴らさなければいけない。暗闇姉妹は、恐れられる怪物リヴァイアサンとして生きるしかないの」

「ウソだ!!そんなこと!!」


 ツバメはベンチから飛び降り、キッとツグミの顔を睨む。


「お姉ちゃんは……お姉ちゃんはわたしのヒーローなんだ!!お姉ちゃんのことをそんな風に言うのは、たとえお姉ちゃんでも許さない!!」


 ツグミもまた、静かにベンチから腰を上げた。少し歩き、ツバメに背を向ける。


「暗闇姉妹は一人だけでいい。私と、ツバメちゃん。どちらかが生き……どちらかが死ぬ。もしもツバメちゃんが生き残ったら……私とは違う生き方を見つけられるかもしれない。誰かの笑顔を守れるような、そんな本当のヒーローに……」

「どうして……どうしてそんなこと言うの……?わたしは、嫌だ……嫌だよう……」


 ツバメは両腕で顔を覆い、おいおいと泣き始めた。ツグミは背中で、それを聞き続ける。


 どれだけの間そうしていただろうか。やがて泣き止んだツバメが、ゴシゴシと顔の涙を拭う。


「……わかった……やる」


 それを聞いたツグミは歯を食いしばり、体を震わせた。だが、やがて体の震えが止まり、氷の表情でツバメに振り返る。ツバメの右手に、黒い宝石の付いた、魔法少女の指輪が光っていた。


「変……身!」


 ツバメは両腕を斜めに伸ばし、それを回転させながら叫んだ。彼女の体が、黒い影と、赤い光のラインで包まれる。漆黒のドレス姿のユウヤミサイレンスに変身したツバメは、首の赤いマフラーをたなびかせた。そして、以前は白色だったグローブとブーツが、今や真っ赤に染まっている。


「あ!あの子だよ!」

「おいおい……マジで変身しやがった……!」


 生け垣に身を潜めている少年と両親たちがどよめく。ほんの少し先に、少年たちの命を奪った犯人がいる。思わず身を乗り出そうとする須賀家の父親の首に、サナエはいつの間に抜いたのか、日本刀の刃をつきつけた。


「ひっ!?」

「おっと、動かないでくださいよ。誰にも二人の邪魔はさせませんから」

「あっ!?この人、アケボノオーシャンじゃない!別の人に入れ替わってる!」


 サナエの右手に魔法少女の指輪が付いていないことに気づいたケンが小さく叫ぶ。


「まさか、あなたも暗闇姉妹!?」


 首に刃をつきつけられた父親がそう尋ねる。


「ご明察ですね。おっと!動かないでってば!」

「でも、あの子が危ないじゃあないですか!」


 須賀父の目線の先にはツグミがいる。それを見てとったサナエは安心させるように言った。


「あの子なら、大丈夫ですから。落ち着いてください」


 サナエもまたツグミを見つめる。


(すみません、ツグミさん。あなたにばかり、こんな役目をさせてしまって……)


 ツグミの右手にも、ユウヤミと同じような、黒い宝石の指輪が出現した。


「変……身……」


 彼女の体が闇のオーラに包まれる。幾重にも影のような包帯が体を包み、まるで漆黒のドレスを形作っているようだ。ツグミの、暗闇姉妹としての姿。トコヤミサイレンスが現れた。


「アカねーちゃんが言っていた。魔法少女の服は、その人の心の形なんだって」


 ユウヤミがトコヤミを見つめる。


「どうしてお姉ちゃんは包帯を体に巻いているんだろうって思ってた。でも、今ならわかる。傷ついていたんだね。誰かに、優しくしてほしかったんだね」


 ユウヤミは、おもむろに短い棒のような物を取り出す。彼女がそれをひねると、端部からダガーのような刃が飛び出した。極端に柄の短い槍のようだ。


「もう誰も……お姉ちゃんを傷つけられないようにするから……」


 トコヤミもまた、同じ槍を、同じように、無言のまま構えた。


 二人はしばらく見つめ合っていた。

 だが、やがて同時に疾走する。二人の体が重なるようにすれ違う瞬間、トコヤミとユウヤミの、それぞれの手持ち槍が消えた。


「!?」


 ユウヤミが驚いた顔をして後ろに振り返る。そこには、肩で大きく息をしながら、その手でユウヤミの手持ち槍の、刃を掴んでもぎ取ったトコヤミの背中があった。トコヤミは槍の刃を握っているので、傷ついた手のひらからポタポタと血が流れている。やがて呼吸を整えたトコヤミは、ユウヤミの手持ち槍を、無造作に地面に捨てた。

 ユウヤミはトコヤミが近づいてくると、彼女を迎え入れるように両腕を広げた。そんなユウヤミを、トコヤミが抱きしめる。そこにはもう、氷の表情は無かった。


「私に会いに来てくれて……ありがとう。大好きだよ……!」

「……お姉ちゃんが……あたたかい……」


 トコヤミは、涙を流しながらユウヤミのうなじの方へ手を伸ばすと、そこに刺さっていた自分の槍を掴み、深く押し込んだ。


 ユウヤミサイレンス/一文字ツバメは死んだ。彼女の死体は、なぜか同じ量の塩に変わった。だが、彼女が持っていた手持ち槍だけは、そのまま現世に残った。それを拾い上げたトコヤミは、ツグミの姿に戻り、どこかへと歩いていく。


「いやぁ、さすがですねぇ!」


 ビルの屋上に登り、望遠レンズのついたビデオカメラで一部始終を撮影していたタソガレバウンサーが称賛の声をあげる。


「しかし、一文字ツバメは不思議な少女でした。死体が消えてしまうとは……天罰代行依頼をした遺族に見せる証拠として、幸いこうして撮影していたわけですが……ちゃんと彼らを集めていたのですね、なるほど」


 そう一人でブツブツと言いながら、三脚を片付けていく。


「それなら、このビデオは私のオカズ……じゃなくて、資料としてもらっておけばいいでしょう。ああ~トコヤミサイレンス!次はいつ会えるでしょうか!?」


 タソガレは俊敏な動きで、その場から去った。


「これで……終わったのか……?」


 須賀カンタロウの父親が生け垣から体を出し、呆然としたようにつぶやく。


「なんというか……もっと喜べるかと思っていた……」


 いつの間にか、アケボノオーシャンに化けていたサナエは姿をくらませていた。天罰代行依頼をかけた西岡ジロウの母親が、同意を求めるように他の家族へ尋ねる。


「ねぇ、私たち、これで良かったのよね?私たち、間違っていないわよね?正しいわよねぇ!?」


(正しい人間なんて、誰もいなかった)


 遺族たちの様子を、公園の木の上から見下ろしている、本物のアケボノオーシャンは内心そう思った。彼女がここで待機していたのは、万が一にもユウヤミが逃げ出そうとした時、結界を張ってそれを阻止するためだった。だが、二人の戦いに干渉することだけは、トコヤミに禁止されていた。


(また一つ、君は傷ついて生きていくんだね。トコヤミサイレンス……)


 オーシャンもまた結界に乗ると、空を飛んでその場を後にする。


 工場のシャッターをくぐったアカネは、コーヒーのマグカップを持って呆けているジュンコを見つけた。


「ハカセ……ハカセ?……ジュンコさん!」

「!……ああ、すまない。少しボーっとしていたようだ」


 ジュンコはすっかり冷めたコーヒーを一口飲む。


「今日はツバメちゃんが来ないなーと思って。それより、例の小学生殺しの件は、何かわかったかい?」

「ハカセ……実は」


 アカネは自分が知っていることを全て彼女に話した。

 やがて、ジュンコの手からマグカップが落下し、コンクリートの床に落ちて粉々に砕け散った。


 ツグミは樹林の中にいた。記憶喪失だった自分を、糸井アヤが発見した場所である。ツグミは、なぜ自分がそこに倒れていたのか、まだ思い出せない。だが、何かこの場所に意味がある気がする彼女は、そこに一文字ツバメの墓標を立てることにした。

 手頃な石を掴み、それでユウヤミサイレンスの手持ち槍を叩いて、地面に挿していく。やがて作業を終えたツグミは、山に沈む夕日を眺め、思わず歌を口ずさんでいた。


「夕焼け小焼けで日が暮れて……」


 そこで一旦切ると、ツグミは再び、その歌を最初からうたいなおした。


 夕焼け小焼けで日が暮れて


 山のお寺の鐘がなる


 お手々つないでみな帰ろう


「からすといっしょにかえりましょ」


『夕焼け小焼け(夕焼小焼)』

 作詞:中村雨紅

 作曲:草川信


 夕闇編 了


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