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仮面をかぶる時

 犬神山神社。

 社殿こそ小さいが、敷地自体は広く、春になると桜が咲き乱れ、花見客で賑わう。だが、桜のシーズンが終わった境内は閑散としており、ここで巫女として働いている中村サナエが不在でも、何も問題はないくらいだった。よって、魔法少女たちが潜む格好の場所でもある。

 巫女の控え場所こと社務所では、グレンバーンとトコヤミサイレンスの二人が、無言で座っていた。ユウヤミサイレンスと激突したのは、たかだが半日ほど前にすぎないのに、もう何日もこうして過ごしているような気がする。

 結局あの後、ユウヤミサイレンスの行方はわからなくなってしまった。ユウヤミが犯人であったことをアケボノオーシャンに報告すると、当然彼女も驚いた。そして、グレンとトコヤミに、ここに待機するように指示したのもオーシャンである。


「闇雲に動いても仕方がないとはいえ……オーシャン……いつまで待たせるのかしら?」


 誰に言うでもなく、グレンが携帯電話を見つめながらつぶやく。現在オーシャンは、今井家で少年を護衛中のはずだ。暗闇姉妹としての会話を聞かれるわけにもいかないので、これもまた、むこうからの連絡を待つしかない。


「やっぱり、ハカセにも伝えるべきなんじゃないかしら?」


 そう聞かれたトコヤミは、首を横に振る。もともと、ユウヤミことツバメが犯人かもしれないから、ジュンコには情報を伝えないようにと言ったのはオーシャンだ。ましてや犯人だと確定した現在、ジュンコにそのことを伝えるメリットは無い。ジュンコがツバメを匿ったり、あるいはグレンたちを妨害したりするとは思えないにしろ、不安要素をあえて抱える理由は見つからなかった。


「冷たいのね」

「ごめん」

「謝らないでよ……」


 そうして、社務所は再び重い沈黙で満たされた。


 しばらくそうしていると、急にトコヤミが立ち上がった。ここに近づいてくる気配を察知したらしい。


「誰か来たの?」


 グレンもまた立ち上がる。やがて参道の砂利を踏む足音が、社務所の入り口に近づいてきた。


「グレン、そこにいる?」

「オーシャンなの?」

「うん。開けてくれるかな?」


 グレンは言われた通り、社務所の鍵を開けた。オーシャンがドアを開けて中に入る。だが、彼女は一人ではなかった。もう一人、小学生の女の子を連れている。


「あ……えっ?」


 グレンは意表を突かれた。彼女がどこか、一文字ツバメに似ていたからだ。


「うん、やっぱりそう感じるよね~」


 オーシャンもまた、初めて彼女に会った時は、思わず勘違いしたほどだ。


「この子は一文字ツバサちゃん。ツバメちゃんの、妹なのさ」

「そう……なの?ツバメちゃんに妹がいたなんて、知らなかった」


 そう紹介されたツバサは、トコヤミサイレンスに目が釘付けになっている。


「あなたが、その……ツバメちゃんが言ってた……」

「なぁに?」


 トコヤミがそう聞き返す。


「ヒーロー……だって……」


 そう聞くと、トコヤミはどこか悲しそうな笑みを浮かべた。


 社務所の中で4人が車座になると、早速グレンがオーシャンに尋ねる。


「ところで、あんたがここにいるってことは、今井君の護衛はどうなっているの?」

「おギンちゃんに交代したよ。あの子、実は正面切っての戦いなら私たちの中で最強だからね。ユウヤミサイレンスが相手なら、むしろ私なんかより適任さ。私の姿に変身したスイギンスパーダを、みんな私だと思いこんでいる」

「みんな?」

「今井家に、死んだ二人の家族も集まって今後のことを話し合っている。私たちに天罰代行依頼をしたのは彼らさ。そうそう……」


 オーシャンは思い出したように言う。


「今井君が狙われているって匿名の書き込みがあったよね?それをしたのは、このツバサちゃんなんだ。ツバメちゃんから直接そう聞いている。この子は……」


 オーシャンが何かを言いかけるが、その目がツバサに許可を求めた。その視線に、ツバサがうなずく。


「ツバサちゃんは、被害者である西岡ジロウ君、須賀カンタロウ君、そして今井ケン君とその妹のレンちゃんからね……窃盗に器物損壊と名誉毀損、傷害と脅迫を受けていたんだ」

「そ、そんな大げさな……!」


 口を挟もうとするツバサにオーシャンがピシャリと言う。


「何か間違ったことを言ったかな?お姉さんはそういう犯罪行為を『いじめ』という言葉で矮小化するの、すごく嫌いだよ」


 そう言われると、ツバサが恥ずかしそうにうつむく。トコヤミが口を開いた。


「話が見えてきた気がする。なんでツバメちゃんが子供を殺したのかわからなかったけれど、つまりそれが、ツバメちゃんが彼らを襲った理由なんだね」


 オーシャンがうなずく。


「さぁ、ツバメちゃん。申し訳ないけれど、私にしてくれた話を、このお姉さんたちにも話してくれないかな?今井君たちが君をターゲットにして、何をしてきたかを……」

「ちょっと、そんな話はいいじゃない」


 グレンはそう言ったが、オーシャンは首を横に振る。


「たしかに愉快な話ではないけれど、でもツバメちゃんの秘密を知る上で、避けて通れないことなんだ。もちろん、ここにいる私たちだけの秘密にするから」


 オーシャンに促されたツバサは、やがてポツポツと、いじめのターゲットにされた経緯を話し始めた。


 私が、5年生になってすぐのことでした。学年が変わってクラス替えしたことで、今井レンという子と同じクラスになったんです。私と違って、明るくて、頭も良くて、足も速くて、友だちもたくさんあの子の机のまわりにいました。そんな子と、よりにもよって私は隣の席になったんです。

 それだけならまだよかったんですが、たまたま鉛筆の絵柄が、同じキャラクターでした。


「いやだわ~一文字さんとかぶってるじゃなーい!」


 そう大きな声で言われて、慌てて次の日から別の鉛筆に変えたのですが……もう、どうしようもなくなっていて……


「意味がわからないわ」


 グレンが真顔で言う。


「兄の今井ケンつながりで西岡君と須賀君が絡んでくるのはわかるけれど、なんで鉛筆の絵柄がかぶったらいじめの標的になるのよ」


 オーシャンも初めて話を聞いた際に同じ感想を抱いたものだ。


「わけがわからないよね。でも、イギリスのとあるロックバンドの受け売りだけどさ、『誰もが愛する人を必要として、誰もが嫌いな人を必要としている』ってやつだと思う。愛にも憎しみにも、本当は理由なんて無いのかもしれない」

「最初は陰口を言われる程度だったんですが……」

「はい、ここで名誉毀損ね。その後、傷害とか窃盗とかも出てくるんだけど……そろそろツバメちゃんの話をしてもらおうかな」


 ツバサがうなずく。


 私……それから毎日がとても辛くて……誰も、私のことを気にしてくれなかったんです。友だちもいないし……

 だから、私は自分で作ったんです。架空の友だちを……


 グレンが眉をひそめる。


「ツバメちゃんの話をするのよね?」

「まあ、最後まで聞いてよ。ツバメちゃんは後から出てくるから」


 オーシャンがグレンをたしなめた。


 私は学校から帰って、毎日その友だちに話しかけました。当たり前ですけど、何も無いところに話しかけているわけですから、返事なんてありません。最初は、自分でセリフを考えて返事をしていました。


「今日の給食はカレーだったよ」

「いいね!」


 とか。


「明日の遠足楽しみだね」

「山の空気はおいしいもんね」


 とか。

 それがいつ頃か、わたしがセリフを考えなくても、勝手に頭に浮かぶようになって。そしてすぐに、直接声が聞こえるようになりました。


「幻聴……ってこと?」


 グレンがツバサに恐る恐る尋ねる。


「そうかもしれません。でも……幻聴でも、なんでも、友だちが私に話しかけてくれる。すごく、嬉しかった。学校で辛いことがあっても、その子だけは私の味方でいてくれたんです」


 私は嬉しくて、その子の姿を考えることにしました。絵を描くの……べつに得意じゃないけれど。でも、何度も描いているうちに、きっとその子が手伝ってくれたんだと思います。姿ができて、その子、すごく喜んでくれました。うっすらとですが、まぼろしのような彼女の姿を、私も見ることができるようになりました。


 グレンも、そしてトコヤミも、その話の結末がおぼろげに見えてきた。あまりにも残酷で、恐ろしい結末が。


 でも……それでも……今井君たちがやること……だんだんひどくなってきて……死のうって思いました。国道の横断歩道で、トラックの前に踏み出そうと足をあげた時、あの子が現れました。私の肩に……そう、触れたんです。私を引き止めたその子は、こう言いました。


「わたしは一文字ツバメ!あなたのお姉ちゃんだよ!これからは、わたしがあなたを幸せにしてあげるから!」


 ツバサの話を聞き終わった時、しばらくは誰も、一言も発することができなかった。


「ツバメちゃんは……人間じゃあないの……?」


 グレンがやっと、それだけ口にする。


「わからない。人間じゃないとしたら、じゃあツバメちゃんは何なのか?魔法少女の常識を超えてしまっているよ、この現象は」


 オーシャンが腕を組んで首をひねっていると、トコヤミがポツリと言った。


「言葉……じゃないかな?」

「言葉?」


 少女たちの視線がトコヤミに集まる。


「神様が世界を創る時にね、最初に言葉が生まれるの。言葉から、全てが生まれる。空も、大地も、生命も」


 グレンとオーシャンが顔を見合わせる。口を開いたのはオーシャンの方だった。


「つまり……ツバメちゃんって、天使なの?」

「それも一つの言葉」


 トコヤミがツバサに向かい合うと、ツバサは彼女に懇願した。


「お願いします!あの子を……ツバメちゃんを止めてください!これ以上、罪を重ねる前に!」


 しばらく沈黙していたトコヤミは、何かを確かめるように言葉を発した。


「私なら、あの子を殺すことができる。あの子がこれ以上、罪を重ねる前に」

「はい!あの子を止めてほしいんです!」


 トコヤミは、また少しの間沈黙した。そして、再び同じような言葉を口にする。


「私は、あの子を殺します。殺された子供たちの……家族の……怨みを晴らすために」

「わかっています。あの子を……ツバメちゃんを止めてくれるなら、私は……」

「『止めてください!止めてください!』って、どうして『殺してください!』って言えないの!!」

「ひっ!?」


 突如激昂するトコヤミに驚き、グレンとオーシャンは言葉を失った。トコヤミはツバサを責め続ける。


「あなたとツバメちゃん……友だちだったんでしょう?友だちなら、罪を重ねてほしくないと本気で願うなら、殺してほしいって頼んでみなさいよ……!死んでほしいと願ってみなさいよ!……でも、ダメね。あなたは今ここに至ってなお、善人であろうとしている。今井君たちへの殺意を、認めようとしないように」

「殺意って……」

「あなたは今井君たちを殺したかった。ツバサちゃんは、あなたのその願いを叶えようとしているの。あなたがそれを認めようとしないばかりに、最悪の結末に至ってしまった」

「じゃあ、私が今井君たちを殺したいって、ツバメちゃんに言えばよかったんですか!?」

「そうよ」

「そんな無茶苦茶な……」


 ツバメが首を振る。


「認めるべきだった。今井君たちを殺したいって。それを認めた上で、それを否定するべきだったのよ。見て見ぬふりをするんじゃなくて。あなたは、自分が誰かの死を望んでいるのを恐れた。悪人になってしまうから。あなたは被害者であり続けようとして、ツバメちゃんを人ならざる人形としか見ていなかった。だから『殺して』ではなく『止めて』と言う。まるで勝手に動いているように。そんな人を人とも思わぬ者を始末するのが……私の仕事……」


 トコヤミがむき出しの殺意をツバサにぶつけた。たしかに、ツバサはいじめを受けていた。だが、たとえいじめっ子であろうとも、このような殺意をぶつけてくる者はいない。初めて本気の殺意を身に浴びたツバサは、恐怖で体が硬直して動けなくなった。


(そんな……これは……息ができない……!)


 徐々に顔が青ざめるツバサを見て、やっとトコヤミがしていることに気づいたグレンが彼女の前に立ちはだかる。


「ちょっと!やめなさい!」


 それによって開放されたツバサは、酸素を求めて激しく呼吸しながら身をかがめた。


「ご、ごめんね~ツバサちゃん!今日はもう帰りなよ!ほらほら」


 オーシャンは慌ててツバサを部屋の外へ出そうとする。


「わあああああっ!!」


 ツバサは赤子のように泣きながら、走り去った。


「いったいどうしたのさ、トコヤミ?」

「これで……ツバメちゃんは私を狙うようになるよ」

「そりゃあ、そうかもしれないけど……」


 ツバサを連れてきたオーシャンにも、これは予想外の事態である。彼女を連れてきたのは、ツバメを追跡するヒントを得ようと思っただけだったのだから。


「人を人とも思わなかったのは……私も同じ。あの子に戦い方を教えても、なんのために戦うのか教えていなかった。命の大切さを、あの子にちゃんと伝えなかった。オーシャンに私は言ったよね?あの子のことは、私が責任を持つって……」

「辛くないの?」


 グレンの質問に、トコヤミは素直に答えた。


「辛い」

「……ねぇ、ツグミちゃん」


 グレンはあえてその名前で呼んだ。


「あなたがツバサちゃんに怒った本当の理由って、その辛い気持ちを、ツバサちゃんと共有できなかったからじゃないの?」

「そうなのかなぁ……わからない」


 うつむいていたトコヤミは、やがて氷の表情となり、オーシャンに言った。


「オーシャン。私についてきてほしい。それと、スイギンにも連絡をお願いしたいの。いいかな?」

「OK」

「あれ?アタシは何をすればいいの?」

「ついてこないで」

「は?」

「あなたは優しすぎる」


 トコヤミがグレンにそう答える。


「なによそれ!?アタシが足手まといだっていうの!?」

「ちがう」


 トコヤミは自分の表情を見られないように、グレンに背を向ける。


「私がツバメちゃんを殺せなくなるからなの。ツバメちゃんは、強い。本気でやらないと私の方が死ぬ。だから……私を見ないでほしい」

「そこまで……」


 徹底するのか。

 同行を諦めたグレンに対して、オーシャンは何と声をかけていいのかわからなかった。


 社務所から出たトコヤミとオーシャンが参道を歩いていると、突然グレンが飛び出してきた。オーシャンと違い、振り返りもしないトコヤミの背中をグレンが罵倒する。


「バカヤロー!!」


 グレンは続ける。


「その顔についた仮面の下!!一番優しいのは、あんたの方じゃない!!」


 オーシャンは、グレンが何を言いたいのかわかる。今もトコヤミの顔には、氷の表情がうかんでいる。だが、それはただ本音を隠しているにすぎないのだ。彼女はいつだって、そうして涙を隠して人を討っている。


「バカヤロー!!」


 もう一度そう叫んだグレンの声を聞いた後、トコヤミはオーシャンをうながした。


「……行こう」

「……うん」


 神社のそばにあるバス停に着いたときには、二人の魔法少女は元の姿に戻っていた。今井家にいるサナエには、すでにオトハが連絡して手筈を整えている。あとはオトハとツグミが移動するだけだ。


「ねぇ、ツグミちゃん」


 バスを待ちながらオトハが話しかける。


「ずっと気になってたんだ。どうしてツグミちゃんが暗闇姉妹をやっているんだろう?って。こんなに……辛いのに」

「あの人と約束したことだから」

「あの人?」

「あなたたちは、あの人のことを……『魔王』って呼んでた」

「ええーっ!?」


 つい驚いてしまったオトハだったが、ツグミが少し傷ついた表情をしたように見えたので、あわてて弁解する。


「ご、ごめん!大声出しちゃって。そんな魔法少女がいるなんて思いもよらなかったから。その……魔王と契約した魔法少女がいるなんて」

「私のこと……嫌いになった?」

「そんなわけないじゃん」


 そこはオトハも自信を持って言えた。


「アッコちゃんなら、『それでもツグミちゃんはツグミちゃんじゃない!』って笑い飛ばすよ、きっと。私だって同じさ」

「そう……」


 やがてバスがやってきた。神社のバス停で待っていたのはツグミとオトハだけだ。


「……ねぇ、ツグミちゃん。私たちを置いて、どこかへ行っちゃったりしないよね?」


 その質問には答えず、ツグミはドアが開くとバスの中に入っていった。


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