トモダチが壊れた時
小さな公園の敷地内で、赤色と黒色のシルエットが激突する。肉と肉がぶつかり合い、二人の魔法少女が大気を震わせながら、骨身を削って争った。やがて、お互いの上段回し蹴りを防ぎあい、ステップバックして距離を取り合う。
「たいしたパワーだわ」
空手をツバメに教えたのは他ならぬアカネだ。ツバメには抜群のセンスがあった。その上、彼女と契約して魔法少女の力を与えたのは、悪魔の中でも非凡な西ジュンコだ。これで弱いほうがどうかしている。
「小学生二人を殺したのは、あなたの仕業なのね!?どうしてそんな事をしたの!!」
「…………」
「答えなさいよ!!」
「アカねーちゃんには関係がない!」
「グレンバーンと呼びなさい!!」
再び二人が衝突する。インファイトの殴り合いになり、お互いの拳が体に刺さり合うが、ユウヤミはグレンに匹敵するタフネスを見せつける。いや、おそらく単純な力勝負であればユウヤミはグレンを上回るだろう。そして、それだけではない。
「おりゃあ!!」
「!」
ユウヤミの巴投げで、グレンの体が宙を舞う。こうした組技は、ツグミ/トコヤミサイレンスが仕込んだものだ。近接格闘において、ユウヤミはまるで隙がないようにも見える。
「ふん!」
空中のグレンは体を回転させ、両足で地面に着地した。格闘に秀でているのはグレンも同じだ。
「その力を、正しく使ってくれると信じてたのに!!」
「わたしはまちがってない!!」
「何が!?」
ユウヤミが理解を求めるように両腕を開く。
「あいつら、悪いことをしていたんだ!わたしはそれをやめろと言った!謝れって叫んだら、殴りかかってきたのはあいつらの方だ!それでも殴ったわたしが悪いの!?」
「力の差を考えなさいよ!私たちの力は、弱い者を守るためにあるの!」
「じゃあ、弱いヤツがいつだって正しいのか!?」
「そんな議論をしているんじゃあない!!」
グレンの飛び蹴りをユウヤミは身をかがめて避ける。
「私たちの力は、力をもたない者たちのためにある!彼らの……虐げられた人々のための牙になること……それがアタシたちの使命なのよ!」
「そんなのひどいよ!わたしたちが強いのと、弱い人が弱いのは、なんの関係もないじゃないか!わたしが、自分が正しいと思うことに、力をつかってなにが悪いの!?」
グレンはその言葉を聞くと、ひどく失望したような顔をした。ユウヤミは、本人に自覚がどこまであるかわからないが、ある結論に達しようとしている。弱肉強食。それは、オウゴンサンデーと同じ思想である。力を持つ魔法少女こそが、世界を支配するべきだという革命思想。
「……そう。どれだけ言葉を重ねても、あなたにはわからないのね。わかった。なら、もう手加減はしない」
「手加減……だって?」
ユウヤミはその言葉に困惑する。グレンは今までの戦いで、手を抜いていたというのか?ありえない!とユウヤミは思う。グレンはたしかに、今まで本気の力で戦っていた。それは、直接手合わせしている、ユウヤミが一番良くわかっている。
「どらあっ!!」
「おらあっ!!」
「!?」
ユウヤミの拳が宙を切るかわりに、グレンの手刀がユウヤミの喉に刺さった。ほんの僅かの差だ。拳が届くギリギリの間合いを外し、手刀が届くギリギリの間合いにグレンは立っている。もちろん、偶然ではない。
「はあっ!!」
「……おらっ!!」
「!?」
今度は、ユウヤミの攻撃を避けたグレンが、ワンテンポ遅れて彼女の顎を拳で突く。
格闘技において、攻撃を避けることが最も難しいのは、自分が攻撃している時間である。攻撃を開始する瞬間、攻撃中、そして攻撃を終えて元の構えに戻る時。グレンが三番目の隙を突いたのは、ユウヤミの攻撃を完全に見切っているからだ。
「よく考えることね!誰があなたに空手を教えたと思っているのよ!」
「くっ!」
ユウヤミには、たしかに抜群のセンスがあった。技もすぐに覚えられるし、体の力も強い。だが、見切りやタイミングという、経験を重ねなければ身につけられない能力では、グレンの方が何枚も上手だ。
「戦いとは、パワーとスピードだけで決まるものではないわ!あなたは、アタシには勝てない!」
「そんなこと……ない!!」
ユウヤミにはもう一つ武器がある。トコヤミサイレンス仕込みの組技だ。グレンに組みついたユウヤミであったが、しかしその手をすぐに離す。
「あつい!?」
グレンの体が赤熱していた。魔法少女とはいえ、とても素手で触れられる温度ではない。
「おらあっ!!」
「うわあっ!?」
グレンの中段後ろ蹴りによってユウヤミの体が吹き飛ばされる。
たしかに、ユウヤミの格闘技には隙がなかった。アカネとツグミの指導を受けたことにより、打投極全てに対応ができる。だが、打撃能力に勝る相手に、打撃勝負しかできない状況に追い込まれたとあれば、負けは必至だ。だが、ユウヤミは何度打ちのめされても、立ち上がってグレンに向かっていく。
「まだだ!!まだおわってない!!」
体中がボロボロになったユウヤミを見て、むしろグレンの心の方が痛んだ。もう終わりにしなければ。
「このぉ……わからず屋ああっ!!」
ユウヤミの目に映っていたグレンの上半身が消えた瞬間、前方に宙返りするグレンの踵がユウヤミの顔に落ちる。カウンターで決まったグレンの胴回し回転蹴りが、ユウヤミの頭を地面に叩きつけた。
「ぎゃああっ!?」
倒れたユウヤミは顔をおさえて、地面をのたうちまわった。やがてグレンに背を向けて四つん這いになり、ひどく痛む顔を片手で押さえたまま動かなくなった。
「ねぇ……聞いて?ユウヤミサイレンス」
勝負はもうついたと思ったグレンが彼女に優しく語りかける。
「たしかに、あなたは間違いを犯した。でも、あなたが反省してくれるなら、命まではとらないわ。アタシは、あなたに生きていてほしい。みんなに謝りましょう?アタシも……一緒に謝ってあげるから、ね?そして、死んだ二人の子のために、償い続けるのよ。その力で……」
「うぅ……目が痛い……痛いよぉお……!」
「!?」
グレンは顔を押さえて苦しみ続けるユウヤミの様子に慄いた。赤熱していたグレンの体が、元の温度まで冷えていく。
(まさか、眼球が破裂したの!?)
グレンは慌ててユウヤミの背中に駆け寄る。
「落ち着いて!手で擦ってはダメよ!すぐにトコヤミに治してもらうから、それまで……」
「アカねーちゃん!」
「ツバメちゃん!」
振り返って抱きついてきたユウヤミを、グレンは思わず抱きしめた。
だが、その時である。
「ツバメ……ちゃん……!?」
「……わたしはまちがっていない。すべてが……正義だ」
右脇腹に激痛を感じたグレンは、そっとユウヤミの体を離した。グレンは痛みの発生源に視線を落とす。そこには、トコヤミサイレンスが殺しに使う道具と同じ、極端に柄の短い槍が突き刺さっていた。
「動いちゃダメだよ?肝臓を刺したから、それを抜いたら死んじゃうからね」
グレンがその場に座り込む。
「どういうことなの……?トコヤミサイレンスは、あなたにこんな殺しの技まで教えていたの……?」
「ううん」
ユウヤミは否定する。
「わたしには、もともと不思議な力があるの。誰かの記憶を覗いたり、誰かの力をコピーすることができる。コピーの方は、一回しかできなかったけどね。わたしは傷ついたツグミお姉ちゃんを治してあげたかった。だから、ツグミお姉ちゃんのことは、誰よりも知っている。アカねーちゃんと会う前から、わたしは暗闇姉妹第2号。そして、みんなのおかげで、わたしは本当に暗闇姉妹第2号」
「そう……それでトコヤミサイレンスと同じ能力を……」
グレンがうめくように言う。
「今日はもう、やめにしようよ。今井ケン君の命、今日だけは生かしておいてあげる。そうしないと、アカねーちゃんは無理してわたしを追いかけようとするでしょ?だから、安心して。きっとツグミお姉ちゃんが治してくれるから」
「なめるな!!」
「えっ!?」
グレンは叫ぶと、脇腹の手持ち槍を引き抜いて投げ捨てた。
「やめてよ!そんなことしたら……血がどんどん流れちゃうよ!?」
「うおおおおおっ!!」
グレンが燃える拳を振り回し、ユウヤミに襲いかかる。ユウヤミは後退しながらも、それを受け流していく。
「おねがい!!攻撃はやめて!!治す!!治すから!!炎を消して大人しくして!!」
「うるさい!!かかってきなさい!!」
「本当に死んじゃうよぉ!!」
ユウヤミはグレンの命を助けたかったが、聞く耳を持たない彼女の炎に阻まれて、回復魔法を施すことができない。
すると、ユウヤミを背後から追い抜くように、さっと黒い影が飛び出し、グレンの前に立ちはだかった。
「お姉ちゃん!?」
トコヤミサイレンスである。
「私にまかせなさい」
ユウヤミはそう言われると、脱兎のごとくその場から駆け去った。トコヤミは、燃えるグレンと両手を合わせて取っ組みあう。炎は容赦なく、トコヤミの肌を焼いた。
「くっ……!」
「このバカヤロウ!!」
トコヤミの手をもぎ離したグレンは、彼女の顔を力任せにぶん殴った。吹き飛ばされて、うつ伏せに倒れたトコヤミが、そのまま動かなくなる。
「立ちなさいよ!!」
トコヤミにそう叫んだグレンであったが、徐々に彼女の体をおおう炎が小さくなり、そして元の温度に戻った。
「……ごめん、ツグミちゃん」
「……うん」
トコヤミが顔をあげた。グレンの右脇腹を貫き、肝臓まで達していた傷が、治っている。回復魔法で命を助けられたグレンが、空に向かって獣のような咆哮をあげた。
「ああああああああああああああっ!!」
そして、目から熱い涙を流してつぶやく。
「アタシって……どうしてこんなにバカなのかしら……?」