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他人よりも遠く見えた時

 工場ではジュンコが電話の受話器に耳に当てていた。


「オトハ君かい?すまないねぇ、授業中だったろうに」

「いいえ。それより、急ぎの話ってなんです?」

「天罰代行依頼だよ」


 ジュンコは手短に、市立城南小学校で男子二名が遺体で発見された経緯を話した。そして、被害者遺族からの依頼のことも。


「だが、それだけではない。被害者家族とは別の、匿名の人物からもこの件についての書き込みがあってね。それによると、今井ケンという男子が次のターゲットらしい。今サナエ君に、小学校に忍び込んでもらって、今井君の住所を調べてもらっているところだ。彼女から連絡があるだろう。わかり次第、ツグミ君にも動いてもらう。なんとか今井君が襲われるより前か、襲われているタイミングに乱入して天罰を遂行したい」

「その匿名の人物とやらは信用できるのでしょうか?」

「わからないが、無視するわけにもいかない。どこからアクセスしているのかこちらで解析するよ。場所がわかったらメールを送る」

「りょ」


 電話を切ったオトハは、教室に戻るなり敬礼して叫んだ。


「和泉オトハ!お腹が痛いので早退しま~す!」

「和泉~!またか~?」


 オトハの普段の心がけが悪いせいで、材料力学の塩田教授からは怪しまれなかったようである。


 今井家の二階がケンの自室になっていた。ベッドの上に座り、布団を頭からかぶって震える少年に、氷川婦警は優しく語りかける。


「ねぇ、ケンくん。あなたは昨日の夕方、ジロウくんやカンタロウくんと一緒だったのですよね?何を見たのですか?大丈夫ですよ。お姉さんがきっと力になりますから」

(力になれるわけがない……)


 おし黙ったまま少年は考える。警察では、あの魔女を止められるわけがない。人間の頭を、まるでスイカ割りのように粉砕する、あの怪物を。


(あいつは……俺の命も狙っているんだ……もうお終いだ……誰もあいつに敵うわけがないよ……)


 両親が心配そうに見守る中、氷川はめげずに少年に声をかけ続ける。


「他の人に話すなと脅されているのですか?あなたも命を狙われているのですか?あなた達三人に恨みを持つような誰かに、心当たりはありませんか?」

「そんな……息子が恨みを買うなんて……」


 父親がついそうつぶやくが、心あたりという単語を聞いて、少年がピクリと反応した。


(心当たり……!)


 少年は思い出す。ジロウとカンタロウ、そして自分に、何度もつっかかってきた少女を。彼女は言っていた。


『おまえらに心あたりがなくても!わたしにはたたかう理由があるのだ!』


 そして昨日の魔女。筆箱の持ち主に謝れと叫んでいたのは、どう考えてもその持ち主と関わりがあるからだ。


(ツバサだ!一文字ツバサ!あいつが奴らをけしかけたんだ!)


 少年は、ツバメと漆黒のドレスの魔女が同一人物であるとは知らない。だが、それはたいした問題ではなかった。


「……ちょっと、話を聞くのは難しそうですね。警察の方でしばらく警戒しますので、お子さんを慰めてあげてください」


 そう両親に語りかける氷川は、少年の瞳に暗い炎が燃えるのに気づかない。


(アイツを殺してやる!どうせもう俺の命も助からないんだ!だったらアイツも死ねばいい!)


「氷川さん、コーヒーにミルクと砂糖は入れますか?」

「いいえ、奥さん。おかまいなく」


 氷川が母親に会釈していると、父親が黒いカバンを持って玄関に向かう。


「仕事ですか?」


 氷川のその言葉に非難するようなニュアンスを感じ取った父親は、弁解がましく言った。


「すみません、どうしても大事な会議があるもので……息子のことをくれぐれも頼みます」


 そう頭を下げて出ていく。


「あっ」

「!」


 今井父が玄関を出ると、路上に駐車したバイクの側で、なにやら空を見上げていた少女と目があった。銀髪の少女はそっぽを向き、なに食わぬ顔で下手な口笛を吹いていたが、やがて今井父が近づくと、


「どうも!おはようございます!」

「は、はぁ。おはようございます」

「いや~今日はいいツーリング日和ですね!それでは、ワタシはこれで!さよなら!さよなら!さよなら~!」


 とバイクにまたがり、今井家の前から去っていった。


「……なんだったんだぁ?婦警さんはケンが狙われているかもしれないと言っていたが……いや、まさかあんなのではないだろうなぁ……」


 しばらくあっけにとられていた今井父は、やがて小走りで駅までの道を駆けていった。


 二階の自室に引きこもっていた今井ケンは、窓ガラスをコツコツと叩く音を耳にして、震え上がった。


(誰だ!?まさか……あの魔女なのか!?)


 恐る恐る、かぶっている布団の中から外を見たケンは、光る青い板のような物に乗って、中を覗き込む奇術師のような少女と目があった。


「どもども~」

「あっ!アケボノオーシャン!」

「しーっ……」


 宙に浮きながら人差し指を唇の前に立てる閃光少女の姿を見た少年は、窓ガラスの鍵を開けて、二階のベランダに降り立った彼女を中に招き入れた。


「私のこと知ってたんだね~うれしいな~」

「当たり前じゃないですか。グレンバーンさんも一緒なんですか?」

「どうかな?ひとまず、何かを守るような仕事は、わたしの十八番おはこだからね~」


 少年は納得した。グレンバーンは炎の閃光少女で、アケボノオーシャンは結界の魔術師だ。そんな事は、城南地区に住んでいる者ならば、猫でさえ知っているだろう。少年は昨日の夕方から続いていた緊張から、やっと開放されてへたり込んだ。


「大丈夫~?」

「ぐすっ……ありがとう……」


 涙ぐんで鼻をすする少年の横にオーシャンが腰を掛けた。


「なるほど、君が狙われているというのは、どうやら本当だったんだね~。ねぇ、お姉さんに話してくれないかな?一体なにがあったの?」

「それは……」


 ケンは、昨日のことを回想する。学校の焼却炉に、一文字ツバサの文房具を投げ入れた。だが、そのことをすっ飛ばし、少年が声を荒げる。


「アイツだ!アイツがやったんだ!一文字ツバサ!アイツが俺たちの命を……!」

「え?ちょっと何なの?落ち着いてほしいな~。一文字ツバサちゃんって、悪い魔法少女なの?」

「いや……ちがうかもしれないけれど……でも、アイツが魔女の親玉なんだ!それはまちがいない!アイツが魔女をけしかけて、俺たちに仕返しを……!」

「待って。今、君『仕返し』って言った?」

「うっ!……」


 少年は言葉をつまらせる。


「……ねぇ、話してくれないかなぁ?君たちが命を狙われるほどの『仕返し』の原因ってさぁ……なんなのさ?」

「それは……」

「オーシャン」


 窓の外から呼びかけられたのでオーシャンが振り向く。二階のベランダに、いつの間にか音も無くトコヤミサイレンスが降り立っていた。サナエから今井家の住所を聞いた後、自力でここまで辿りついたらしい。オーシャンはうなずいて手招きするが、突如今井ケンはパニックを起こした。


「うわあああああああああ!!」

「え、ちょっ!?」

「?」

「やめてえええええええ!!殺さないでええええええ!!」


 二階の悲鳴に気づいた氷川と今井母が、慌てて階段を登り、少年の自室に踏み込む。


「どうしたんですか!?」


 拳銃を室内に向ける氷川が目にしたのは、少年をなだめるように抱きしめて、背中をポンポンと叩き続けるアケボノオーシャンの姿だった。


「大丈夫、大丈夫だから……」


 彼らの他に室内に人影はない。


「えっと……あなたは?」

「どもども、閃光少女のアケボノオーシャンでーす」


 氷川が拳銃を下ろす。鍵の魔女タソガレバウンサーとしては眉間に一発ぶち込んでやりたいが、今井母が同席しているのだから、そういうわけにもいかない。だいたい、アケボノオーシャンは氷川の正体を知らないのだから、ここはとぼけておくのが吉だ。


「ケン、どういうことなの?」

「……この人が守ってくれるって」


 パニックから回復した少年が母親にそう話してくれたので、オーシャンの方がむしろ安心した。アケボノオーシャンとしての知名度は、この母親に対しても有効なようだ。


「先ほどの悲鳴は?」

「今井君が通りすがりの魔法少女に驚いただけですよ」

「野良猫みたいに言わないでくださいよ」


 氷川があきれたように言う。


「さっきの悲鳴……まるで犯人にでくわしたみたいでしたよ?」

「そうなのかなぁ?」


 オーシャンが少年に水を向ける。


「……いや、ちょっと違ったかも……」

「ほらほら~」


 とオーシャン。


「だけど……よく似ていたんだ。あの黒いドレス……俺たちを襲ったアイツは、赤いマフラーをしていたけれど」


 その時、屋根の上で小さな物音がする。


「今のは?」

「はて?物音がしたような……しなかったような……」


 オーシャンはとぼけてみせるが、心当たりがあった。


「ではでは、私が念のため見てきましょう。今井君には誰も手を出させませんから、お母さん、安心してください」

「ありがとうございます」


 ベランダから、自分が作った結界に乗ったオーシャンは、屋根の上に立ち尽くすトコヤミの高さまで登っていった。彼女の顔が青ざめている。


「オーシャン、今の話……」

「君が考えていることはわかるよ、トコヤミ。でも、結論を出すにはまだ早いんじゃないかな」


 トコヤミサイレンスに似た姿をして、しかも赤いマフラーをしている魔法少女。それは一人しか考えられなかった。ユウヤミサイレンス。その正体は一文字ツバメ。


「見間違いとか、勘違いだって考えられる。それこそ、タソガレバウンサーや、彼女のチームの残党を見たとか……」

「だけど、本当にツバメちゃんがやったことだとしたら……」


 オーシャンはしばし沈黙した。


「トコヤミ。一度ジュンコさんの工場に戻ってみてよ。いつもなら、そろそろツバメちゃんが来ている頃でしょ?」

「ジュンコさんに電話したらいいんじゃない?ツバメちゃんの様子はどう?って」


 オーシャンは首を横に振る。


「ツバメちゃんはジュンコさんと契約して魔女になったんだ。まだジュンコさんには話さない方がいいと思う」

「ジュンコさんがツバメちゃんをかばうからってこと?」

「いいや、そこまでは思っていない。でも、あの二人にはそういう特別なつながりがある。ジュンコさんが感づいたら、ツバメちゃんも同じように感づくかもしれない。私たちが疑っているって」


 ベランダから氷川が顔を出して上に登っているオーシャンに問いかける。


「どうしました?何か見つけたんですか?」

「ええ、たしかにいましたよ」

「えっ?なにが?」

「かわいい黒猫ちゃん。よしよ~し」


 オーシャンはそうごまかしながら屋根の上にあがって氷川の視界から姿を消す。


「頼むよ、トコヤミ。婦警さんの手前、今井君を放って動くわけにはいかなくなった。私は彼のボディガードということになっているし、実際その必要はありそうだからね」


 トコヤミは無言でうなずくと、本当に黒猫のような音のない足取りで屋根の上を歩き、そのまま跳躍して姿を消した。


「あは~猫ちゃんに逃げられちゃいました~」


 そう言いながら二階のベランダに戻るオーシャンを、一人の黒い影が密かに見つめていた。


(お姉ちゃんたち……どうしてここに……?)


 ツバメである。いや、今は変身しているのでユウヤミサイレンスと呼称する方が正しいだろう。


(これじゃあ手が出せないよー)


 生け垣に身を隠していたユウヤミは、ふと自分の右手を見てぎょっと驚いた。


「え?え?どうして?」


 右手につけたグローブが、昨日よりも、赤く染まっている範囲が広くなっている。元々は白いグローブだったのだが、いじめっ子の頭を叩き潰した時に、血で染まったのだ。だが、不可解である。殺害したとはいえ、彼らの体には回復魔法をかけたのだ。当然、血液も治るのだから、ずっとグローブに染み込んでいるのはおかしい。


「うう……」


 今井家の近くにある小さな公園に駆け込んだユウヤミは、水飲み場の蛇口を開き、外した右手のグローブを洗った。だが、何度水で洗っても、グローブはキレイにならない。


「う、わ!」


 それどころか、血染めの部分がどんどん広がり、右手のグローブは完全に赤色に変わった。それどころか、左手のグローブさえ、手のひらの部分が赤く染まってきている。


「ツバメちゃん」

「!」


 後ろから声をかけられたユウヤミが、驚いて振り向く。そこには、グレンバーンが立っていた。


「洗濯?なら、炎を貸してあげようか?」

「あ……あは、あはははは」


 ユウヤミがへつらうような笑い声をあげる。


「さっき、車にひかれちゃったネコちゃんを埋めてあげたの。でも、なかなか血が落ちなくて……」

「ツバメちゃん、魔法少女の服装の秘密……知ってる?」


 グレンが血染めのグローブを指さす。


「私たちの服は、私たち自身の心の形が現れたものよ。その色は、真っ赤な嘘をついている証拠……ということね」

「…………」


 沈黙するユウヤミに対し、グレンが腰を落とし、半身に構える。


「どういうことか話してもらうわよ……ユウヤミサイレンス……!」


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