幸せの形を見つめた時
深夜0時。
工場の敷地をバイクのライトが照らした。ツグミはすでに就寝している。ジュンコは彼女を起こさないように、そっと工場の外へ出た。
「こんばんは、ジュンコさん!いや~遅くなってスミマセンね」
「かまわないさ。むしろわたしが君に無理を言ったのだからねぇ」
「探していたのは、コレで間違いないですね?」
「……ああ、間違いない」
ジュンコはサナエから、ナイロン袋に入った大きな箱を受けとった。ナイロン袋にはオモチャ屋のロゴが入っている。
「ツバメちゃん、喜んでくれるといいですね!」
とサナエ。
それは、ジュンコがツバメのために買ってあげたオモチャだった。だが、ちょうどそれを買って帰った日に、タソガレバウンサーにセーフハウスを襲撃されたのだ。セーフハウスに残された他の荷物はこの際どうでもいいとして、このオモチャだけは回収しておきたいとジュンコは願った。サナエに無理を言い、彼女の変身能力を駆使して回収してもらったのが今というわけである。
「あがっていくかい?」
「いえ、今日は遠慮しておきます。眠たくなってきましたからねぇ。ふぁ~」
あくびをしたサナエは再びバイクにまたがり、夜の闇に消えていった。
「さてと……トコヤミサイレンスの回復魔法にまちがいはないはずだが、一応……」
ジュンコはオモチャの入った箱を開封した。それは、ミニチュアの家であった。二階建てで、リビングや寝室、バスルームなどもデフォルメして再現されている。中に住む家族を再現するために、動物をモチーフにした小さな人形が付属しているようだ。
「ふーん、こんな物が面白いのかねぇ?」
なにげなく人形を家の中に並べてみる。
「クロネコの女の子か……これはツグミ君ということでいいだろう。私は……この白いヤギでいいかな」
そうしてみると徐々に興に乗ってきたらしい。
「大きな耳のキツネ……フェネックというのか。これはオトハ君。ハスキー犬はサナエ君ということにしておこう。おや?マサカリをかついで赤い前垂れを付けたクマがいるぞ?これはアカネ君以外に考えられないな。それと……」
ジュンコは最後に、コウテイペンギンの赤ちゃんをクロネコの女の子のそばにおいた。それが、ツバメだ。
「家族かぁ……不思議だねぇ。なんだか見ていて飽きない気がするよ」
悪魔としてのジュンコの生命は個体として完結していた。すなわち家族というものは存在しないし、必要でもない。天罰必中暗闇姉妹のメンバーも、同士であって家族ではない。ツバメたちを養子にしようと考えたのも、管理しやすくするための打算にすぎないはずだった。だが、そう割り切っていたはずの心境に、徐々に変化が現れようとしている。
「…………」
悪魔に睡眠は必要ない。ジュンコはじっとそれを、夜が明けるまで眺めていた。
時刻は午前9時である。
「亡くなっていたのは、この学校の6年1組の西岡ジロウ君と須賀カンタロウ君……間違いありませんね?」
「はい……」
城南署の氷川婦警の質問に対し、城南小学校の校長は、沈痛な面持ちでそう答えた。
事件が発覚したのは、午前7時50分頃のことだった。いつものように教師の一人が可燃ごみが入ったゴミ箱を抱え、焼却炉の蓋を開けた時に、彼らを発見したのである。
「あの狭い焼却炉の中に、男子二人が押し詰められていた……」
氷川は死体を発見した時の様子を回想する。二人はすでに死んでいた。奇妙なことに、死因と思われるような外傷や、毒物の反応もない。強いて言えば体に擦ったような傷がついているが、これは犯人が焼却炉に彼らを押し込んだ際ついた傷だろう。
「婦警さん、やはりこれは他殺でしょうか?」
「間違いなく、そうでしょうね。私は、心臓麻痺や脳卒中を起こした人間が、自ら焼却炉に飛び込んだという話は聞いたことがありませんから。彼らが誰かから恨まれていたとか、つけ狙われていたとか、そんな話を耳にしたことはありませんか?」
「いや……それは……その……」
「?」
何故か煮え切らない態度を取る校長に、氷川は眉をひそめる。
「あの、氷川さん」
校長室に女性教員が顔を出した。
「西岡君と須賀君のご家族の方がお見えになりました」
「わかりました。こちらへ通していただけますか」
氷川の言葉を聞くと、校長室に4人の男女が入ってくる。被害者男子二名の両親だ。つい先程、遺体が間違いなく自分たちの子供であったと確認してもらったところである。西岡ジロウの母親は、涙をとめどなく流していた。他の3人も、気持ちは同じだろう。
「捜査一課の者が間もなく到着します。お手数ですが、形式的な質問を二つ三つよろしければ……」
「……婦警さん」
「なんでしょう?」
父親の一人が口を開く。
「息子を殺した犯人は捕まえられるのでしょうか?」
「もちろん、そのつもりです。ですので、捜査にご協力ください」
氷川はそう言ったが、カンタロウの父親は納得出来ないようだった。
「こう言っちゃなんですが、警察は今回の事件に対応できるんですか?二人の男子を傷つけること無く殺し、その体をあの狭い焼却炉に詰める……そんなことが、普通の人間にできるとでも?」
「どういう意味ですか?まさか、犯人が人間ではないとでも?」
「とぼけちゃいけませんよ!」
その言葉に、被害者遺族全員が同意する。
「あんたら警察はハッキリ認めませんが、我々だって馬鹿じゃないんです。人外の力で人を殺す魔法少女が暗躍している。警察は彼らを野放しにしている。誰だって本当は知っているんですよ!」
「そう言われると、弱りますね。決して野放しにしたくてそうしているわけではないのですが……」
氷川が困ったように頭をかく。
「ですが、そのとおりですよ。もしも犯人が、魔法という、現在公的に認められていない能力を使って誰かを殺しているとしたら、我々警察では対処できません。そして、仮に我々が逮捕できたとしても、裁判で有罪にできるかどうか」
「なっ!?」
あまりにもあけすけな氷川の言い分に、父親たちは怒りで顔を歪ませた。ジロウの母親は涙に濡れた顔を両手で覆ったまま悲痛な叫び声を上げる。
「それじゃあ私たちは、私たちは誰に助けを求めたら良いんですか!?」
「蛇の道は蛇ですよ、奥さん」
「…………ハッ!」
息を呑んで泣き止むジロウの母親に、被害者家族および教員の視線が集まる。
「あの、婦警さん。今のは、どういう意味で……?」
「言えませんね。高額な仕事料さえ払えば、この世の正義では裁けない、人でなしの魔法少女を、闇に裁いて始末する魔法少女の集団がいるなんて噂話は、とても警察官である私の口からは言えませんよ」
氷川とジロウの母親の視線が交差する。そして氷川は確信した。この母親は、その噂を知っているのだ、と。
やがて氷川はくるりと背を向け、校長室の出口に向かいながら言った。
「警察は、魔法少女の犯罪に対処できません。同じように、もしもそんな魔法少女を処刑する魔法少女たちがいたとして、あなた方が彼女らに何かを頼もうが、どうしようが、我々には管轄外のことですがね」
氷川が去った校長室は、しばらく沈黙に包まれた。やがて、ジロウの母親がポツリと呟く。
「暗闇姉妹……」
「えっ?」
カンタロウの母親が聞き慣れない言葉に困惑する。
「私……噂を聞いたことがあるんです」
『暗闇姉妹』
人でなしに堕ちた魔法少女を始末する者を、人はそう呼んだ。
いかなる相手であろうとも、
どこに隠れていようとも、
一切の痕跡を残さず、
仕掛けて追い詰め天罰を下す。
そして彼女たちの正体は、誰も知らない。
「校長先生、よろしければパソコンを貸していただけませんか?」
「いいえ、そんなことは……」
校長はそばに立っていた女性教員と顔を見合わした。やがて、校長と、彼に促された女性教員が校長室を出ようとする。
「我々は生徒たちにこの事件を伝えなければならないので失礼します。この部屋に置かれたパソコンを使用する許可は出せません。ですが、すでに電源が入ったパソコンをあなた方が操作したとしても、私たちには知る由もないことでしょう」
そう言って校長は、去り際にパソコンの電源を入れ、ログインパスワードを入力する。
バタンと扉が閉まると、4人はパソコンの前に集まった。婦警と校長先生の二人が、本音と建前を使い分けて、自分たちに作ってくれたチャンスを活かすために。
「天罰……必中……暗闇姉妹……」
ジロウ母が、慣れない手付きでインターネットブラウザーの検索窓にそう打ち込む。検索を実行するが、しばらく画面は真っ白のまま、何も映らなかった。
(お願いします……お願いします……お願いします……お願いします……!)
その祈りが通じたのか、ブラウザーに簡素なホームページが表示された。トップページに踊る文字に、4人の目が釘付けになる。
「あなたの力で晴らせない、だれかの怨みを晴らします……」
「あなたに代わって許せない、人でなしども消し去ります……」
「いかなる相手であろうとも、どこに隠れていようとも、仕掛けて追い詰め始末します……」
「天罰代行……暗闇姉妹……!」
そう読み上げた4人は、お互いの顔を見て、うなずき合う。やがて、ジロウ母が代表としてパソコンのキーボードを叩き、最後にこう書き込んだ。
「私たちの、この怨みをどうか晴らしてください」
一文字ツバサは、誰もいない体育館の倉庫の隅に座り込み、頭を抱えて苦悩していた。
(大変な事になってしまった……!大変な事になってしまった……!!)
殺害されたのは、西岡ジロウと須賀カンタロウ。どちらもツバサはよく知っていた。そう、ツバサは彼らが殺害されたのだとハッキリ知っている。犯人が誰で、そして次に誰を狙っているのかも。
「へ~、あの男子、今井ケンって名前なんだね」
「ひっ!?」
気がつくと彼女が背後に立っていた。一文字ツバメである。彼女が両手を彼女の頭に当て、ツバサの記憶を垣間見ている。
「今井君は学校を休んでいるみたいだけれど、妹のレンちゃんは来ていたね。こわくなかったのかな?すべての原因はあの子だったのに……」
「や、やめて!殺さないで!」
「うんうん、そうだね」
ツバメがツバサの懇願にうなずく。
「レンちゃんには、まだ恐怖が足りていない。まずはお兄ちゃんの方からヤらなくっちゃ……自分がどうして狙われているのか、ちゃんとわかってもらってからじゃないと……殺しちゃダメだよね」
「そうじゃなくって……!」
振り向いたツバサにツバメが灰にまみれた何かを差し出す。
「はい、これ。ツバサちゃんの筆箱だよね?ごめんね。あいつらが焼却炉に捨てたのを拾ってきたんだけど、わたしの能力ではキレイに掃除することはできなかったの」
「これを……?」
ツバメは筆箱の他にも、ジロウらに捨てられたいくつかの文房具を差し出すが、ツバサは受け取ろうとしない。
「……そっかぁ。やっぱり嫌だよね。一度焼却炉に捨てられたものだもん。かわいそうなツバサちゃん……」
「あ、あの……!」
体育館の倉庫から出ていこうとするツバメにツバサは声をかけるが、言葉が続かなかった。そんなツバサを見て、ツバメはニッコリと微笑む。
「大丈夫。ツバサちゃんは、わたしが必ず幸せにしてあげるからね。大事な、大事な、たった一人の、わたしの妹だから」
小学校から出た氷川は、携帯電話で上司と連絡をとった。
「なるほど。今井ケン君が何かを目撃している、と」
今井ケンは被害者二人と頻繁に遊んでいたそうだ。彼の両親の話によれば、昨日の夕方、焦燥しきった様子で家に帰ってきたらしい。食事も喉を通らず、体調不良を訴え学校も休んだ。そして、今朝事件のことを知った両親が警察に相談してきたのだ。
「わかりました。では、彼の家にこれから行ってみます」
「すまない。本来なら管轄が違うのだが、人手が足りなくて」
電話の向こうで上司がそう謝っている。
「いいんですよ。市民を守るのが、警察官の仕事ですから」
しゃあしゃあとそう言ってのけた氷川は、ミニパトカーのエンジンをかけた。
「ふふふふふ」
氷川が残酷な笑みを浮かべる。彼女は偶然、三人組の男子に戦いを挑もうとするツバメの姿を目撃していた。そのうちの二人が今回の被害者で、ツバサが変身するユウヤミサイレンスがヒーラーであることも氷川/タソガレバウンサーは知っている。一度殺害してから回復魔法をかければ、死因はわからないものだ。
(一文字ツバサが犯人だとして、ツグミさんはどう動くでしょうねぇ?楽しみにしていますよ。暗闇姉妹トコヤミサイレンスの、ファンの一人として……)