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西ジュンコが死んだ時

 西ジュンコも世界線をループしている。


 その言葉に、グレンは困惑した。意味がわからなかったのだ。ただ、当のジュンコも、その言葉に渋い表情で返している。


「世界線をループしている?」

「ああ。俺と同じなんだろう、西ジュンコ?」

「…………」

「あ、ちがったのか?」


 だが、その口ぶりから、イズィーの方は、そのループとやらをしているらしい。


 ループという言葉は、『輪』あるいは『循環』を意味している。または『繰り返し』ということだ。世界を『繰り返し』生きているという意味でイズィーがループを口に出したとしたら、グレンには、世迷言としか思えなかった。


 しかし、無視できない事がある。それは、イズィーが拘束しているムラサメツグミの存在だ。アケボノオーシャンは、彼女は今とは違う世界線から来たのだと推測していた。もしも、イズィーがそれに関わっているとしたら、あながち世迷言ともいえなくなる。


「君はループしていないようだな、グレンバーン。君はいつも、そうやって悩んでいるもんな」


 グレンの心を見透かしたように、イズィーがそう言った。つい、イズィーに気をとられたグレンが、ジュンコから視線を外した瞬間にそれは起こった。


「あっ!?なんだ!?」


 ジュンコの側面にいるイズィーが、彼女が竹鉄砲を構える右手を掴んだのだ。だが、グレンの目の前にいるイズィーは、相変わらずムラサメを拘束している。イズィーが二人いる!


「ハイ、イズィー」

「やあ、イズィー」


 二人のイズィーがそうやって挨拶を交わすと、グレンの前にいるイズィーが、首を横に振った。


「ちがう!ちがう!アンヘルとはちがうんだ!今ジュンコと踊っているのは、未来の俺なんだ。わかる?つまり、タイムスリップってこと」


 未来のイズィー。つまり、タイムスリップがイズィーの能力ということだろうか。グレンは世界線をループするという言葉の意味が徐々にわかってきたものの、事態はまちがいなく悪い方へ転がって行っている。


「そーれ、アン・ドゥ・トロワ」


 ジュンコの右手を掴んだ方のイズィーが、まるで社交ダンスのようにジュンコを引っぱる。やがて未来のイズィーは、竹鉄砲の銃口をジュンコ本人に向けた。


「つあっ!?」


 銃口が火を吹き、ジュンコの胸を貫いた。悲鳴をあげたジュンコの背を反らせるように支えながら、イズィーは一発撃っただけで砕けた竹鉄砲を見つめた。


「やっぱり、君がループしているわけがないよな。俺なら、もっと改良するもん」


「貴様!」

「おっと!」


 激昂するグレンに、現在のイズィーが改めてムラサメに向けたナイフを誇示する。


「どんな事情であれ、君はツグミちゃんを人質にした俺を攻撃できない。何度も試しているから、わかっている。それに、その手じゃあ……」


 いかにも痛ましいとばかりに、黒こげになったグレンの手をイズィーが見つめた。魔法どころか、これでは得意の空手さえ、ままならない。


 イズィーは、グレンがチラリと廊下の方へ視線を動かしたのに気がついて言った。


「アケボノオーシャンは来ないぞ。彼女にも退場してもらった。オーシャンが回復魔法を使えるようになったのは、前の周回で経験済みだし」

「ああそう……じゃあ、コレも経験済みかしら!?」

「おわっ!?」


 グレンの燃える上段回し蹴りを、イズィーがスウェーバックで躱した。だが炎から火の粉が飛び、イズィーの口髭を燃やす。


「熱ち、熱ちち!」


 イズィーは髭を手で叩いて、鎮火しようとしている。その隙にムラサメを取り返そうとしたグレンであったが、未来イズィーが立ちはだかった。よく見ると、未来イズィーの口髭にも焼けた跡が残っているではないか。


「あえて言おう!経験済みなのさ!」

「うっ!?」


 イズィーはドロップキックをグレンに放った。焼けた腕では十分なガードができず、グレンの体が床に転がった。


「焦るなよ、グレンバーン。お前には後からちゃんと仕事をしてもらう。それまでは……チャオ(さよなら)」


 そう言うや、二人のイズィーはムラサメツグミと一緒に、霧のように消えてしまった。


「くそっ!」


 グレンはすぐさま立ち上がり、血を流して倒れ込んでいるジュンコへと駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「……けっこう深刻だねぇ」


 グレンは傷口を確認した後、すぐに顔を背けた。ジュンコの言葉に偽りはない。


「ああ、どうしよう……とにかく血を止めないと……」

「いや、私はもう助からないだろう。それより、聞いてほしい、アカネ君」


 ジュンコが、変身前のグレンの名前を口にしながら、彼女の肩を掴んだ。


「あの、イズィーという男が言った通りだねぇ。私もまた、あの男と同じように、ループをしている」

「どういうことなんですか!?」

「今やっと、わかったんだ。私は今までに何度も……そう。この光景を憶えている。ただのデジャヴなんかじゃあなかったんだ。君はいつも私を……」

「無理にしゃべらないでください!」


 グレンはジュンコの傷に手を当てて、出血を止めようとするが、手に力が入らない。ジュンコは、そんなグレンの手を掴み、首を横に振る。


「あの男が!イズィーが!私たちが追っていた『神』なんだ!」

「!!」

「だけどねぇ……あの男は本当の神なんかじゃあないね。人間だ。今より、ずっと未来の世界から来た、ただの人間なんだ……!」

「だけど……アイツが本当にタイムスリップができて、世界を何度でもやり直せるとしたら、アタシたちはどうしたらいいの!?」

「心配はいらない」


 ジュンコが笑みを浮かべた。


「逆に考えるんだ。あの男が世界を何度もループしているということはだねぇ。目的が何であれ、君たちがそれを阻止してきたからだ。今度も、そうしてやるといい」

「ジュンコさん……」

「少し、楽にさせてくれ」


 グレンはジュンコから手を離した。黒い手に、赤い血がしみている。


「イズィーを倒すんだ、アカネ君。なあに、私もループしている事が、やっとわかったんだ。次の周回では、もっと上手くやるさ…………」


 ジュンコが静かになった。


 鷲田アカネは、悪魔を憎み、悪魔を倒すために閃光少女グレンバーンとなった。そんな自分が、悪魔の死に涙を流すのは初めての事であった。


「オウゴンサンデー……」


 しかも、今は親友を助けられる見込みも薄かった。オウゴンサンデーは、今も仰向けに倒れ、虚空を睨んだままだ。


「サンデー……!」


 グレンは傷んだ両手を重ね、心臓マッサージを始めた。それは、彼女ができるこの世界線での、精一杯の抵抗であった。

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