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ジブリールの時②

 ムラサメツグミの脳裏に突然現れた魔法少女ジブリール。ムラサメには、どういうわけか彼女の記憶が手にとるようにわかるのだ。


 彼女はアフガニスタンの出身であった。もともと、何の変哲もない少女だったのである。彼女の父親が、アメリカが追っているテロリストの一人、モハメド・クトゥブであることを除けば。


 そんな彼女に転機が訪れたのは、天使アンヘルがクトゥブ親子の前に降臨してからであった。


「今日からちょうど一年後、あなたは死ぬ運命にある」


 天使は唐突に、父クトゥブへそう告げた。モハメド・クトゥブは疑うことなく頭を下げる。


「それが神の定めた運命であるというのなら、私は喜んで死にましょう」

「クトゥブよ。神はそれを望んではいない」

「?」


 アンヘルが娘に視線を移した意味がクトゥブにはまだわからなかった。


「あなたの娘が、あなたの敵と戦い、あなたの命を救うのです」

「天使様。しかし、娘はただの子どもです」

「クトゥブよ、何を疑うのか。神にできない事は何もない」

「いや、しかし……」


 困惑するクトゥブを横目に、アンヘルはクトゥブの娘に近づいた。


「娘よ。父の命を救う道がある。あなたはその道を歩みなさい」

「はい、天使様」


 もとより、父同様に神に対して敬虔な娘であった。その言葉を否定する理由はどこにもない。


「あなたは魔法少女となって、父の敵を殺すのです」

「マホウショウジョ……?」

「今日より、あなたはジブリールと名乗りなさい。神がそう定めたように。あなたに、力を与えましょう」


 魔法少女ジブリールはこうして誕生した。


 やがて運命の日。

 天使が預言していた通り、モハメド・クトゥブはアメリカの特殊部隊の隊員四名に囲まれ、今にも射殺されそうになっていた。


 非武装の父を!


 それはジブリールの怒りを買うのに十分であった。


 クトゥブを狙うライフルを構える隊員の首筋に、冷たい水が落ちる。


(雨……?)


 気がつくと、あたりはすっかり薄暗くなっていた。空に暗雲が立ち込めている。別の隊員が叫んだ。


「バカな!?さっきまで雲一つない晴天だったのに!」


 やがて雨は勢いを増し、ついに雷雨へと変わった。稲光を背中に受け、何かのシルエットが空中に浮かび上がる。それこそがジブリールであった。ジブリールは天使のような背中の翼をひろげ、父の、神の敵に向けて降下していく。


「あれは何だ!?」

「鳥か!?」

「航空機か!?」

「ちがう!あれは……」


 必死に祈り続けていた父クトゥブが、ついに顔を上げてつぶやいた。


「おお……ジブリール……!」


 雷鳴が一際大きく鳴り響く。ジブリールが隊員の一人を指さすと、雷が彼を撃ち抜いた。


「ぎゃあああ!?」


 真黒に炭化して崩れた仲間の仇を討つべく、隊員たちは一斉にライフルをジブリールへ向けた。


「敵だ!応戦しろ!」


 そう叫ぶ特殊部隊隊員を始末するのに、ジブリールは指を向けるだけでよかった。その度に、雷が隊員たちを焼死させていく。


(なんだ。人を殺すのって、こんなに簡単なんだ)


 だが、その代償は決して小さくはなかった。全ての敵を沈黙させてすぐ、ジブリールもまた意識を失ったのである。


 目覚めたのは、幼少から馴染みのある礼拝堂(モスク)の小部屋であった。身を起こそうとすると、女性の声がジブリールを制止する。


「ああ、動かないで!」


 白衣を着た看護師のようである。それも何人もいる。


「先生!先生!」


 看護師の一人が小走りに去っていくと、やがて眼鏡をかけた白人の医師がやってきた。


「ミス・クトゥブ、気がついて何よりです」

「ドクター、私はどうしたのですか?」

「ライフルに撃たれたのです」


 ジブリールは自分の体を見た。胸に何重にも包帯が巻かれ、血がにじんでいる。特殊部隊の隊員たちが、死ぬ間際に撃った弾丸が、この胸を貫いたのだろう。


「ミス・クトゥブ」


 医師は深刻な顔で告げる。


「私も手は尽くしたのです……弾丸は摘出しましたが、その、細かく砕けた破片は摘出できませんでした。あなたの心臓の付近にあって……この村の設備では手術は困難です」

「それって、どういうことですか?」

「破片が心臓に達すれば、命が危ういということです。気の毒ですが…………」


 看護師たちは「なんて可哀想!」とばかりに涙ぐんでいる。が、当のジブリールの反応は淡白なものであった。


「ああ、そうですか」


 そう言ったきり、ベッドに再び横になったのである。ジブリールは天使アンヘルから聞いて知っていたのだ。


(父を助けるかわりに、私が死ぬ運命にある……天使様のおっしゃった通りになりましたね)


 ジブリールは満足そうな笑みを浮かべる。父を助け、神の御告げ通りに事を運んだ。これ以上望む事があるだろうか、と。


 やがて父もまた部屋に入ってきた。


「……すまないが、二人きりにしてはくれまいか?」


 娘の命は助からないと、すでに医師から聞いているクトゥブなのである。部屋から人々が去ると、そんなクトゥブを励ますようにジブリールが笑いかけた。


「神様の言っていた通りでしたね……」

「ああ。偉大なる神は全てを見通しておられる」

「お父さんが生きていてくれて……よかった」

「ああ、娘よ」


 例え敬虔なムスリムであろうとも、娘が可愛くない父親がいるだろうか。ましてや、その娘は自分の身代わりとなって死ぬ運命にあるのだ。耐え忍ぶのは困難であるが、しかし他に道は無かったのだ。この親子には。


 だが、事情が変わった。天使が再び現れ、こう告げたのである。


「おめでとう、モハメド・クトゥブ。あなたの、アブラハムにも劣らぬ献身に、神は喜んでおられる。神はあなたの娘を求めておいでだ」

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