アンハッピーアンバースデイ
プラチナがイズィーに案内されるがまま、いくつかの廊下を曲がっていく。
「ここだ」
「なんだぁ?オレが入れられていた独房に似ているなぁ?」
そう言いながら二人は、突き当たりにある部屋へと足を踏み入れた。
はたして、白衣の女はそこにいた。カメラ画像で見た通り、体を縄できつく縛り上げられているようである。そして奇妙なことに、すぐそばで天使アンヘルが二人、うつ伏せになったまま動かない。
白衣の女の方は意識があった。入ってきたプラチナたちに、すぐに気がついて話しかける。
「うん?誰だ、君たちは?」
「オレは魔法少女のカンノンプラチナだけど……おい!まずは自分から名乗るのが筋なんじゃあねーか!?さもなきゃ、オレだって教えてやんねーよ!」
「……君、さっき自分でカンノンプラチナだと名乗ったじゃないか」
「あっ」
イズィーの方は、倒れたアンヘルを調べていた。
「おかしいな」
「死んでいるのか?」
「いや、生きている……みたいだけど、意識が無いみたいだ。アンヘルがこんな風になっているのは、初めて見た」
「おい、お前!」
プラチナが白衣の女に問い詰める。
「お前がやったことなのか!?」
「西ジュンコだ」
「は?」
「私の名前だよ。時には、ハカセホワイトとも呼ばれている」
「ジュンコ……ハカセホワイト……聞かない名前だな」
「そこに倒れている二人については、私の仕業ではないよ」
白衣の女ジュンコいわく、アンヘルは急に倒れて動かなくなったということらしい。
「私はアンヘルに捕まっていたところなんだよ。仲間と思った、ある女に裏切られてねぇ……」
ジュンコが笑みを浮かべながらも、少し眉にシワを寄せる。
「それで?」
「あん?」
「君らは私を助けにきてくれたのかな?」
「ふん!それはどうかな!」
プラチナは鼻を鳴らす。
「なんか、お前、ちょっと怪しいぞ?ただの魔法少女じゃあないだろ!お前の正体を探った上で、それから……」
「どうも、ありがとう」
「あっ!?おっちゃん!?」
プラチナがジュンコを値踏みする前に、イズィーがジュンコの縄をナイフで切ってしまったのだ。
「なにすぐに助けてんだよぉ!?悪い奴だったらどうするんだ!?」
「そうかな?そんなに悪そうには見えないぞ?」
「いや、悪い奴かもしれない」
当のジュンコがそう言うと、プラチナは「ほらぁ!」と言いながらイズィーを睨んだ。ジュンコがかまわず続ける。
「隠しても仕方がないので話すが、我々は神を殺すためにここに来た。だから天使に捕まっていたというわけだねぇ」
「ほうほう」
プラチナが目を輝かせた。
「聞いたか、おっちゃん!?この人、神様を殺すつもりでここに来たらしいぜ!?」
「おお……おっかないなぁ」
「実は、オレも神様をギャフンと言わせたかったんだ!オウゴンサンデーを裏切ったんだからよぉ!」
「え、オウゴンサンデー」
ジュンコはその名を聞き逃さない。
「ああ!オレはサンデーさんの一番弟子なんだ!」
「オウゴンサンデーとは、さっきまで一緒だったねぇ」
「え!?本当かよ!?」
とはいえ、プラチナにとってはそこまで不思議でもなかった。一番弟子である自分を助けるために、オウゴンサンデーが現れるのは、時間の問題だと思っていたからだ。
「それで、サンデーさんはどこにいるんだ!?」
「わからない。彼女はせっかちでねぇ。一人で勝手に行ってしまったよ」
「ふーん……あっ!」
プラチナはここでようやく気づいた。
「ノラミケがいないぞ!」
それに対して、イズィーがジュンコと一字一句変わらぬセリフを吐く。
「わからない。彼女はせっかちでねぇ。一人で勝手に行ってしまったよ」
「止めてくれよ!おっちゃん!」
ノラミケという名に、今度はジュンコが反応する。
「ノラミケホッパーか!」
「あんたも知っているのかハカセ!?」
ノラミケホッパーは、村雨ツグミが、異世界で新たに身につけた、閃光少女としての姿だ。
「そうか、彼女は元気そうだったかね?」
「まあな。あんたも、あの子の知り合い……」
そう言いかけたプラチナが、ジュンコの目を見つめてかたまる。
「お前、悪魔じゃねーかぁ!!」
「おや、バレたようだねぇ」
「お前お前お前ーっ!!」
「ぐえーっ!苦しいねぇ」
プラチナはジュンコの胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「よくもオレを騙したな、このヤロー!」
「人聞きが悪いねぇ!私は何も君を騙した憶えはないよ」
「まあまあ」
イズィーが間に割って入った。
「ここで争ってみても、しょうがないんじゃないか?」
「そうとも、しょうがないとも」
ジュンコが調子を合わせる。
「それに、君も神とやらに、なにやら恨みがあるみたいじゃないか。協力しあおうとも。君の師匠のオウゴンサンデーのように」
「くっ……!」
オウゴンサンデーの名前を出されると、言い返せないカンノンプラチナである。
「おっちゃん!とにかくグレンの奴を早く見つけだしてくれ!」
「やれやれ、また画面とにらめっこかい」
「何をしているんだね?」
ジュンコがタブレットを覗き込む。イズィーは、この宇宙船内に無数のカメラがあり、タブレットでその画像を見られることを説明した。人を探すのにはうってつけである。
「ならば、私も協力しよう」
ジュンコは床に落ちていたタブレットを拾い上げた。アンヘルが持っていたものだ。アンヘルは二人いたため、タブレットはもう一台落ちている。
「じゃあ、オレも」
プラチナも同じようにタブレットを拾い上げ、画面を操作する。
三人はしばらく、無言で画面を見つめつつ、タブレットを指で操作し続けた。
「おかしいな」
とプラチナ。
「アンヘルの奴ら、あちこちで倒れているぞ?どうしてだ?」
アンヘルの特性は、プラチナも知っていた。全にして個、個にして全。意識を共有する無数のアンヘルが、一度に全員、倒されるとは考えにくいことであった。
「アンヘルの心は一つなんだろ?誰かが、その心を破壊する方法を思いついたのかもねぇ」
ジュンコの考察を聞いたイズィーの指が止まる。
「それは、ちょっと、問題かもしれない」
「何がだ?アンヘルが死んだも同然なら、おっちゃんも自由になれるじゃないか」
「アンヘルは、人体実験をしていたんだ」
イズィーがプラチナたちに説明する。
「その実験の結果、生まれてしまったんだ、その……」
「怪物、かな?」
ジュンコがイズィーの言葉を引き継いだ。
「アンヘルが廃人になったせいで、その怪物が解き放たれた、と……」
「やけに詳しいんだな、ハカセ」
プラチナが感心する。
「まるで見てきたみたいだ」
「ああ、見たとも。この画面の中にね」
ジュンコがタブレットの画面をプラチナたちに向けた。
「うげっ!なんだ、こいつ……!?」
「ああ、間違いない、それだ」
イズィーがつぶやいた。
「アンヘルは、そいつをこう呼んでいたっけ。アンバース、と……」




