ゴッドアイの時
ノラミケホッパーこと村雨ツグミ。
彼女は、ムラサメツグミとアケボノオーシャンが行動を共にしていることも知らない。オウゴンサンデーとグレンバーンが戦い、決着をつけたことも知らなかった。
ツグミは、魔法少女カンノンプラチナと、謎の男イズィーと同行していた。使い込まれた作業服に、よく日焼けした顔。立派な髭を蓄えたその顔は、アラブ人か、ラテン系のようにも見える。そんなイズィーは、本人曰く、アンヘルに頼まれて整備をしている、下界出身のエンジニアだそうな。
「何を言われたのか知らないが、アンヘルは嘘つきなんだ。相談なら俺が乗るから、何でも言ってくれよ」
そうイズィーは言うが、そういうイズィー本人が嘘つきではない保証はない。そうツグミは思うのだが、プラチナはそれを真に受けている。もっとも、プラチナからすればアンヘルは敵。恨みこそあれ信用する理由はないから仕方がないが。
「グレン!グレンバーンの奴!一回ぶん殴ってやらなきゃ、オレの気がおさまらねーぜ!なあ、イズィーのおっちゃん!あいつがどこにいるか探しだせねーか?」
「ああ、人探しだね」
イズィーは愛想のいい笑顔を少女たちへ向ける。
「かんたん!かんたん!」
「本当か!?」
「こいつを使えばいい」
そう言ってイズィーが取り出したのは、光を発するパネルであった。プラチナはともかく、ノラミケにはそれが何かわからない。プラチナは、少し得意げにノラミケに語りかける。
「タブレットだよ、知らねーのか?」
「それって何だニャ?」
「タブレットってーのは、アレだ……アー…………とにかく便利な物なんだよ」
改めて聞かれると説明が難しいプラチナである。
「パソコンとモニターが一体になったような物さ、猫のお嬢ちゃん」
イズィーは手慣れた操作でタッチパネルをタップする。
「ほら!」
イズィーが画面を少女たちに見せると、他ならぬプラチナとノラミケたちがそこへ映っていた。ノラミケが振り向くと、天井に等間隔で、透明な球体がぶら下がっていることに気づく。
「カメラだニャン。カメラだニャン。いっぱい、いっぱいカメラだニャン」
「この設備を俺一人で見て回るのは大変だろ?アンヘルと違って、俺は一人しかいないんだから。だから、いたるところにカメラがあるのさ」
「そうか、それならすぐにグレンを見つけられるな!」
最初はプラチナも、楽観的であった。だが一分たっても、五分たっても、グレンが見つからない。
「おい、おっちゃん。いつまで時間がかかるんだよ?」
「そう言われてもなぁ。なにしろ、この施設には3万3千3百33台もカメラがあるし」
「はあ!?」
プラチナが指を折って数える。
「33,333台ってことは……一つを10秒で見ても90時間以上かかるじゃねーか!」
「正確には、92時間35分30秒ってところかな?」
イズィーだけが、すずしい顔をしている。
「だけど、歩き回ったらもっと時間がかかるよ。ちょっと待っててくれよ」
「ぐににに……」
歯がゆさに顔をしかめるプラチナの隣で、ノラミケは鼻をくんくんと鳴らしていた。猫の能力を獲得しているツグミは、その嗅覚で知り合いを感じとったのである。
(この匂いは……!)
今ならイズィーもプラチナも、タブレットに釘付けだ。これ幸いと思ったノラミケは、二人を残して、そっとその場を後にした。
ノラミケが消えた事に気づかないまま、プラチナはタブレットを凝視している。無人の通路ばかり映っていた画面に、突如、人影が現れプラチナが息を呑んだ。
「あっ、誰だ!?」
見たところ、グレンバーンではない。白衣を着た、黒髪の長い女性のようだ。その体は、縄でがんじがらめに縛られている。アンヘルも二人映っているのだが、どういうわけか、白衣の女性の側で、うつ伏せに倒れ込んでいた。
「気になる?俺も知らない顔だな。それに、アンヘルのやつ、何やってんだ?」
「いや、グレンバーンじゃねーなら、用はねーな」
「そうか」
納得したイズィーは、再び画面を切り替えていった。しかし、一向にグレンの姿は見えなかった。痺れを切らしたプラチナの脳裏を白衣の女がよぎる。
「なあ、おっちゃん。さっきの白衣の女だけど」
「どうした?」
「場所はわかるか?ここから歩いて遠いか?」
「いや、それほどでもない。800メートルほど先だな」
「なんだ!それを早く言えよ!」
「でも、グレンバーンじゃないからって……」
「とりあえず見に行ってみようぜ!何か情報があるかもしれねーんだからよぉ!」
「そうか。じゃあ、バイバイ。気をつけてな」
「おっちゃんも一緒に行くんだよーっ!タブレットをいじりながらでも歩けるだろぉ!?」
イズィーはプラチナに引きずられるようにして共に移動を開始した。
(あれ?猫のお嬢ちゃんは?)
イズィーとは違い、プラチナはノラミケが消えたことに、まだ気がついていないようだ。




