完敗の時
咆哮を終えたグレンのもとへ、天使が滑空して近づいた。着地したアンヘルが、恭しく頭を下げた。
「おめでとうございます」
相変わらず慇懃な口調である。
「オウゴンサンデーを倒したわ」
グレンはアンヘルに被せるようにそう言った。
「約束通り、アヤちゃんのもとに行かせてもらうわよ」
「ええ、どうぞ」
アンヘルが伸ばした手の先へ、グレンは視線を送った。見ると、人間一人よりも少し大きいくらいの、円柱形の物体がある。透明な壁で囲まれたそれは、グレンにも何かわかっていた。ここへ来る時にも使った、エレベーターのような装置である。これに乗り込めば、糸井アヤのもとへ行けるというのだろう。
「……ふん!」
グレンは鼻を鳴らして、その装置へと入っていく。たくましい背中へ、天使は決まり文句を添えた。
「全ては神の思し召し通りに」
グレンが乗り込んだエレベーターは、さらに上へ上へと昇っていった。
白塗りの遺跡に残されたのは、オウゴンサンデーとアンヘルの二人。
「さて……」
アンヘルは手にしている槍の穂先が、十分鋭いのを確かめるように指でなぞると、倒れているサンデーに近づいた。
「無様ですね、オウゴンサンデー」
「……」
その言葉に反応するように、サンデーの体が身じろぎする。しかしアンヘルが見たところでは、彼女は虫の息に見えた。
「放っておいても、あなたは死ぬでしょう。ですが、私は慈悲深い天使です。今すぐ、楽にしてあげましょう」
アンヘルはサンデーを踏みつけ、槍の先端を彼女の心臓へ向ける。
「哀れなオウゴンサンデー。最強の閃光少女と謳われながら、夢を叶えられず、仲間たちは全員殺され、今一人ぼっちで死のうとしている……まあ、来世ではもう少しマシな人生を送れるよう願っていますよ。全ては神の思し召し通りに……」
アンヘルは槍を振り上げた……はずであった。
「は?」
しかし、奇妙な事が起きた。いつの間にか、アンヘルの右手には折れた弓が握られていたのだ。
(これは、オウゴンサンデーが持っていた弓……!)
そして足元に踏みつけていたはずのサンデーの体が消えている。アンヘルも馬鹿では無い。何が起こったのか理解していた。そして理解しているからこそ、額に冷や汗があふれる。
「サンデー!今時を止めた……!?」
「せあっ!!」
振り向いたアンヘルの視界に、槍をフルスイングするサンデーの姿が広がる。
「ほげええええっ!?」
顔面を強かに打たれたアンヘルが、地面でのたうち回った。サンデーは、打った拍子に折れた天使の槍を無造作に捨てる。サンデーは、身なりこそボロボロであるが、肉体には活気がみなぎっていた。
「ば、バカな!?」
アンヘルは鼻血を垂らしながらサンデーを見あげる。
「グレンバーンからあれほどの仕打ちを受けて……なぜ立っていられる!?ほとんど死にかけていたくせに!?」
「ええ、死ぬかと思いましたよ」
無表情でそう答えたサンデーである。だが、徐々に彼女の顔には笑みが広がり、やがて哄笑が口からあふれた。
「ふふふ……あははは、はーっははははは!!」
「な、なんだ!何がそんなに可笑しい!?」
「わかりませんか、アンヘル?ふふふ、あなたには一生わからないでしょうね。私はグレンバーンに負けたのです。そう!完敗したのですよ!ははははは!」
アンヘルの疑惑が、確信へと変わっていく。
「まさか……グレンバーンが回復魔法を……?なぜグレンが回復魔法を!?いやそれより、なぜサンデーに回復魔法を!?理解できない!!」
「だから言っているでしょう。あなたにはわからない、と。さて、グレンバーンと戦った後は、あなたを殺ると約束していましたね」
サンデーはアンヘルを指さした。
「私が望むことが全て叶いますように」
「……思い上がりを!」
アンヘルが立ち上がる。
「全にして個!個にして全!いくら私を殺したところで、無限の肉体をもつ私に勝てるわけがない!蹂躙してさしあげますよ……精魂尽きたところで粉微塵にしてやる!!」
「私が何の対策もなく、あなたに挑むとでも思っているのですかアンヘル?」
そう口にしたサンデーは、何かを握りしめていた。そんなサンデーを囲むように、周りからアンヘルたちが襲いかかってくる。例え今サンデーと相対しているアンヘルが死のうと、このアンヘルたちがサンデーを殺すだろう。ならば何も問題はない。神様も、グレンにサンデーを倒させるなど、回りくどい方法は必要なかったのだ。アンヘルは、そんな天使らしからぬ驕りを心に浮かべた。
だがサンデーには、アンヘルと、アンヘルたちを分離させる手段がある。サンデーが開いた手から、小さな立方体が浮かび上がった。
「キューブ展開!」
「なっ!?」
立方体が折り紙を解くようにパタパタと広がり、サンデーとアンヘルを囲んでいく。やがて、出来上がった立方体の部屋が、外のアンヘルたちを隔離した。約9m四方の部屋の壁と、床と、天井は、一見するとつなぎ目のない、滑らかな金属板のようであった。
「なんだ……一体何をするつもりなんだ!?オウゴンサンデー!?」
「ちょっとトレーニングにつきあってもらうだけですよ」
サンデーはそう言いながらスマホを操作した。
「反射神経トレーニング……レベル、MAX……!」




