あん!の時
金属のつぼみから出てきた物。それは、アケボノオーシャンの知る限り、大型バイクのように見えた。いわゆるビッグスクーターである。それも、赤と金色に塗装されて、ひときわ奇抜なビッグスクーター。
「バカなんじゃないの!?」
我に返ったオーシャンの、開口一番である。
「私たちがやろうとしているのは潜入任務なんだよ!?そんな派手なカラーリングのバイクを、持っていけるわけがないよ!」
『……あなたたち、他人のことをとやかく言えるほど大人しい恰好かしら?』
「う……」
アケボノオーシャンは青い奇術師の衣装であるし、かたやジュンコはスーツと白衣である。およそ潜入任務に向いた衣装でないことは、オーシャンにも返す言葉がない。
「だけど、エンジンの音で居場所がバレちゃうよ〜」
『あら、そんなことはないわ〜ん』
そう喋るビッグスクーターが、カプセルから宇宙船の内部に、ドシンと着地する。
『このバイクは、バッテリーとモーターで駆動する電動式よーん。静音性なら、どんなバイクにも負けないわ』
「そう……なの?」
『この宇宙船の大きさは、外からよく見えたでしょう?あなたたち、まさか徒歩で移動する気ぃ?』
こうしたやりとりを横から見ていたジュンコが、納得したように頷いた。
「たしかに、そうかもしれない。何事も利用できるものは利用させてもらおうじゃないか、オーシャン君」
「そ、そう?それなら、まぁ……」
ジュンコは「君が運転するといい」とオーシャンに勧めた。アケボノオーシャンこと和泉オトハが、普段からスクーターに乗っていることをジュンコは知っているのだ。
「へへ、それなら」
実際、オーシャンもこの新しいマシンに興味津々である。ビッグスクーターの座席にオーシャンが腰をかけると、途端に『あん!』と声が響いた。
「ふぁっ!?」
『うふん、なんでもないわ』
「え〜っと、左側のこれがクラッチかな……?」
『いや〜ん!』
「ちょっと!!」
たまらずオーシャンがアーンバルから降りた。顔が真っ赤になっている。
「いちいち変な声を出さないでよ!」
『うーん、努力するわ。でも責めないで〜私にとっても初体験なのよ〜ん』
「うぇっ、やりにくいなぁ」
「てこずっているようだな、なら私が尻を貸そうじゃないか」
今度はジュンコがアーンバルにまたがった。スクーターが再び嬌声を上げるが、ジュンコはさほど意に介さないようだ。
「大丈夫なの、ハカセ?」
「問題ないとも。そもそもサナエ君のリベリオンだって私が開発したバイクだよ?私だってスクーターにくらい乗れるさ」
「そういう問題もあるけれど、そういう問題じゃないような……」
「さぁ、オーシャン君も。私の後ろに乗りたまえ」
アケボノオーシャンは、なるべくアーンバルを刺激しないように注意しながら、慎重に後部座席へまたがった。
「よし。じゃあ、ツグミ君たちを探しに行こう」
痴女には痴女をぶつけんだよ。ジュンコがアクセルを握りしめると『ああん!』という嬌声だけを残して、ビッグスクーターは宇宙船内の倉庫を後にした。
アケボノオーシャンたちがアーンバルにてこずっていた頃。
オウゴンサンデーは順調に宇宙船内の探索を進めていた。もちろん、セラミックでできた通路のあちこちには、歩哨よろしく天使たちが立っている。
「ん?」
アンヘルの一人が足音を耳にし、振り返る。だが、その視界は何者をも捉えることはなかった。当然である。時を自由に止められる魔法少女を、誰が捕まえられるというのだろうか。
宇宙船の、制御室のドアが開いたので、その中にいたアンヘルが振り返った。
「……誰もいないのに開いたのか?」
アンヘルがそうブツブツと呟きながらドアへと近づき、周囲を確認する。やはり、誰もいない。そう思った刹那、アンヘルの頭部を雷の矢が射抜いた。
仕業人はもちろん、オウゴンサンデーである。サンデーは、モニターが並ぶその室内が、潜空艦の制御室に酷似している事に気がついている。
「ここが制御室ですか」
モニターには、英語とも日本語とも違う、奇怪な言語が踊る。それが最も奇怪なのは、目で見るだけで意味が脳内に浮かぶことであった。モニターの一つに表示されているのは、宇宙船内の地図である。
「変な字ですが……読めますね。ここが制御室……そして、倉庫。独房がここにあって……赤くなっているのは、先ほど潜空艦が突入した区画ですね。停電しているエリアもある……」
それらを、いちいち憶えておくのは難しい。それに、制御室のアンヘルが死んだことは、他ならぬアンヘルによって知られたはずだ。長居は無用と考えたサンデーはスマホを取り出すと、宇宙船内の地図を撮影した。
「!」
その瞬間、マナーモードに設定されていたスマートフォンが、無機質な振動を始める。着信である。しかも、液晶画面に表示される、その着信相手の名前にサンデーは驚いた。
「グレンバーン!?」
少なくとも、彼女に渡したスマホからの着信に相違ない。サンデーが着信を受けると、はたしてスピーカーから流れたのはグレンの声であった。




