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黄金と白金の時

(()られる!!)


 (まばた)きさえ許されない風見リコは、死を意識した。だが、謎の少女が放った拳は、リコの顔から、わずかな隙間を空けて急停止する。


 寸止めである。やがてリコは、へなへなと腰を抜かして尻餅をついた。風が吹き、蛇口からは絶え間なく水滴がピチャピチャと落ちる。そう、時は再び動きだしたのだ。


「……あなたは心の中で敗北を認めた。私にはそれで十分です」


 リコに殴られて、切れた唇から血が一筋垂れた。だが、謎の少女はそれを拭いもせず、荒い息と冷や汗が止まらないリコを見下ろす。やがて、本当にリコが戦意喪失をしたのを見てとった少女は、彼女に手を差し伸べた。


「立ちなさい」


 口調は優しくない。


「あ、ああ」


 それでもリコが少女の手を取ったのは、相手の正体を悟ったからだ。


「あんた……もしかして、オウゴンサンデーじゃないか?」

「はい」


 少女は、なんでもないように答えた。だが、改めてそれを聞いたリコは驚きを隠せない。


「マジかよ!?オウゴンサンデー!最強の閃光少女!」


 カンノンプラチナこと風見リコは、自分以外にも時を止められる魔法少女がいることは知っていた。その中でも、時を止められる時間や戦闘力に、ひときわ長じている存在。最強の二つ名を欲しいままにしている閃光少女。


 それがオウゴンサンデーだ。しかも、すぐ目の前にいる。


「オレ、あんたに一度でいいから会ってみたかったんだ!」

「私もです」

「え、マジで!?」


 リコは「えへへへへ」と柄にもなく照れた様子を見せた。だが、オウゴンサンデーは呆れたように息を吐く。


「覚醒剤、コカイン、ヘロイン、MDMA……そんな物に精神的な逃避を求める魔法少女の、なんと多いことか」

「いや、それは……」

「あなた、一体どういう経緯でコレを手に入れたのですか?」


 相手がオウゴンサンデーでは、リコも兜を脱ぐほかない。数日前、この学校の不良たちから覚醒剤を渡された経緯を、リコは詳しく語ってきかせた。


「はー」


 話を聞き終えたサンデーが長々と息を吐く。


「あ、あいつらも悪気があったわけじゃなくて……」


 リコはそう弁護するが、サンデーはそうは思わない。


「わざとですね、それは」

「え」

「あなた、その不良たちにとっては都合の悪い存在なのでしょう」


 リコがスケバンを張れるのは、魔法少女としての武力があってこそだ。悪魔が跋扈する世の中では、それでもいい。だが、平和な今となっては、ツッパリたちにとって、リコは邪魔な存在だ。


「かといって、暴力であなたを排除するのは不可能。だから、()を使うことに決めたのでしょう。人類がこの世に生み出した最悪の毒。心を破壊してしまう薬。麻薬を使って」

「あ、アイツら〜!」


 ようやくツッパリたちの策略を悟ったリコは怒り心頭だ。だが、すかさずサンデーは、平手でリコの額を叩いた。


「痛て!?」

「他人を責める前に、まずは自分の軟弱さを改めなさい!」

「オレが軟弱!?」


 聞き捨てならない言葉である。少なくとも『軟弱』はカッコいい言葉ではないはずだ。


「オレのパワーは自動車だって簡単に……!」

「私が言っているのは腕力のことではありません。精神力のことです」

「せいしんりょく……?」

「私は、例え平和な時代になっても、魔法少女たちには強く気高くあってほしいのです」

「けどよぉ、サンデーさん。それは無理なんじゃないですかねぇ?」


 事実、魔法少女はその役目を終えたのだ。人類の敵である悪魔は、魔法少女が倒した。しかし、魔法少女の存在を正式に認めていないこの社会の中で、セカンドキャリアを夢想するのは難しい。そのような意味の事を、少ない語彙力でなんとかリコから伝えられたサンデーは、深くうなずいた。


「そうですね。では、作ればいいではありませんか」

「作る?何を?」

「魔法少女による、魔法少女のための、魔法少女の国」

「く、国ぃ!?」


 オウゴンサンデーはリコに説明した。今、平和な世界に適応できずに破滅の道を選ぶ魔法少女が、いかに多いのかを。政治家には、彼女たちを救うことはできない。であれば、残された道は一つ。自力救済だ。


「そんな事が本当に……?」

「できるわけがないと思いますか、カンノンプラチナ?しかし、想像の限界を超えていくのが魔法少女というものです」

「そっか〜。それなら、本当にそんな国ができた日には、オレもその国に招待を……痛て!?」


 サンデーの平手打ちが再びリコの額を襲う。


「あなたも魔法少女の国を作るために働くのですよ」

「オレが?でも、アルバイトだって長く続いた試しが無いし……」

「それは、あなたが魔法少女だからです。人間にできるような仕事に、喜びを覚えるはずがありません」


 そう言いながら、サンデーはつかつかと理科室の出口に向かう。この人は、本当にやるかもしれない。そう思ったリコは、思わずサンデーを追う。振り返ったサンデーは、ここで初めて笑みを浮かべた。


「……あなたは心の中で同志になることを決めた。私にはそれで十分です」


 それ以来、二人は魔法少女の国を作るために奔走し、いつしか自然と、師弟の間柄となった。



 そして現在。

 カンノンプラチナは一人、独房に囚われている。グレンバーンは言っていた。オウゴンサンデーは魔法少女の国を作るために、人間社会に危害を加えてきた事を。だからグレンは、サンデーを殺すつもりだ。カンノンプラチナには、どちらに正義があるのか、わからなくなってきた。せめて、もう一度サンデーから話を聞きたい。


「助けに来てくださいよ〜師匠〜!」


 簡素なベッドにあぐらをかいたプラチナは、ぷらぷらと揺れる裸電球の照明を、ジッと見上げることしかできなかった。


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