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注射と白金の時

 それから数日がたった。世間は、すでにゴールデンウィークに入っている。風見リコが通う高校も閑散としていた。


 彼女がこっそりと忍び込んだのは、理科室である。体育館裏とは違い、休日も部活動を欠かさないバレーボール部員が、ひょっこり顔を出す心配もない。フラスコや、アルコールバーナーまで揃っている。()()にはうってつけの場所であった。


「ただのビタミン剤……」


 ツッパリたちはそう言っていた。


「それでも……」


 覚醒剤といえば、違法な薬物の代名詞のようなものだ。一度使ったら、廃人まっしぐら。小学校の道徳でも、中学の保健体育でも、そう習ってきたリコなのである。


 しかし、同時に湧き上がる好奇心にも抗い難かった。平穏しか続かないこの先。自分の健康を気にすることに、どれだけの意味があるのか。さらに、謎の自信もあった。自分は魔法少女だから、大丈夫だろう、と。


「オレはやるぜ……オレはやるぜ……!」


 注射器には、すでに水に溶かした覚醒剤が入っている。他の物はともかく、注射器ばかりは簡単に入手はできなかった。ネットの通信販売で、何でもすぐに買える時代は、まだまだ先なのだ。この注射器は、最寄りの病院から盗んできたのである。風見リコは魔法少女だ。白昼堂々、病院から注射器を盗むのは容易いことであった。


「オレはダサくない……こんなの簡単に……!」


 理科室のドアが前触れなくガラリと開いた。リコが、飛び上がりそうなほど驚いたのは言うまでもない。


(やっべ!教師(せんこう)か!?)


 だが違った。女子生徒のようなのである。相手が生徒なら大したことはない、はずだった。それだけでホッと胸を撫でおろすリコだったのだが、その姿を見るほど違和感が募っていった。制服のデザインが、リコとは異なるのである。つまり、他校の生徒ということだ。


「な、なんだ、お前!?その制服……オレらの学校の生徒じゃあねーな!?」


 背の低い、ボブカットの少女である。それが臆することなく近づいて来ると、唖然とするリコの手から注射器を奪いとった。


「あっ!」

「あなたが注射器を盗んだ時、私も同じ病院にいたのですよ」

「コイツ!返せ!オレを誰だと」


 リコがボブカットの少女へ腕を伸ばした瞬間、天地が回転した。床に背中から叩きつけられたリコは、自分が投げられた事に気がつくまで、しばし時間を要した。


「痛ててて……お前!!」

「情けない」


 生真面目そうな少女の声が上から降ってくる。


「情けないだと!今のは油断しただけで……うわっ!?」


 起き上がりざまにタックルを仕掛けたリコであったが、再びボブカットの少女に投げられた。わけがわからなかった。


「情けないと言ったのは力のことではありません。こんな物にすがろうとした、あなたの心の弱さをそう言ったまでです」

「オレが弱いだと……!?」


 リコは怒り心頭に発しつつも、相手の正体を悟りつつあった。分厚い封筒のような物に、注射器を入れた、少女の正体。間違いない。


「お前も魔法少女だな!」


 返事は無い。だが、そうと決まったら魔法少女同士、魔法を使わない理由は無くなる。


「だったら、もう遠慮はいらねーぜ!オレの得意技を見せてやる!時よ止まれ!」


 その瞬間から、あらゆるモノが静止した。風も、蛇口から落ちた水滴も。そして、ボブカットの少女も。


「へへっ!」


 得意そうに鼻を鳴らす風見リコ、すなわち、カンノンプラチナの魔法は、時間停止なのだ。


「さあ、返してもらうぜ!……と言っても、そうか、聞こえてないんだな」


 リコは少女の手から、注射器の入った封筒を奪おうとする。だが、強く握っているのか、封筒は少女の手の内に貼り付いたようだった。あまり強く引っ張れば、中の注射器が破損しかねない。


「離せってんだよ!こらあっ!」


 ついにリコは少女の頬を拳で殴った。少女の顔がリコの拳に押されるまま、あらぬ方を向く。


 だが次の瞬間、少女の瞳が動き、真っ直ぐリコを睨みつけた。


「なにぃ!?」


 リコはすぐさま後ろへ飛び退いた。あり得ない事である。時間停止中に動けるのは自分だけのはずだ。そう思うリコは知らなかったのだ。目の前にいる少女にも、時間停止能力があることを。


「なんだ!?オレの体が……!!」


 まるで四肢がコンクリートで固められるかのように、リコの体が硬直していく。呼吸も、心臓の鼓動さえも停止した。息苦しさはない。が、それを超えるプレッシャーがリコに迫っている。


「聞こえていますね、カンノンプラチナ?」


 そう口にしながら少女がリコに近づく。


(コイツ、オレが魔法少女だって、知ってやがる!)

「何が起こったか教えてあげましょう。あなたが時間を停止できる限界から、私が時を止めたのです」

(なんだと……!?)


 その結果、これ以上、時を止められないリコは動けなくなってしまった。この場合、時間が止まっている事を知覚できる方が辛い。


(チクショウ!!動けねえ!!)

「焦りましたね、カンノンプラチナ。お互いに時を止められる者同士であれば、先にその力を使った方が不利になる……覚えておくといいですよ」

(うわ!やべえ!!)


 少女が右拳を腰まで引いてどっしりと構えた。他に見間違えようが無いほど、典型的(クラシック)な空手の構えだ。


「せいやあああっ!!」


 やがて、少女の正拳突きがリコの顔面に向けて勢いよく放たれた。

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