紅蓮と白金の時
オウゴンサンデーが神への叛逆を決意した時。遠く離れた、とある場所にて。
藍色の、戦隊ヒーローのような衣装を着た魔法少女が、ベッドで目を覚ました。
「う、う〜ん……?」
オウゴンサンデーの弟子、カンノンプラチナである。起き上がったプラチナは、鉄格子の向こうにグレンバーンの姿を見た。
「あ!グレン!」
プラチナがすぐさま鉄格子へと駆け寄った。
「どうなってんだ!?どうしてお前が檻の中なんかに……!?」
「バカね、プラチナ。周りをよく見てみなさい」
「え、オレの周り?」
狭い個室に、簡素なベッドと申し訳程度のトイレ。そして、その中に立っている魔法少女はグレンバーンではない。
「なんてこった!監禁されているのは……オレの方なんだ!!」
ここでプラチナはハッとグレンに顔を向ける。
「お前ーっ!!お前お前、お前ええっ!!」
「なによ?」
「お前がやったんだろ!?オレをこんなところに!!このやろう!!」
プラチナは、気を失う寸前に起きた出来事を思い出したのだ。
それは、グレンの宿泊する部屋へ、突然アンヘルが訪ねてきた時だ。
「アタシの部屋に招かれもせず入ってくるなんて、いい度胸ね」
そうグレンに言われても、眉ひとつ動かさないマネキンのようなアンヘルが、プラチナは苦手だ。
「それで、アンヘルさん。いったい何の話なの?」
「はい。糸井アヤの事ですが……」
サンデーと一緒に昼食をとった時には、アヤとの面会は、にべもなく断られたのだ。だがサンデーが頭を下げて頼んだことにより『神は前向きに検討なさる』ということになっていた。それが功を奏したのだろうか。アンヘルはグレンにだけ聞こえるように、何かをそっと耳打ちした。プラチナがグレンに尋ねる。
「なんだ?いい話になったのか?」
「…………おらっ!!」
「ぐっ!?」
プラチナは、グレンが振り向きざまに放ったボディーブローに悶絶した。薄れゆく意識の中、プラチナが問いかける。
「グレン……どうして……!?」
「悪く思わないでよね」
そうして意識を失ってからは、この始末である。カンノンプラチナが怒るのも無理はないだろう。
「アンヘルから何を言われたのか知らねーけど!オレたちを裏切ると承知しねえぞ!」
「裏切る?」
グレンはその言葉を鼻で笑った。
「もともと、オウゴンサンデーとアタシは敵同士なのよ」
「はあ?それって、そういう心がけで弟子にならないとサンデーさんを超えられないとか、そういう……」
「それはウソ」
「嘘ついてたのか!」
「アンタって本当にニブいわねぇ」
今となっては、プラチナの純朴さを嘲笑うしかないグレンである。
「アンヘルが言ったわ。アタシがオウゴンサンデーを倒せば、アヤちゃんに会わせてくれるって。アンタは、オウゴンサンデーを誘い出すための、いわば人質というわけ」
「アンヘルが……ということは、神様がサンデーさんを見捨てたってことか?そんなバカな!?」
「オウゴンサンデーはねぇ……やり過ぎたのよ!アンタ、サンデーがアヤちゃんに何をしたと思う?」
「何って……糸井アヤは神の孫なんだろ?神様の元へ帰しただけじゃねぇか!」
「アンタ何も知らないのね!」
今度はグレンが怒る番だ。
「アヤちゃんは、実のお父さんを殺されているのよ!」
「えっ!そ、そんなバカな!サンデーさんが……どうしてそんな!」
「それだけじゃないわ!」
グレンは、彼女が知っている限りの、サンデーが行った悪行をプラチナに聞かせる。蜘蛛の魔女に悪魔をけしかけさせて、閃光少女を誘い出した時点で、何名もの死人が出ている。コウモリの魔女による襲撃も、暗闇姉妹が動かなければ何人死んでいたかわからない。
「結局、オウゴンサンデーにとって大事なのは、人間の命ではなく魔法少女の夢なのよ」
やはりプラチナは、そうしたサンデーの負の側面を知らなかったらしい。
「でも!魔法少女の国をつくるのに必要だったことなんだろ!?」
「だからって、悪い事をしていい理由にはならないでしょうが!!」
「うぅっ……」
「……アンタを責めるつもりは無いわ。何も知らなかったみたいだし」
グレンは鉄格子に背を向けた。
「悪いけど、オウゴンサンデーはアタシが倒す。アヤちゃんを取り戻すためなら、アタシ、何でもやるわ……!」
やがてグレンはプラチナから離れるように歩きだす。そんなグレンの背中に、プラチナが吠えた。
「お前だって……お前だってサンデーさんを殺すつもりなんだろうが!サンデーさんのやった事を悪く言える資格があるのかよ!お前だって人殺しのクセに!」
「…………」
グレンは一瞬、足を止める。だが、やがて彼女はどこかへ去って行った。ポツンと一人、残されたプラチナが鉄格子を拳鎚で叩く。
「ちくしょう!!」
閃光少女カンノンプラチナ。本名は風見リコ、という。
彼女がオウゴンサンデーと出会ったのは、およそ一年前のことであった。リコはその日も、自身が通う高校の体育館裏に座りこみ、空を見上げていた。
「今日も、いい天気かぁ……」
快晴。ここ数日は、そんな天気が続いている。
2001年5月某日。
悪魔と閃光少女が雌雄を決した、最終戦争が終結して、すでに半年近くが経過していた。風見リコ、すなわち閃光少女カンノンプラチナは、夢見たはずの平和を手に入れたのである。
だが、平和とは、実際に手に入れてみれば退屈なものだった。人類を脅かす悪魔はもういない。それは、さながら嵐の無い晴天がいつまでも続くようなものであった。戦うために訓練を重ねてきた、閃光少女にとってはなおさらである。
「明日も昨日と同じ天気が続くのかよ!ちくしょう!」
腹立ち紛れに放ったリコの蹴りが、鉄筋コンクリートの体育館を揺らした。
「なんだ?地震か?」
何も知らないでノコノコとやってきたのは、3年生の男子たちである。校内では向かうところ敵なしのツッパリども。だが、相手が魔法少女では話は別だ。
(げえっ!風見リコ!?)
1年生にして、最強のスケバン。それが風見リコの、いわば表向きの姿であった。
「お疲れ様です!」
そう頭を下げるツッパリたちに、リコはさほど関心はない。
「……タバコあるか?」
この不良たちも、体育館裏に集まるとしたら誰かに焼きを入れるか喫煙と相場は決まっているのだ。ツッパリの一人が、シワの寄ったマイルドセブンの箱をリコにさしだした。いつもの事である。
が、今日はいつもと違う事が起こった。箱の中にはタバコが数本、それに加えて小さなビニール袋が入っている。白い粉。
「おいおいおい!」
只事ではない。驚くリコに、不良のリーダーがなんということもなさそうに応える。
「リコさん。そりゃただのシャブっすよ。もしかして、見るの初めてっすか?」
「そ……」
リコは不良たちの顔色をうかがうと、すぐさま胸を張った。
「そんなわけねーよ!」
「さっすがリコさーん!」
「こいつは上物だな!そうだろ!?」
「その通りっすよ、リコさーん!」
ツッパリたちが、リコに調子を合わせる。しかし実際には、シャブ、つまり、覚醒剤など初めて見たリコなのだ。思わず冷や汗をかきながら、リコは男たちに尋ねた。
「お前ら……コレ、やってんの?」
「そうっすよ」
そう答えるツッパリたちの顔色は、さほど悪くない。リコは、子どもの頃に見た、とあるコマーシャルが頭に浮かぶ。
『覚醒剤やめますか?それとも、人間……やめますか?』
「そんな大げさなモンじゃないっすよ〜!」
ツッパリたちはゲラゲラ笑う。
「ただ、ちょっと元気が欲しいな~って時に、みんなちょっとだけキメるだけっすよ!ほら!戦争中だって、眠気覚ましに薬局で売ってたくらいなんですよ!ビタミン剤みたいなもので、大したことないっす!」
「そ、そうかぁ?」
「それとも、リコさん……」
不良たちの顔から笑みが消える。
「まさか、シャブが怖いなんて……ダサいこと言わないっすよね〜?」
ダサい。それは風見リコにとって、最も嫌いな言葉であった。もちろん、聞き逃しはしない。
「当たり前だろ!オレがシャブを……怖がるわけがねえじゃねえか!」
「ですよね~!」
それから不良たちは、すぐにその場を後にした。実際のところ、このツッパリたちの誰一人として、覚醒剤には手を出していなかったのである。風見リコがそれを悟るのは、これよりもずっと後のことであった。




