二番弟子の時
外に立っていたのはカンノンプラチナだった。
「よう、オレだ」
カンノンプラチナは、何故かよそよそしい顔をしている。
「知ってるわよ。オウゴンサンデーの一番弟子の、カンノンプラチナさんでしょ?」
それが皮肉っぽく聞こえたらしい。
「ば、バカにすんじゃねーよ!」
「それで、何か用?」
「えーっと、その……あれだ!」
プラチナは目をそらせて頬を指で掻いていたが、やがて恥ずかしそうにグレンに言った。
「昨日、オレが失敗したこと……師匠に黙っててくれて、ありがとうな」
「失敗?……ああ」
カンノンプラチナは昨日もグレンの部屋を訪ねてきたのだ。その際、時を止める魔法をグレンに披露したのだが、結果は散々であった。
「アタシを押し倒して胸に顔を突っ込んだ、あの件ね」
「ちょっ!言い方ぁ!」
グレンはさほど執着することもなく、プラチナを手招きした。
「え?」
「上がっていきなさいよ。田舎者にだって、お客さんを茶でもてなすくらいのことはするんだから」
といっても、部屋に置いてあったティーパックにお湯をそそぐだけのことだ。ソファーに座ったプラチナは、落ち着かない様子で部屋の内装に目をやっている。
「き、きれいな部屋……デスネ」
「アタシの部屋じゃないでしょ」
グレンが思わずプッと吹き出す。
「こういうの慣れてないの?もっとリラックスしなさいよ」
「あ、あぁ」
だが、自分のカップを持ったグレンが自分の隣に腰を下ろしたため、プラチナはリラックスどころではなくなった。
「な、なんだよ!?」
「なにがよ?」
「その、そんな近くに座らなくたって……!」
(変な奴ね)
(変な奴だな!)
とここで、カンノンプラチナはテーブルに置かれたスマートフォンに気がついた。
「あ!お前も師匠からスマホもらったんだな」
「スマホ?」
「スマホといやスマートフォンのことだろ」
「ああ…………あぁ?」
グレンは納得しかけて首をひねった。
「スマートフォンの略称なら、スマホじゃなくてスマフォじゃないの?」
「いいんだよ、みんなそう呼んでいるんだから」
「そう、『みんな』ねぇ」
グレンはお茶を飲み干すと、無造作にテーブルへ置いた。
「あんたも、『みんな』がオウゴンサンデーは『良い』と思っているから良いの?」
「なんだそりゃ?どういう意味だ?」
「魔法少女の国を創る……それがどういう意味なのか、本当にわかっているのかしら?」
「当たり前じゃねーか!」
そう言いつつ、カンノンプラチナもまたカップのお茶を飲み干そうとする。が、途端に顔をしかめた。
「熱っ!?」
「ほらほら、落ち着いて飲みなさいよ」
プラチナの衣装に飛んだお茶を、グレンがタオルで拭こうとする。だがプラチナはその手を除けた。
「サンデーさんはなぁ!オレたちのような行き場のない魔法少女たちのために、オレたちのための世界を創ろうとしてんじゃねーか!それの何が問題なんだよ!?」
「その結果、人類と戦争をすることになっても?」
「…………」
「人が死ぬわよ?」
「だーっ!そんな事、オレに言われてもわかんねーよ!」
プラチナは頭を抱えた。しかし、すぐに我に返ったようにうなだれた。
「オレだって別に、誰かを殺したりしたくねーよ。オレにだって、家族はいるしよぉ」
「そうでしょうね。自分の力で自分の居場所を作ること……たとえ一時は成功しても、後で必ずしっぺ返しがあるんじゃないかしら」
「うぅ……」
「だけど、オウゴンサンデーは一途だとは思う」
その言葉を聞いて、プラチナの目に輝きが戻る。
「それって、かっこいいってことか!?」
「かっこいいとはまた違うような……でも、まあ、あの潔いところは、そう評してもいいかも」
「そうか!そうだよな!」
プラチナがすっと立ち上がる。
「よう、二番弟子」
「二番弟子?」
「お前のことだろうが、グレン」
そういえば、グレンはプラチナに対して、自分はオウゴンサンデーの弟子志望と騙っていたのを思い出した。
「一緒にどこか飯食いに行かね?一番弟子のオレが、どこでも好きな所に案内してやるぜ」
単純な奴だなぁ、とグレンは微笑する。あえてグレンは何も伝える気はないが、おそらくこの一番弟子に対して、サンデーは自分の暗い活動は明かしていないのだろう。ただサンデーに憧れて、慕っている。批判的なグレンと同様に、こういうタイプの魔法少女も、サンデーは心の支えにしているのかもしれない。
そんな考えを巡らせているとは知らないプラチナは、グレンの沈黙に首をかしげる。
「なんだよ、何か不満か?」
「いいえ、ちっとも」
グレンは営業スマイルを浮かべる。
「でも、まだ夕食には早い気がするわ。そのスマホがあれば、アンタとも連絡がつくんでしょ」
「まぁな」
「後で連絡するから」
「そういうことなら、どっかで一緒に遊んで時間を潰してもいいんじゃないか?」
グレンは首を横に振る。
「ちょっと、シャワーを浴びたいのよ」
「ふーん?」
「あ、そうだ!」
グレンは含みのある笑みを浮かべた。
「アンタも一緒にどう?」
「へーえ!?」
「洗ってあげようか、いろいろと……」
「じょ、冗談じゃねーよ!」
カンノンプラチナはびっくりして、文字通り、逃げて行った。無論、グレンには最初からそんな気はない。
(やれやれ、やっと行ったわね)
グレンはスマホに手を伸ばした。サンデーの心を変えた動画の正体を見届けなければならない。
「あっ、えっ?」
だが、どういうわけなのかカンノンプラチナは部屋に戻ってきた。まさか、気が変わってグレンとシャワーを浴びるつもりなのだろうか?そう思ったグレンも慌てたが、プラチナはさらに動揺した様子でまくしたてる。
「外に、居るんだよぉ!」
「何が?」
「あ、ア、アンへ……!」
「どうも、お邪魔するよ」
そう言いながら中に入ってきたのは、天使アンヘルであった。
「閃光少女グレンバーン、話したい事があります」
「……」
グレンは腕組みをしながらアンヘルを睨む。
「アタシの部屋に招かれもせず入ってくるなんて、いい度胸ね」
「お前の部屋じゃあないんじゃなかったっけ?……あ、痛っ!?」
グレンに肘で突かれたプラチナが脇腹をおさえた。
「それで、アンヘルさん。いったい何の話なの?」
「はい。糸井アヤの事ですが……」
それから数分後。
グレンが宿泊していたスイートルームは、爆炎に包まれた。




